高まるセルフマネージメントの機運:ニューヨークの現場から(『若手音楽家のためのキャリア相談室11』)

箕口一美

日本の若手アーティストも、堂々と自己アピールできるようになることを願って!

 

1. ニューヨークでの音楽活動支援関連のカンファレンスについて

(本稿は2010年『ストリング』誌3月号に掲載された記事の改訂版となります。)

1月の第2週から第3週にかけて、ニューヨークには各地からパフォーミング・アーツの関係者が続々と集まります。全米室内楽協会(Chamber Music America=CMA)とAPAP (Association of Performing Arts Presenters)の年次総会が行われ、これに合わせて若い演奏家たちが、全米から集まってくる主催者に演奏を聴いてもらおうと、小さなスタジオや教会、はたまた個人の家のリビングルーム(文字通りのマンション=邸宅ですから、広い!)を借りて、ショーケースと呼ばれる小さな演奏会をあちこちで開きます。今年はCMAの年次総会に出席することにしていますが、そうしたイベントのご案内の電子メールが昨年末から毎日のように届いて、受信フォルダーがあふれそうです。

この時期に合わせて、NETMCDO(Network of Music Career Development Officers)とCEOCSM(Consortium for Educational Outreach at Conservatories and Schools of Music)のカンファレンスも行われます。アンジェラ・ビーチング著『Beyond Talent日本語版』でも紹介したこの二つの協議会は、音楽大学や音楽院が在校生および卒業生のキャリア支援を行っているセクションの担当者たちの、年に一度の意見交換の場です。特に後者は、学校が主体となって大学周辺地域へのアウトリーチを行う仕組みを持っている学校の担当者たちの集まり。ふだんからメーリング・リストなどで連絡を取り合っているとはいえ、顔と顔を合わせて議論していると、ふだんはじっとひとりで抱え込んでいる本音話も出て、お互いに「大変な思いをしているのは、わたしだけじゃない」と大いに盛り上がり、手持ちのアイディア、経験と元気を分け合います。

今回はそんな会合で見聞きしたことをレポートさせてもらおうと思います。

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2. 全米室内楽協会について

全米室内楽協会のカンファレンスに顔を出すようになって、10年以上経ちますが、今回は始まる前からいつもと様子が違いました。

12月半ば過ぎから、参加する演奏家たちやマネージャーなどからの案内が毎日5、6通は送られてくるのです。以前も郵便でカンファレンス前後の公演案内などが送られてくることはありましたが、始まるまでに10通を超えることはありませんでした。

HTML形式で、写真やロゴ、目を引くコピーで、電子チラシのようなメールを送ってくる団体もあれば、「CMAの会場のこの辺にいますので、どうぞ会いに来てください」とあっさり数行のメールも。中には、きちんとMr. Minoguchi(!)に、自分のアンサンブルを紹介し、会期中のショウケース(試演会)を聞いてほしいし、その後会って話をしたいと書いてくるものもあります。

インターネットの発達は、こうしたコミュニケーションを一度にたくさんの人に宛てて、安価に送ることを可能にしました。でも、カンファレンス前後(終わった後もたくさん来ます)にこれほどのメールを受け取ったのは初めてです。それだけ、こうしたカンファレンスが自分を売り込み、演奏の仕事を得る絶好の機会であると積極的に行動している演奏家たちが増えているということでしょう。

アンジェラ・ビーチングも『Beyond Talent』の中で、カンファレンスでの立ち居振る舞いと活用の仕方にかなりページを割いています。 ▶ 参加者リストを事前に手に入れて、会いたい人、話を聞きたい人をある程度絞り込んでおく。そういう人たちには、なるべくならば、前もって自分たちがカンファレンスに参加していることをメールなどで知らせておく。 ▶ 会場では、物怖じせずに、積極的にいろいろな人に話しかけ、情報の交換をすること。 ▶ その場で仕事が決まることなど滅多にないと心得、伝えたいことの要点を纏め、よい印象で会話を終えるように。 ▶ 連絡先がわかっていても、必ず自分のビジネスカードを渡し、相手からももらうように。

そんな「教科書通り」に振る舞う室内楽アンサンブルの若者たちと何人も話しました。熱意と意欲がほとばしる会話をほほえましく思うと同時に、プロとして、他人に頼らず自分で道を切り開こうという覚悟をひしひしと感じました。こうしたグループの中には、マネージャーやプロモーターに混ざって、自分たちの展示ブースを出して、売り込みを行っているところもあります。後述しますが、以前に比べれば、室内楽アンサンブルのマネージメントを行っているところは増えています。とはいえ、実績の少ない若いグループには、すぐマネージャーが付くわけでもないので、まずは、セルフマネージメントで始めるようにと、アンジェラもアドバイスしています。それを実行に移して頑張っているグループが確実に増えていることを実感しました。

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3. 減る大手マネージメント、増える新興小マネージャー、存在感を強める非営利団体による若手マネージメント

カンファレンスの大事なイベントのひとつが、展示ブース巡りです。ここで新しいアーティストや注目している団体の動向や情報を集めていくのです。

元々大手マネージメントで室内楽グループを持っているところは少なかったのですが、今回ついにコロンビア・アーティスト(CAMI)のブースがなくなっていました。室内楽に熱心なマネージャーがいなくなって久しく、毎回ただ演奏家情報をおいているだけだったので、そんなものかな…(ちなみにCAMIを辞めた室内楽フリークのマネージャー氏は他の会社のブースで相変わらず熱心に語っていました)。その代わり増えたのは、比較的若い、小規模のマネージメント会社です。抱えているアーティストの数は少ないのですが、ここ数年頭角を現してきたような弦楽四重奏団やワールドミュージック系の団体をマネージし、演奏家たちとあまり変わらない世代がいっしょに頑張ろうという活気があります。

もうひとつ、ブースの大きさでも、集まる人の数でも印象的だったのが、若手アーティスト支援マネージメントを行っている非営利団体です。老舗はなんといってもヤング・コンサート・アーティスツ(YCA)。1960年代から、オーディションで若手演奏家を選び、ニューヨークとワシントンでデビューコンサートを行い、商業マネージャーが付くまで、各地の主催者に紹介して仕事をつくるようマネージメントするということをやってきています。卒業生の中には今井信子さんや東京クヮルテット、戸田弥生さんや神尾真由子さんの名前も見えます。

コンサート・アーティスツ・ギルド(CAG)はクラシック音楽やジャズの若手を、フィラデルフィアに本拠を置くAstral Artistsも同様な支援を行います。以前から若手演奏家の着実な登竜門として認知されていましたが、アメリカにつてやコネをほとんど持たない海外からのグループや留学生たちにとって、こうした団体の活動がこの国に地歩を固める最良の入り口になっているのではないかという印象を受けました。

前々回のロンドン弦楽四重奏コンクールでファイナリストだったイギリスの団体カルダッチ・クァルテットが、コンサート・アーティスツ・ギルドの所属になっており、今回のカンファレンスのショウケースに登場しました。そして、短くても印象に残るプログラム構成とトーク、残響が全くないホテルの宴会場という最悪の条件を強く意識した丁寧な演奏で、終了後その場に来ていた地方主催者が彼らの周りに群がるという大成功を納めたのです。イギリスでは、そこそこのキャリアを歩み始めている彼らですが、海外での活動のきっかけをつかむために、CAGのオーディションを受けるという選択をしたのでしょう。非営利団体による若手支援のしくみとカンファレンスでの売り込み機会を十分に活かしてチャンスをものにした現場を目撃させてもらいました。カルダッチQのアメリカでの今後の活躍を注目したいと思っています。

もうひとつ目についたのが、音楽大学が演奏家を後押しするようなプロモーションを行っていることでした。大学がアンサンブル(クァルテット)・イン・レジデンスを持ち、その団体が学外で活動することで、大学の宣伝につながる、という考え方はいままでもありました。今回いくつかの、主に西海岸の大学が、自校の宣伝も勿論兼ねてではあると思うのですが、レジデントである若い演奏団体の学外活動を増やすためのプロモーションを行ったり、キャリア支援担当者が大学のコミュニティ活動の一環として行っている学生指導プログラムのデモンストレーションを卒業した団体で行ったりという場面を目にしました。

これは、音楽大学が学生の卒業後のキャリア支援を意識し始めている傾向と無縁ではない気がします。公教育やコミュニティ活動が演奏家の主要な活動として定着し、特に若手の場合、ただ演奏できるだけではなく、工夫を凝らした学校プログラムやコミュニティ活動に関わるプログラムを用意できるか、聴き手と言葉でやりとりができるスキルを持っているかなどを、どこまでアピールできるかが鍵になってきています。音楽大学がそうした社会のニーズを意識し、学生時代にそうしたスキルも身につけられるような環境を作っていることを宣伝するまでになっているのは興味深いことでした。

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4. 日本の3音大、ミュージック・コミュニケーション・リーダーの育成を提唱

CMAカンファレンスに先だって、ニューヨークでは音楽大学のキャリア支援担当者が集まるカンファレンスが二つ行われました。

ひとつは、おなじみNETMCDO(Network of Music Career Development Officers)です。アンジェラ・M・ビーチングをはじめとするこの分野の先駆者たちが世話役となって、ふだんはネットを使った情報交換を主に行っている人々が、年に1回集まってカンファレンスを行います(長くニューヨークのマンハッタン音楽院が主たる会場となっていましたが、現在はアメリカ西海岸に位置するコルバーン音楽学校が会場となっています)。もうひとつは、CEOCSM(Consortium of Educational Outreach at Conservatories and Schools of Music)で、音楽大学が学校の活動として行うアウトリーチのコーディネーターや指導者が集まるもの。マンハッタン音楽院が会場です。今年はその両方に、神戸女学院の津上智実さん、昭和音楽大学の武濤京子さん、東京音楽大学の小島レイリさんの3人が参加しました。

この音楽系3大学は、平成21年度に文部科学省に選定された「大学教育充実のための戦略的大学連携支援プログラム」として「音大連携による教育イノベーション-音楽コミュニケーション・リーダー養成にむけて」という共同プロジェクトに取り組んできました。 http://www.music-communication.com/oldsite/kyoudouproject/index.html

解説文にはこうあります。 「3つの音楽系大学が(中略)新しい音楽教育の基盤を整備し、社会のさまざまな場で音楽活動を創造・実践する『音楽コミュニケーション・リーダー』を養成します。音楽を専攻する学生の“専門力”のみならず、“コミュニケーション力”と“社会性”を磨き、豊かな音楽的感性、人の心を理解し結びつける力、さまざまな状況に適応し問題を解決する能力とリーダーシップを育むプロジェクトです。」

神戸女学院は日本で最初に学校としてアウトリーチセンターを持ち、キリスト教大学としてその建学の精神に根ざす奉仕の思いとともに、音楽と社会の関わりを学生たちが実践する場を作っています。昭和音楽大学もコミュニケーションセンターが中心となり「アーツ・イン・コミュニティ」プログラムを展開、昨年は150人以上の学生がさまざまなワークショップで学んだ上で、実践の場に出て行っています。東京音楽大学では2006年から行っているACTプロジェクトで、学生自らが企画プロデュースするアウトリーチやロビーコンサートを行い、その活動を通じて、プロとして生きていくのに必要な演奏以外のスキルを身につける機会を提供しています。

この3校が共同で昨年から取り組んでいるのが上述のプロジェクトで、この渡米もその調査・研究の一環です。CEOCSMでは、こうした3校のこれまでの取り組みを紹介する時間がもたれました。まとまった形で日本での事例紹介が行われたのは今回が初めてで、学生のメンタリティーの違いとそれに合わせたさまざまな指導、支援の方法、3つの大学がインターネットを利用したウェブ会議システムを使って、相互にワークショップを中継したり、連絡会を行って、常時連携する工夫を行っていることなど、アメリカで同じような仕事に取り組んでいる人々にも興味深い発表でした。何より感銘を与えたのは、音楽大生を「音楽コミュニケーション・リーダー」として養成するという考え方でした。Leader in Music Communicationが指すものは、音楽で、あるいは音楽をコミュニケーションする力をもって、何かを実現することができる人。そのために必要や専門性、ひととつながるスキル、社会が求めているものを見抜く力を備えている人です。それは演奏家であったり、教育者であったり、公演の企画制作に従事する人であったり、地域の文化芸術活動に尽力する人であったりするでしょう。

演奏を主とする仕事に就くことを目指して音楽大学に入ってくる学生たちにとって、演奏だけ優れているだけでは生きられないという事実に気づくのが第一歩だとすると、次の一歩は、それでも音楽で生きていくためには、自分がどんな存在にならなければならないのかということに向かって努力を始めることでしょう。CEOCSNやNETMCDOに集まっているキャリア支援担当者やアウトリーチコーディネーターのひとたちが日々努力していることは、その「気づき」の時を待って、学生たちをよりよい方向に向けていくこと。その方向を示す言葉として「音楽コミュニケーション・リーダー」はとても当を得ています。3人の発表が大きな心からの拍手で終わったことは当然といえるでしょう。

日本には、CMAカンファレンスのように、演奏家が主催者と直接会って話をするというような機会はほとんどありません。毎年3月に東京で「芸術見本市」という、ちょうどアメリカのAPAP(Association of Performing Arts Presenters)に似たカンファレンスが行われますが、クラシック音楽関係者はほとんど出てきません。演劇やダンス、その他の実演芸術のひとたちが積極的に公共ホールのひとたちと話したり、主催者同士のネットワーク作りをしているのを見ていると、そのうち公共ホールからクラシック音楽の公演がなくなってしまうのではないかしら、と余計な心配もしてしまいます。

音楽コミュニケーション・リーダーとして育った演奏家たちが、今回アメリカで出会った若者たちのように、自分たちに仕事をくれるかもしれない主催者に堂々と自己紹介し、自分のできることを語り、名刺を渡し、フォローアップのメールも送る、ということが出来る場が日本でも作れないのかしら…と毎度ながら思ってしまう、ニューヨークの一週間でした。

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