音楽家の『コミュ力』アップ大作戦①(『若手音楽家のためのキャリア相談室26』)

箕口一美

 

1. 「コミュニケーション力」をつけよう!

(本稿は2012年『ストリング』誌4月号に掲載された記事の改訂版となります。)

乾ききっていた空気がわずかに湿り気を帯びてくると、身体がそれを春の気配と感じるようです。そんな気配を覚え始めていた去年の3月11日。まもなく1年、自分の心がじっと耳を澄ませているのがわかります。大地がまたぞろ身震いを続ける毎日に、笑っていてもどこか身構えているような感じがします。そんな気持ちを抱えて聞いた、神奈川県立音楽堂での東京クヮルテット。音楽のそばで仕事をするようになるとは夢にも思わなかった頃から通ったこのホールに響いたハイドン、バルトーク、ベートーヴェンに、思わず「ありがとう」と小さく(迷惑にならないくらい小さく)呟きました。まだまだあちこち修復中の心には、音楽が一番よく効きます。

遠く離れたところでせいぜい揺れが怖かったくらいの人間ですら、まだまだこんな状態です。音楽には、これからもたくさんすることがあります。

閑話休題。

世をあげて「コミュニケーション力」をつけよう!と言っています。この4月から、中学校の保健体育に「ダンス」が入りますが、その目標が「創造力とコミュニケーション能力の向上」だそうです! 就職試験に「コミュ力」チェックがあるという記事も読みました。

このカウンセリング・ルームもたまには時流に乗ってみることにしました(苦笑)。動機は真面目です。プロの音楽家として生きるのに一番必要なものが『コミュ力』だからです。理由はおいおい説明していきます。「大作戦」とは、やや昭和の響きがするタイトルですが、筆者が昭和中期生まれだということでご容赦のほどを。

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2. 二つのアプローチ

さて、『コミュ力』アップには、二つのアプローチがある、というところから始めましょう。まずは、

① 外側を磨く――コミュ技術を身につけてコミュ力アップ

これは技術=スキルを磨くアプローチです。立居振る舞いや印象的な雰囲気作り、あなたという存在感を作る方法――これを「プレゼンス」と言います――や、人前での話し方、話の運び方、身振り手振りの効果的な使い方――これを「プレゼンテーション」といいます――を学んで、伝えたいことを相手にわかりやすく伝える術を身につけます。

ステージ上のトークやアウトリーチでのお話が上手になるだけではなく、主催者に好印象を持ってもらい、次の仕事の話に繋げるなどということにも役に立ちます。その前提になるのが、こちら。

② 内側を磨く――「コミュ」りたいことを自分に「見える」ようにしてコミュ力アップ

どんなに話し方が上手でも、どんなに魅力的な立ち居振る舞いができても、音楽家は中身があってなんぼ、です。

伝える中身を充実させる第一歩は、「おのれ自身を知ること」。自分が伝えたいこと、言いたいことを、まず自分に分からせることが必要です。言い換えれば、音楽そのものにあなたが感じていること、読み取っていることを言葉にする作業。これが出来れば、他の人に説明することが容易になります。話す中身を自分でつくり出すことができますから、人前で話すことに自信も生まれます。

話が少し逸れますが、古代ギリシャのデルフォイ神殿には「おのれ自身を知れ」と刻まれていたそうです。デルフォイは神々の予言を聞く場所。神さまのアドバイスを聞く前に、まずは自分のことに目を向けよ、ということでしょうか。

というわけで、これから半年くらいかけて、音楽でプロをめざす人にお勧めする二つのアプローチを、実践的に見ていきましょう。

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3. まずは気持ちのストレッチングを

コミュ力アップに向けて、まず気持ちのストレッチングから始めましょう。ウォーム・アップだと思って読んでください。

「気持ち」とは、気の持ち方、心のありようや姿勢を指す言葉で「あなたが伝えたいこと、言いたいこと」の素になっているものです。ですから、気持ちが萎えていたり、気持ちが落ち込んだりしていると、コミュ力が伸びないので、気持ちのストレッチはとても大切です。

身体のストレッチのときは「筋肉を伸ばすときには、必ず息を吐きながら。止めてはいけません」と言われます。気持ちのストレッチのときは、「他人からよく思われるには、どうしたらよいだろう」という方向で、物事を考えないことです。

これからは、こう言い換えてみましょう。 「こういうことをしてみよう。そうしたら他人から『良い』と言われるだろう」

誰か他の人が「よかったね」と言ってくれるのは、いつも結果に対してです。結果を得るには、実践してみないことにはわかりません。そうなるために、相手のことをよく見て、何をすべきか一生懸命考えて、組み立てて、そして実行に移してみる。

「他人からの目線=評価」を「すでに決まりがあって、それに自分を合わせるためにきょろきょろと人の目線を気にする」のか、「他の人が良いと言ってくれる、喜んでくれるために、自分が何をすればよいかと考え、しっかりと人の目線をとらえる」のかでは、ずいぶんと心の姿勢が違います。

日本という社会に生きる限り、「他人からの目線」はまず「あなたという個性」を制限する力として働きます。他人に合わせること、他人と違った行動や言動は慎むこと、それが他人に不快感を与えない=よいと思われることにつながる――「他の人からよく思われるには、どうしたらいいだろう」という、ネガティヴ思考が心に宿る原因です。

アーティストにとっては、本質的に生きにくい社会ですが、社会のせいにしていても話は始まりません(余談ですが、自分が置かれた状況を「ひとのせい」にするネガティヴ思考の人が増える傾向は、社会が個性に対して制限的に働くせいでしょう)。「他人からの目線」を、自分が良い結果を掴むためのゴール=目標に設定して、他人に喜んでもらう、いいね、ありがとうといってもらえるための「観察相手」にしてしまいましょう。

この連載では何度か言ってきていることですが、音楽という芸術は、聴き手という他者なしには決して成り立たないもの。演奏家というアーティストは、「他人からの目線」を糧にして、芸術と関わっていく存在です。コミュ力を鍛えるのは、演奏家としての基礎作りでもあるのです。

「他人からの目線」によって個性を制限し、没個性な気の持ち方、心の姿勢にしてしまうのは、アーティストの生き方ではありません。音楽でプロをめざすあなたは、この「目線」を、自分を磨くプラスのエネルギーに変えて、「心の姿勢」をバランスさせる物差しにしましょう。ほら、日本語にはこんな言い方もあります。「人の見る目が変わる」――あなたの個性を制限する視線を、演奏家であるあなたのコミュ力を育てる視線にアップグレード!

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4. ところで「コミュ力」って何でしょう?

文字通りには、他人とコミュニケーションする力。コミュニケートという言葉のルーツをたどっていくと、「分かち合う」「他の人に知らせる」「加わる」「協力しあう」という、人と人とをつなぎ合わせる行いを指す言葉だということが分かります。

「コミュ力」について、誤解されている部分を解いておきましょう。この力は、日本社会の文脈だけで通用する「空気を読む」力ではありません。そんな内輪でしか通じない、閉じられたムラ社会の「超能力」のことではないのです。

相手が空気の読めない人であっても、全く異なる価値観を持つコミュニティの人であっても、ちゃんと自分の言いたいことを言い、相手の言うことを理解できる力、または、どんな相手とでも、お互いに理解できる状況と場をつくり出す力を、コミュ力と言います。「理解」するのは、相手が言葉で言い表した意図だけではなく、感情や立場も含まれていますから、予断や偏見にとらわれない観察力も必要です。

演奏家が音楽という言葉で聴き手とコミュニケーションする「演奏」という場面を思えば、ここで説明している意味は容易に摑めるのではないかしら。コンサートホールのステージから小学校の音楽室まで、目の前にいる5人のこどもから2000人のお客さままで、数や会場は違っても、およそ演奏家が音楽している瞬間は、ひとりぼっちの独白ではなく、あなたからの発信を受け止め、5種類から2000種類の違う応えを返している人たちとのコミュニケーションです。そこに言葉はなくても、感じ方は違っていても、一生懸命あなたの音楽に耳を傾けている人たちの真剣さや感情の揺らめきを感じて、あなたの音楽も「化学反応」を起こして変わっていく。

演奏家の「コミュ力」の源はこれです。言葉のルーツそのままの経験である、音楽を分かち合い、ともに力を合わせて、音楽を味わうこと。

この連載では、演奏そのものを磨く「コミュ力」アップの話はしませんが、プロをめざす音楽家として、演奏を磨いてコミュ力の基礎力を向上させることは大前提です。

アウトリーチやトークの入るコンサートでは、言葉や話しかける姿勢、顔の表情や声のトーン、滑舌、イントネーション、声の張り、身振り手振りなど、演奏以外の手段を介するコミュニケーションも行われます。そういう「プレゼンテーション」力にも、プロならば求められる質があり、アーティストとしての考えと内容が伴なうことを求められます。これも音楽家が身につけるべき「コミュ力」でしょう。

次回から、コミュ力アップのための「練習問題」を毎回解いていくことにします。問題のテーマは、ふたたび「小さな本番」です。演奏だけで勝負する、基本的に音楽が聞きたくてきている人たちが集うコンサートよりも条件が厳しい小さな本番は、あなたの音楽家としてのコミュ力アップの実践(実戦?)場です。部屋の中で音楽「なんか」聞くよりも外でサッカーしていたいガキ(失礼!)たちや、音楽よりもこの後に振る舞われるワインの銘柄が気になっているおばさまたちがあなたの聴衆。あなたの音楽コミュ力で、そんな人たちのハートをゲット!です。

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