自分のことを語ってみよう:あなたが見えてくるプロフィールの書き方③(『若手音楽家のためのキャリア相談室6』)

箕口一美

誰に読んでもらうプロフィールか考えてみましょう

 

1. 基本編その2:実績と姿勢を強調する

(本稿は2009年『ストリング』誌8月号に掲載された記事の改訂版となります。)

さて、前回に引き続き、基本プロフィールの書き方です。今回は読み手の的を少し絞り込んだプロフィールです。

演奏家としてのあなたを相手に知ってもらうことに重点を置いたプロフィールが必要になる場合があります。オーディションやコンクールの応募要項で必ず求められる「音楽歴」「演奏歴」です。

アンジェラのリストで、人前で演奏したことをすべて書き出すという作業をしましたが、それがここで生きてきます。

書き出したすべての演奏経験から、「相手の求めに応じて」あなたの演奏経験、演奏歴を整理し、相手が音楽家としてのあなたを的確に(等身大で)見てくれるように編集することが肝要です。なんでも全部並べればいいのでもないし、そのときの演奏の出来不出来を思い出してしまって「これは書きたくない…」としまいこんでもいけません。あくまで、相手から求められていることを判断し、その必要性に応じることを優先させてください。

相手が何を求めているか、それはあなたがそのプロフィール(あるいは演奏歴)を誰に、何のために書くのかを考えれば、すぐにわかります。

 

2.コンクールへの応募用プロフィールの場合

例えば、コンクールの応募の場合。たいていの場合、あなたの演奏の録画・録音をいっしょに提出することを求められているはずです。ですから、あなたの音楽、演奏については言葉で説明する必要はありません。聞けば、分かってもらえるからです。提出書類の「演奏歴」あるいは「音楽歴」には、どんな先生に習ってきたか、どこで学んできたか、どんな作品に取組み、それをどんな機会に演奏してきたか書きましょう(今までプロフィールと言われてきたものは、コンクールの審査員のような専門知識と経験を持った人に向けて書くものだと言って間違いはないでしょう)。キーワードは、「誠実に」そして「等身大」に、です。

 

目次に戻る

❖ 師事した先生

「~に師事」という言い方で、内外の有名演奏家の名前を並べても、専門家は「ああ、マスタークラスか公開レッスンで見てもらっただけだろう」とすぐに分かってしまいます。あなたを音楽家として育ててくれた先生方を、きちんと最初に書くことです。

次のような項目に分けて書いてもいいでしょう。 ▶ 主に師事した先生 ▶ マスタークラス、公開レッスン等で師事した先生 ▶ 学歴(音楽関係の学校を中心に。中学や小学校は普通要りません) ▶ 参加したセミナー、講習会(1回、1日程度ではなく、数日から数週間にわたって指導をうけるようなもの。こういう機会に習った先生で、自分の音楽に大きな影響を与えたと思う人の名前は「主に師事した先生」に入れて構いません) ▶ 参加した音楽祭、特別な企画(演奏した曲、共演者も書き添えましょう) ▶ 受賞歴(スペースが許せば、順位だけではなく、何を演奏してその賞を得たかも書き添えておきましょう)

コンクールに限らず、推薦状の提出を求められるケースがあります。あなたの音楽と演奏に深い理解と愛情を持った先生に書いてもらいましょう。推薦状を形式的なものと思ってはいけません。審査する人はしっかり読んでいますし、定型の書類に書かれていることではわからない、あなたの音楽的特質をよく見ている先生の思いがこもった言葉は、ありがたい応援になります。

 

目次に戻る

❖ 演奏経験

各種オーディションで問われるのは、あなたの演奏経験です。何のオーディションかによって、強調すべき経験は違います。

例えば、ソロでリサイタルや協奏曲を弾く機会を持たせてくれるオーディションの場合なら、独りで弾いた経験をまず最初に書きます。演奏した協奏曲やリサイタルのプログラムも書くスペース(レパートリー欄が別に設けられていることもあります)があった場合には、しっかり書いておきましょう。

オーケストラ団員のオーディションの場合は、オーケストラの中で演奏した経験の多さも大切です。プロのオーケストラでのアルバイトはその回数も含めてきちんと明記しましょう。どれだけオーケストラで弾いてきたかは、あなたのオーケストラへの意欲を示すバロメーターにもなります。アマチュアオーケストラのお手伝いも、若いうちは大切な演奏経験の機会です。「その他、□年間にわたり、○交響楽団(アマチュア)の指導、助演を行う」という一文を添えてもいいでしょう。

室内楽の演奏が求められるオーディションで強調するのは、誰とどんな曲を、どんな機会にやってきたかです。まだ学生の場合は、学内コンサートや単位になる授業で組んだものでも構いません(その場合は指導者の名前を書き添えましょう)。

アンジェラ・ビーチング著『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』(水曜社、2008年刊)の「第10章 フリーランスのライフスタイル」の271ページから、こうした演奏歴、音楽歴を一目で見てもらえる経歴のサンプルが載っています。これもいわゆる「アメリカ流」ですが、相手の求めに応じた、わかりやすい形式になっています。ぜひ参考にして、活用してください。

 

目次に戻る

❖ 小論文(エッセイ)が課されている場合

最近増えてきているのは、応募書類のひとつに、いわゆる「小論文(エッセイ)」を課すことです。これは、応募者の「音楽への姿勢」が問われている場合がほとんどです。

例えば、 ▶ 強く関心を持っている作品、作曲家、演奏家について ▶ 何に関心があり ▶ 具体的にどのように取組み ▶ その結果、何を得たか、どのように考えるようになったか、どのような演奏に努めているか

音楽的なことだけではなく、あなたが音楽以外の分野にどんな関心を持っているのか、音楽以外に得意なこと、真剣に取り組んでいること、音楽以外の活動などを書くことが求められることも最近はよくあります(小論文という形でなくても、応募用紙にそのような内容を書く欄がある場合も)。

小論文(エッセイ)と書いてあるのに箇条書きですませたり、空欄で出したりしないように。書類審査がある場合は、それだけで落とされてしまいます。

こうした課題や欄がある場合、相手はあなたの人となりを少しでも知りたいと思っているのです。応募しているオーディションが、コンサート出演以外の要素、例えば、アウトリーチやホール以外での演奏にも関心を持っている演奏家を求めている場合は、この部分に重きが置かれることも多いのです。

こうした用途のプロフィールを書くときに気をつけなければいけないのは、「的外れ」です。協奏曲のオーディションなのに、室内楽やオーケストラの経験ばかりが目立つものを書いたり、コミュニティ活動に参加する音楽家を求めるものに、ステージの活動だけを並べてみたり…というのでは、相手はまず関心を持ってくれません。

独奏の経験が浅いけれど、アウトリーチをやったことはないけれど、それに挑戦してみたい、というときには、小論文(エッセイ)や志望理由の欄でそのことをきちんと書きましょう。

 

目次に戻る

❖ 隠し味:質問したくなるような「一言」をスマートに滑り込ませておく

もうひとつ、こうした書類を書くときの隠し味として覚えておくとよいことがあります。それは、「オーディションのとき、審査にあたる人が、質問をしたくなるような『一言』」を滑り込ませておくことです。基本編1のプロフィールで作ったあなたのキャッチコピーやモットー、指導してくれた先生のあなた評を、(「小論文」があればその中に、あるいは演奏歴や音楽歴の欄の最後の行などに)嫌みのない形で書いておくと、相手は「お、この人には一度会ってみたいな」と思ってくれるでしょう(くどくならない、さらりとした一言、というのが大事!)。

以上のようなツボを心得て応募書類を書けば、1次が書類選考だけ、という場合には、まず通過できます(そうでない書類の方が圧倒的に多いので…)。もちろん録音による演奏審査がある場合は、そちらが優先されますが、あなたの演奏が伝えようとしていることを書類で語ることが補ってくれるものです。

 

目次に戻る

3.基本編その3:「音楽業界」の外の人たちに自己紹介する

音楽家としての活動範囲が、ステージ上の演奏だけではなくなっている現在、あなたが出会う人がすべて「音楽業界」の人ではない、むしろその方が増えていると思って間違いないでしょう。そういう人たちに「基本編2」のプロフィールを見せても、ピンと来てはもらえません。

コンサートホールではないセッティング、例えば公民館で少人数の人たちの前でお話をしながら弾く、小学校の教室に行って弾く、福祉系施設で弾くといった演奏機会を得たときに(または、そういう演奏機会を得るために)相手が必要としているプロフィールは、音楽歴や演奏歴よりも、あなたの人柄、生き方、あなたらしさを伝えるものです。初めて会った人に自己紹介するつもりで書いてみましょう。

 

キーワードは「共感」

「クラシック音楽」は、専門の音楽家が思い込んでいるほど、特殊な音楽ではありません。誰もがどこかで、この音楽と出会っています。それは、専門家になろうと思ったあなたの音楽との出会いと、実はそれほど変わらないこともあります。あなた自身の音楽との出会い、音楽への愛情がプロフィールに織り込まれていることで、相手は、その音楽家を身近に感じたり、親しみを覚えたりするものです。

その他に、 ▶ 公演活動以外での出会いへの関心と取組を示す実績や実践(サークルやボランティア、ご近所づきあい、等々、あなたと他の誰かとの関わりが見える活動) ▶ ジャンルを超えて好きな演奏家や作曲家、音楽以外の関心 ▶ 個人的なエピソード(星座、干支、ちょっと古いけど動物占い、血液型など)

あなた自身についてのこういう小さなお話がきっかけになって、相手が共感を持ってくれること、それが実りあるコミュニティ活動(コミュニティ・エンゲージメント=地域のひとたちと関わりを持つ音楽活動)への第一歩になります。家族構成や音楽以外の趣味で、知ってもらっても構わないことなども共感の「きっかけ」です。

アンジェラのリストとじぶん年表を作るときに使った「一問一答集」(自分のことを語ってみましょう①)が、ここで役に立ちます。

 

良いプロフィールは、プロフェッショナルへの第一歩! 時間をかけても、丁寧に作ってみましょう。

目次に戻る

「若手音楽家のためのキャリア相談室」トップページに戻る