小さな本番を頼まれたら③(『若手音楽家のためのキャリア相談室10』)

箕口一美

スクリプト(台本)も丁寧に準備しましょう。

 

1. この連載の目的

(本稿は2010年『ストリング』誌2月号に掲載された記事の改訂版となります。)

さて、今回は本題に入る前にこの連載の話をしましょう。(これらの連載は、1986~2012年にレッスンの友社から刊行されていた『ストリング:弦楽専門誌』に、2009年2月号から2012年8月号にかけて掲載されたものです。)たとえば、2010年1月号をぱらぱらとめくりながら読んでいくと、弦楽器とその音楽が持っている多次元の広がりを一望できる気がします。初学者のための親切な入り口から、楽譜の細部を奏法という形で読み解いていくレッスン、作品そのものを歴史や演奏伝統から掘り下げていく読み物、身体が資本の演奏家にとっては欠かせない自分の身体のメインテナンスや故障の回避方法、かつての名演奏家の伝記的事実を丁寧に追っていく連載から今を生きる演奏家の生き生きとした発言が読めるインタビューの数々・・・ひとつ弦楽器だけを取り上げてみても、この楽器に関わって生きる人間たちが、音楽を演奏するという行為にどれほどの異なる要素(技術的な取り組み、作品の解釈とそのための広範な知識と経験の習得、身体の調整、メンタルな訓練、等々)を組み込んだ上で実践しているかを、この多岐にわたる記事が表していると言えましょう。

その中で、この連載では弦楽器をはじめとする演奏の世界と、それを取り巻く世界との間の小さな窓の役割を果たせればいいな・・・と思っています。

2009年末から、どうもこの窓の外の世界はずいぶんと騒がしくなっていますが、ある意味で、芸術文化のあり方について、これだけたくさんの人たちが関心を持ち、自分の考えや感想を口にしているというのも、貴重な機会と言えるでしょう。1月号でも、いろいろな方がさりげなく自分の思いを記事のそこここに滑り込ませておられます。わたし自身も、このところいろいろな集会に参加したり、参加した人の話を聞いたりして、今起こっていることがなんなのかを掴もうとしています。まだまだ先が見えないことの方が多いのですが、ひとつだけ、この動きそのものが発しているメッセージをはっきり感じる部分があります。それは「窓の外の世界の人たちが、窓の内側の、こちら側の世界に向かって言いたいことは、もっとわかる言葉で説明してほしい」のだ、ということ。

音楽という、言葉を超える雄弁な表現芸術のそばにいて、最後は演奏家が音楽ですべてを語ってしまう、そして聴き手もそれをしっかり受け止めて感動を覚えている、そんな風景を当たり前のように見ていると、なんの説明が必要なんだ、あなたには感動する心がないのか・・・なんて、口にはださないまでも心で呟いてしまうことは、ままあります(告白します)。でも「若手芸術家の海外研修」に対して圧倒的予算縮減をと結論づける人たちは、全く異なる理屈、つまり納得に至る理由付けの方法が違う世界で生きており、それはまぎれもなく窓のこちら側の人間もその中で生きている世界です。

ここで詳しい説明を始めるとまた長くなってしまうので、結論めいたことだけ言えば、こちら側の世界の人間が出来る努力は、あちらの理屈の言葉を拾って、ちょうど外国語の辞書を初めて作るように、こちらが伝えたいことを相手の言葉で語れるようにしていくことではないかと思っています。こちらにもあり、あちらにもあること、例えば人ひとりの人生についてお互いに関心のある部分で音楽がどんな風に振る舞っているかを語れば、共感という名の理解を得ていける・・・それは、今回お話ししたい「小さな本番」の中身を作るときにとても大事な想像力=相手の考えや感じていることに思いを致す力につながります。

いささか強引な展開ですが、本題に入りましょう。

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2. プログラムを主催者に説明する

小さな本番を頼まれたあなたは、主催者がやってほしいことをしっかり聞く打ち合わせをし、今自分が出来ることややってみたいことをじっくり考え、聞いてくれる人たちがどんな人かもよく考えた上で、ひとつのプログラムを造り上げました。

ここでちょっと困ったことが起きます(よくあるのですが・・・)。 ・いわゆる、誰でもよく知っている曲がない、あるいは少ない ・見たことも聞いたこともない曲目が並んでいる(わたしたちがこれなら知っているでしょう!と思うものでも、クラシック音楽とは縁があまりない人には、全く未知のもの、というのもよくあります) ・長い(3分を超えたら、長いと思われると覚悟しておきましょう)

「プログラムを前もっていただけますか」と言われて、メールなりファックスなりで曲目を並べたものを送ったら、すぐに電話あるいはメールが来て、遠慮がちに(あるいははっきりと)、プログラムを考え直してほしいと言われることを一応想定しておきましょう。

そんなとき、もしどうしてもこのプログラムで弾きたいと思ったらば、相手を説得するしかありません。このプログラムを組むにあたって、いろいろと考えてきたこと、それを伝えるためにこの曲目でどうしても弾かせてもらいたいのだということを相手に伝えるのです。

大切なポイントはふたつ。 ▶ 電話でもよいので、実際に相手と話すこと

作文によほど自信がない限り、電子メールなどで返事をすることは避けましょう。書き言葉はときとして、自分が意図していない頑なさや高飛車さを相手に感じさせてしまうことがあります。電話では話しづらいと思ったら、5分でもいいのでお時間くださいと言って会いに行く方法もあります(そこにあなたの熱意を感じて、分かった、このプログラムでやってください、と言ってもらえるかも)。

電話で話す前に、もう一度自分が説明したいことを整理し、メモを作って、それから相手に話しましょう。ちょっと一手間ですが、自分の考えを客観的に見ることができるし、どうしても変更しなければならなくなったときの妥協点を探るときの助けになります。

▶ 相手が共感してくれる言葉を探すこと

まず、プログラムのどの部分がお気に召さないのかを率直に聞きましょう。知らない曲だから、1曲が長すぎるから、リクエストした曲が入っていないから・・・相手の話をよく聞いて、どうしてそう感じているのかを聞き出すように話を進めます。そして、相手の言うことを否定したり、自分の言いたいことだけを言うのではなく、相手の言っていることに共感を覚えていることをはっきり伝えながら、その曲を選んだ理由や込めている思いを語って見てください。何より、このプログラムはこの「小さな本番」の依頼者である相手のために一生懸命考えて作ったものであることを訴えてみましょう。小さな妥協を差し出して、一番弾きたい曲は残せるように話をすることも方法のひとつです。

こうした「小さな本番」を主催してみようと思っている人は、基本的には善意の人たちです。その善意を当惑させないように接すれば、必ず聞く耳を持ってくれるはずです。

キーワードは「共感」。わたしたちの仕事は、勝ちか負けかの駆け引きではなく、自分の音楽を抱きしめてくれるはずの人たちと思いを共有する方法を探っていくことですから。

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3. 小さな本番で起こること

さて、紆余曲折を経て(あるいは経ずに)、いよいよ「小さな本番」当日です。話すリハーサルもちゃんとした、演奏の方もばっちり、あとは聴き手の前で弾くだけ・・・と、安心はしないでおきましょう。

会場はほとんどの場合、ふだんは演奏が行われる場所ではないものです。教室だったり、集会室だったり、食堂だったり。玄関ホール、酒蔵、屋根のない中庭、ピーカンに晴れた駐車場に張った特設テント、田んぼに作ったステージ(いずれも実話です!)・・・前もって分かっていたとしても、実際その場に立って初めてわかる問題点もあります。ですから、会場には必ず早めに(少なくとも1時間前)入りましょう。音響を確認することもさることながら、その場に慣れることも必要です。

温度環境は楽器にも影響しますから、前もって適温にしておいてもらうようにお願いしておきますが、そうなっていない場合もあります。そんなときは、あわてず騒がず、改めてお願いしましょう。指を動かしても差し支えのない温度になるまで、話す方のリハーサルをしたり、段取りを確認したりして、ウォームアップを直前まで我慢するという手順変更にも動じないように。

譜面台は用意してくれると言っていても、使い慣れたものを持参しておいた方が無難です。錆びたり、ねじがはずれていたりしていて、使えないかもしれませんから。チェロ奏者はエンドピンストッパーをお忘れなく。つるつるの床で難儀するかもしれません。立派すぎる肘掛け付きの椅子が用意されてしまっているかもしれません。高さが調整できるとも限りません。

とにかく予想外のことが起こることを覚悟して、動じないタフな精神の持ち主になったつもりになりましょう。「小さな本番」を重ねることで、コンサートホールでのあがりをある程度克服できるようになったという話もききます。多少のことでは気持ちを左右されず、演奏に集中することを心がけてみてください。

予想外のことは演奏環境だけではありません。コンサートホールと違って「小さな本番」では、聴き手がこちらを向いてくれない、という事態が起こります。学級崩壊状態の学校で演奏するかもしれません。美術館のロビーで、誰も立ち止まって聞いてくれないこともあるかも。どんなに段取りを考えてあっても、相手が聞いてくれなければ水の泡。

そんな「不幸な事態」に陥ったある若い演奏家は、しゃべることを一切止め、覚えている限りの曲を弾き続けたそうです。超絶技巧あり、べったりのロマン派メロディーあり、バロックのしぶい無伴奏あり・・・前列に座っていた学生たちがまず引き込まれ、やがて騒いでいる連中を他の学生が制して、いつの間にかホールのコンサートのようにみんなが聞き入っていることを感じた、とか。なるべくそういう目には遭いたくないものですけれど、そんなときには、音楽だけで勝負するくらいの気構えでいましょう、という実例です。

言うことを忘れた、段取りを間違えた、などということはいつでも起こります。もしアンサンブルで演奏しているときは、お互い助け船を出しましょう。あー、あいつ間違えた、などと冷たく見殺しにしないように。よくあるのは、進行役が他のメンバーを紹介しておいて、自分のことをすっぽり忘れること。そんなときには、ちょっと注意を促してあげましょう。一番しゃべった人が最後まで誰だかわからない、というのもかわいそうですから。

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4. 反省会をしよう。すぐに!

無事「小さな本番」が終わったら、さー、飲みに行こう、というのもよいですが、その場で必ず反省会をしましょう。いい反省会にするコツはふたつ。まずよかったと思うことを挙げ、その次に、こうしたらもっと良くなるということを挙げること。要は次回に向けて「建設的」な反省をすることです。うまくいかなかったことを失敗と落ち込まずに、どうしたら良くなるかという風に考えましょう。もちろん、必ずメモをとること。面倒かもしれませんが、それがいずれ大きな財産になることを請け合います。

可能ならば、ビデオをとってもらって、自分のしゃべりや相手の反応を客観的に観察するのもお勧めします。人前に立ったときの自分の癖(気がつかないものです)や立ち居振る舞いもビデオならしっかりチェック出来ます。

「小さな本番」にこんなに手をかけなくても・・・と思うかもしれません。ギャラも決して良くはない(ないかも)ですが、なんといっても、最後は必ず聞いていた人たちから「ありがとう」と言ってもらえます。それはあなたの音楽への感謝の言葉。音楽家をやっていて、ほんとうによかったと実感できる瞬間のはずです。

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