自分のことを語ってみよう:あなたが見えてくるプロフィールの書き方④(『若手音楽家のためのキャリア相談室7』)
箕口一美
自分のキャッチフレーズ、あなたは作れますか?
1.基本編その1の補足:第1&2段落の書き方の実例
(本稿は2009年『ストリング』誌10月号に掲載された記事の改訂版となります。)
この2ヶ月あまりの間に、何人かの音楽家をめざす20代の若者と話をすることができました。音楽大学または大学院在学中か、卒業・修了して間もない方々が中心。まさに、これから自分のキャリアを築いていく入り口付近の人たちです。
そこで今回は、「5. 自分のことを語ってみましょう②」で掲載した「プロフィールイメージ図」の各段落のうち、掴みとなる最初の段落と自分の活動をアピールする第2段落について、さらに詳しく、お話を伺った方々の実例を引きながら、書き方の実際を説明してみます。これまでの連載だけでは、どうも実際に書くところまで行き着けなかった人には多少のヒントになるかしら。
2.最初の段落:あなたのキャッチフレーズ=音楽家としてのあなたの特徴は?
前にも書いたように、最初の段落の目的は: ▶ あなたが同じジャンルの(例えばピアノの)他の演奏家と何が違うのか、まず印象づける。
端的にいうと、「わたしのココが特徴」「わたしのココを見てほしい」という、積極的自己紹介をしてみましょう、ということなのです。自分を演奏家として使ってくれる雇い主や自分の音楽を聴いてくれる聴き手に向かって、「わたしという音楽家を言葉で表現すると、こうです。だから、一度聞いてみてください(弾く機会をください)。」という気持ちで、相手に伝わるように、自分を語ることが肝心。
実は今回出会って話を聞いたひとたちすべてに共通して言えたのが、「誰か他の人に向かって自分を説明する」ための自己把握の弱さでした。
自分のこと、自分が目指していることやどんな音楽をしたいかなどを語る言葉を持っていないわけではないのです。むしろ驚いたくらいで、プロで活躍している音楽家でもここまで語れないかも、と思わせてくれる人もいました。ところが、それを「わたしはこんな人です」という言い方、自己紹介の言葉にして、他の人にもわかってもらえるようにしようとすると、はたと立ち止まってしまう。
今回それぞれの人たちとは、最短でも2時間、気がついたら3時間以上話をしました。どの人も、話し言葉はとてもチャーミングで、演奏家インタビューをしているときに感じるアーティストのオーラの片鱗を漂わせる人もいました。
ちゃんと「アンジェラのリスト」も書き込んでいて、これまで取り組んだレパートリーそれぞれと対峙したときの自分の思い、仕上げるまでの工夫や苦労、先生から受けたアドバイスなどを、熱く語ってくれるのです。
ですから、みんな自分の音楽について、音楽家としての自分について語る言葉は持っているのだ、ということはとてもよくわかりました。 でも、端的な自己紹介である「自分のキャッチフレーズ」をいっしょに考えよう、というと、言葉が途切れてしまうのです。聞き役を務めた私もかなり困りました。悩んだ末に、こんなキャッチフレーズを作ってみました。以下、実例を2つ。
❖例1:リコーダーを学んでいる学部生Aさん
「マニアックに思われているけれど、学校で習ったたて笛がこんなに・・・って思われる、そんな音楽をしたい。聞いてもらえれば、(これまでのリコーダー観が)変わるかも」 ――Aは、この楽器が生まれた初期バロックからイタリア、ドイツ、フランスの作品に幅広く目を向け、リコーダー(たて笛)の魅力を探求している。
Aさんとの話は、楽器との出会いから始まって、今日に至る音楽人生をずっとたどることから始まりました。その中で、Aさんは何度も「マニアックって思われている」と「リコーダーはすごい」を繰り返して語り、「学校で習ってるのとは全然違うって気がついてからの自分」の生き方の変化について熱っぽく話してくれました。
まだ演奏経験やコンクール歴などもたくさんはない学部生にとって、プロフィールはまさに「自己紹介」です。印象的なまできらきらした瞳が一層きらきらした瞬間にAさんが口にした言葉を綴り合わせたのが、上記のパラグラフ。
❖例2:大学院在学中のピアニストBさん
授業や室内楽のリハーサル以外は、ほぼ朝から夜半までピアノに向かう生活をしているBさん。一番打ち込んでいるのはモーツァルトであり、最近ショパンにも大きく惹かれつつある。
「身体全体でモーツァルトを吸収したい。弾くからには、ひとつの?マークもない演奏を。」―と語るピアニストBは、「音楽が好きだってことが、演奏そのものから伝わってくる」と評され、1日の大半をピアノの前で音楽と対峙することに費やす根っからの音楽家である。
今のBさんは、誰かに音楽を聞いてもらうことよりも、音楽そのものに取り組んでいることに無上の幸せを感じています。3時間におよんだインタビューからも、それがひしひしと伝わってきました。インタビューした数人の中でBさんだけが「自分についての他人の批評」を書き留めてきていました。それを折り込み、何時間も楽譜に向かっているときに感じていること、考えていることのひとつをパラグラフにまとめたのが、これです。
前々回も書いたように、他の人があなたのことをどう見ているかを知り、それをプロフィールに織り込むのはとても大切です。ただ、学生のうちは新聞や雑誌などで客観的な批評をもらうことはまずないと思うので、先生や友人、学内演奏会などを聞いてくれた人などから積極的に感想を集めておきましょう。
3.他人と違うプロフィールを書くためのポイント
学部であれ大学院であれ、学生生活を送っている人は、自分のことを他の人と違うように見せるプロフィールを書くなんて不可能と思うかもしれません。この二人の例だけをとっても、わたしは自信を持って、そんなことはない、と断言します。以下の点に気をつけながら、自分の毎日の「音大生生活」を振り返ってみてください。
▶ 楽器との出会い、音楽大学に進もうと決断したときの思い ▶ 今取り組んでいること、夢中になっていること ▶ 毎日どんな風に過ごしているか(音楽と関係ある部分) ▶ 他の人があなたの音楽について、どんな風に言ってくれたか(先生、友達、親類縁者、たまたまあなたの演奏を聴いた他人、等々)
いくつかは「アンジェラのリスト」(in自分のことを語ってみましょう①)にも挙げられている項目です。大切なのは、そういうことを誰かに話すとしたら、誰かがそういうことを聞いてくれるとしたら、どんな風に話すだろう、そして、相手はどんなところに関心を持ってくれるだろうと想像してみることです。相手が関心を持ってくれる部分、それはあなたが夢中になって話したり、話すときに自分も高揚感を感じたり、思わず繰り返し言ってしまったりする部分です。その中には、少なくとも、120字から160字分くらいの「第1段落」が隠れていますよ。
4.第2段落:最近の取組み――教育実習もあなたのキャリア!
マリンバ・打楽器奏者のCは、教育実習の際、△△△中学校(公立)の音楽授業をコンサート形式で行い、自ら演奏しつつ指導要領にある要素を盛り込んだカリキュラムを全学年の全クラスで実施、学校の先生から「生徒たちが音楽の基本を耳と目と実践で吸収できた」とのうれしい評価を得た。
ステージの上で演奏をすることだけがキャリアではありません。
すでに社会人として歩み出しているCさんはこの他にも、小さなサロンコンサートや高齢者施設などでの演奏に以前から積極的に取り組んできました。リコーダーのAさん同様、ピアノやヴァイオリンとは違ってクラシック音楽の楽器としての認知度がまだまだというジャンルであることが、いろいろな人に聞いてもらえる可能性を追求する動機になっているのでしょう。
演奏する際にお話をすることにCさんは少し抵抗を覚えています。それは「くだらないトークをするくらいだったら、演奏で勝負したい」と思っているからで、「くだらなくないお話はします。」Cさんにとって、意味のあるトークとは、楽器の話(「マリンバという楽器の存在感はすごいので、説明した方が音楽をよく聞いてもらえる」)や音楽の本質につながる話(「音楽の三要素を目の当たりにできるのが、この楽器だと思うので」)のことで、話の内容と選曲を、相手に合わせて工夫しているとのこと。教育実習でのエピソードもそうしたCさんの姿勢の現れのひとつでした。
Cは、ふだんこうした楽器の演奏会に足を運ぶことのない人々のところにも積極的に出かけていき、その魅力や音楽の楽しさを伝えている。
今、若い音楽家が演奏のキャリアを積む機会として、こうしたコミュニティ・エンゲージメント(コミュニティ活動)がとても貴重な場になりつつあります。実際こうした地道な取組を続けることから始めて、全国の公共ホールに活動の場を広げている人も出てきました。ですから、プロフィールでそういう活動をしていることを加えるのは、音楽家としてのあなたのユニークさをアピールする大事なポイントになります。Cさんのように教育実習で行ったこと、そこでもらった評価を書くことがむしろプラスになる場合もあるのです。
前にも書いたように、プロフィールは用途別に何種類か用意しておく必要があります。コミュニティ活動での経験を求められるオーディションやミニコンサートのプロフィールの場合、これまでの取組みとして、上述のようなフレーズが書けるというのは、あなたのキャリアの強みになります。
Cさんはこれから知り合いが持っている小さなサロンで、ある程度定期的に演奏会を開こうという計画を練っていました。自分がぜひ人に聞いてもらいたい打楽器系の名曲や、挑戦したいレパートリーをまずは人前で演奏する場にするつもりだそうです。この計画が具体化したら、ぜひプロフィールにも書き加えるといいでしょう。
5.プロフィールのツボ
プロフィールのツボは、自分のことを「客観的」に見ること。ここ何回かかけて、そのための「自分を自分の外に出してみるためのいろいろな方法」を書き連ねてきてみました。そんなこと出来ないと思っているあなた、気持ちは分かります。でも、ちょっと厳しい言い方をすれば、それは単に「練習が足りない」だけのことです。音楽家になろうとして努力を重ねてきた人に一番分かりやすい言い方ですね。練習が足りなければ、どんなに表現したいことを持っていたとしても、演奏でそれを他の人たちに伝えることができない。言葉による自己表現も、指遣いや呼吸法と同じように訓練を必要とするスキルのひとつなのです。
もうひとつ、誤解を恐れずに苦いことを言います。
「わたしは言葉ではなく、音楽で表現することを勉強しています。わたしの音楽は言葉ではなく、音楽で語りたい。」
言い回しは少しずつ違いますが、話を聞かせてくれた誰もがこのような意味のことを言っていました。
ほんとうにその通りだと思います。わたしは子供の頃から文学という言葉の芸術に親しんできましたが、音楽がもたらす陶酔感や高揚感を言葉で得ることの難しさ、感動の質感の隔たりを常々感じます。《詩人の恋》の相手は音楽で、音楽が易々とたどり着ける精神の高みに言葉を紡ぐ詩人はついに至らず、かなわぬ恋をしている、ということなのですから。
音楽はそれほどにすばらしいものですが、若いあなたにはもう少し「言葉の力」を学んでもよい時間があります。なにより、あなたの音楽を聞いてもらうために、あなたのことを他人に知ってもらう必要があるからです。何度も言いますが、プロフィールはそのための大切なツールです。プロフィールといっしょに演奏CDやDVDを送ったとしても、人がまずあなたについて最初の情報を得るのは、プロフィールからであり、そこで関心を持ってもらえなければ、どんなによい演奏を録音したものでも、聞いてもらえる可能性はほとんどないからです。
特に今まだ学生ないしは勉強中の立場の人には、時間がある今だから、アンジェラのリストやじぶん年表を丹念に作り、そこから等身大の今の自分のプロフィールを作るという「言葉による自己表現」=自己紹介を練習しておくことを、くどいようですがお勧めします。社会に出て、「明日までに自分を売り込むプロフィールを300字で!」と言われたときに、慌てずにすみますし、なにより「あなたが見えるプロフィール」でその仕事をゲットできるかもしれないのですから!
6.書きにくさを克服するために:自分の言葉で自分のことを語ってみよう!
最初の計画では、プロフィールの添削のつもりだったのですが、改めて自分を振り返ってプロフィールを書く作業そのものが、音楽家になる勉強をしてきた人たちを尻込みさせてしまうことに気がつきました。理由のひとつが、言葉で書くことそのものへの一種のコンプレックスです。みんなすてきな言葉、表現を持っているのに、書けない、出来ないと思い込んでいる。
それで途中から「プロフィールインタビュー」というやり方に変えてみました。
書くという形で表現することには躊躇しても、話をするという形ならば、みんな雄弁でした。
プロフィールにするための経歴を聞き取る過程の思わぬ副産物は、今音楽大学で学んでいる、あるいは出たばかりの若い世代が何に関心を持ち、何に悩み、格闘しているかについて、本当に生の声を聞くことができたこと。わたしもとても勉強になりました。
今回、協力してくださったみなさんには、お礼に小さなプロフィールをプレゼントしました。ただ、これはあくまで他の人の評価のようなもの。自分で自分を見つめる客観の目が書いたものではありません。これからプロフィール作りをしてみようというみなさんは、自分の言葉で自分のことを語ることにぜひ挑戦してみてください。それが全文掲載を止めた理由。ただし「書いてみたのだけれど、添削してほしい」という方は、いつでもご連絡ください。協力します!