2021年度【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】ピアニスト・石井琢磨 氏
東京藝術大学音楽学部音楽総合研究センター《シンクタンク機能社会・発信室》は、『2021年度音楽学部若手作曲家・演奏家・研究者支援事業』採択事業として、様々な専攻の若手卒業生をお招きし、【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】を実施いたしました。
当室教育研究助手の屋野晴香がインタビュアーとなり、音楽家同士だからこそ分かり合える活動のあれこれや、アーティストとしてのこれまでの道のり、在学生へのメッセージをうかがうシリーズ企画です。
卒業後の道のりは、同じ専攻であっても十人十色。音楽学部全体を見渡せば、アーティスト活動の軌跡は千差万別です。在学生の皆さんには先輩のお話を参考のひとつとし、自分自身の進路を見つけるためのヒントにして頂きたいと思います。
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今回のゲストは、ピアニストの石井琢磨さんです。石井さんは藝大卒業後ウィーン国立音楽大学に留学され、現在ウィーンを拠点に日欧で活躍されています。国際コンクールでも優秀な成績をおさめられ、さらに約2年前に開始したYouTuberとしての発信はピアニストとしての活動範囲を飛躍的に拡げ、目覚ましい活躍をなさっています。
同じ時期にウィーン国立音楽大学で学んでいたインタビュアーとは、留学仲間で旧知の友人でもある石井さん。今回はリモートインタビューにて、オープンに色々なお話を伺うことができました。
《ゲスト:ピアニスト・石井琢磨》
東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒業。ウィーン国立音楽大学および同大学院ピアノ科修士課程を満場一致の最優秀で修了。現在、同大学院ポストグラデュアーレ課程に在籍中。2016年ジョルジュ・エネスク国際コンクール(ルーマニア)ピアノ部門第2位受賞。権威ある国際コンクールでの日本人初入賞の快挙となった。
国内外での演奏活動の他、2020年3月に ”TAKU-音 TV たくおん” 名義でYouTubeチャンネルを開設。わずか2年で総再生回数は1900万回を超え、チャンネル登録者数は8万人を突破(2022年2月現在)。
これらの取り組みが契機となり、2022年2月には全国チャリティーコンサートツアーを開催。また、国際的に活躍する演出家・宮本亞門氏に見出され「あなたがNEXTアーティスト!」プロジェクトに選出されるなど、めざましい飛躍を遂げている。
公式ウェブサイト:https://www.takumaishii.com/
《聞き手・企画・構成:屋野晴香》
ウィーン国立音楽大学器楽科ピアノ室内楽専攻を学部・大学院ともに最優秀で修了。東京藝術大学音楽学部では楽理科に学ぶ。2020年度より同大学音楽学部 音楽総合研究センター シンクタンク機能社会発信室にて教育研究助手を務める。
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■石井さんは藝大卒業後、すぐにウィーンに留学されたのですよね?お姉様の絵里奈さんも、同じく藝大ピアノ科の卒業生で、ウィーン国立音楽大学へ留学されていますよね。
はい、姉は修士を出てから留学し、私は学部卒業後すぐに留学しました。ちょうど10年前の2012年からです。留学先は師事したい先生がいらっしゃったからウィーンに決めたのですが、姉が先に行っていたことと、住みやすそうな街だったことはやはり心強かったですね。
■留学先では様々な国際コンクールに挑戦し、活発な演奏活動でご活躍をされている傍ら、最近はYouTubeでの発信も積極的にされていますね。
2020年3月から始めました。みなさんもご存知のように新コロナウィルスが蔓延し、演奏会が軒並みキャンセルになってしまったことがきっかっけです。
■元々YouTubeには興味があったのでしょうか?
そうですね・・・正直なところ、最初はとても抵抗があったんです。
やはり生の音を磨いて届けたいので、果たして映像でどこまで伝わるのか疑問でした。
抵抗感はありましたが、演奏会もなくなってしまったし、このきっかけが何かチャンスになればという思いで挑戦してみることにしました。
■そうだったんですね。抵抗があったというのは意外でした。最近はストリートピアノの企画の配信もされていますよね。
以前からいわゆるピアノ系YouTuberの方々がストリートピアノを使った配信をされていましたが、2019年末頃からヨーロッパの街中にもストリートピアノが設置されるようになっていたので、そういった企画も盛り込んでいます。
ポップスの曲であっても、クラシックをきちんと学んで音色作りをできる人こそができる演奏があると思うので、カテゴリーはピアニスト、ジャンルは問わずに弾いています。
■チャンネル開設から約2年で、登録者数もインタビュー時点で9万人まで増えていますよね。コツコツと続けてこられたのを拝見しましたが、企画・撮影・編集は全てご自分でされているのでしょうか?また一気に登録者数が増えたタイミングやきっかけなどもあったのでしょうか?
当初は企画から撮影・編集まで全て自分で行っていましたが、今は友人にカメラ撮影などを頼んだりしています。登録者に関しては、2020年11月に友人でピアニストの反田恭平さんがウィーンに来ていたタイミングで出演して頂き、その時に結構見て下さる方が増えました。友人にもとても助けられています。その時点では、登録者数は2千人くらいだったと記憶しています。
そして2021年の夏、少し欧州で感染が収まってきた頃にウィーンに設置されたストリートピアノが増えたこともあり、企画を多く混ぜながらやっていたところ、2万人、3万人と増えていきました。
■YouTubeを通じてリアルのコンサートにつながった経緯についても、お聞かせ願えますか?
チャンネルを通じてたくさんの方に見て頂けたことがきっかけになり、今回、日本の企業様の主催でチャリティコンサートという形で全国ツアーをさせて頂きました。
欧州ではストリートピアノが設置されているところに、よく募金箱も設置されているんです。その収益はNGOやNPOを通じて、音楽を学ぶ子どもたちや、恵まれない子どもたちに寄付されていて、その様子を見た主催企業の会長様からお誘いを受け、私もチャリティに興味があったので、今回のチャリティーコンサートツアー出演に至りました。
■様々なメディアに取り上げられるようになって、変化したことはありますか?
以前は「音を届けること」=「聴衆の皆さんに音を届けること」だと考えていたのですが、もっとその前の段階、つまり「石井琢磨」という存在を知って頂かなければ、届けようもないという事実にYouTubeでの活動を通じて改めて気付かされました。
沢山の方にまずは知って頂くことが、音を届ける第一歩だと、考え方が変化しましたね。
実のところ、YouTubeをきっかけに実際の演奏会に足を運んでくださる人数が増えるとは考えていなかったんです。初めにもお話ししたように、最初はYouTubeに対しても抵抗があったので。蓋をあけてみると、この活動を通じてリアルの演奏会に来て下さる方が増えていて、嬉しかったことの一つでもあり、次第に映像での配信への抵抗感も薄れていきました。
それまでは頑張ってお声がけをしても、リアルの演奏会に足を運んで頂ける人数には限界がありました。YouTubeなら世界中の方に知って頂け、足を運んで頂けるきっかけ作りができる。そしてクラシックっていいなと思って頂けるきっかけになるのだと実感しました。
最初は(新コロナウィルスの蔓延での)「ピンチをチャンスに変えよう」という考えで始めたYouTubeも、「まず知っていただいて実際の演奏会に足を運んで頂き、生の音を届けたい」という風に、運営していくなかでコンセプトが固まっていきましたね。
■コツコツと続けるなかで、「リアルのコンサートに来て生の音を聞いて頂くために」と目的もどんどん明確になっていったんですね!「発信すること」に関して、学生の皆さんに対するアドバイスはありますか?
いま20歳くらいの学生さんがこのインタビューを読んでくれているとしたら、まずは目の前の実技に集中して取り組むことを一番におすすめしたいです。というのも、いくら映像であっても、やっぱり音を磨いていかないといずれバレてしまうんです。自分の実力以上のものはどうやっても出せるわけではないので、まずは実技を磨くことが第一です。
ただその実力も、磨き続けてその先に聞いて下さる方がいなければ、何の為に磨いているのか?ということになりますから、演奏家として聞いて頂きたいのならば、それを発信していくに越したことはないと思います。
「磨いた実力を最大限に発揮するために、コンテンツとして発信していく」というように考えてみてほしいですね。
私の場合は幸いウィーンで留学して勉強を続け、自分の実力や軸がわかってから発信を始めましたが、まだ自分の軸が見えていないときに何か始めて惑わされないようにすることも、若い学生さんにとっては大事なことかもしれませんね。
■以前はコンクールでの活躍が世に出るひとつのきっかけになることが多かったと思いますが、いまはどのように見ていますか?
なぜ受けるのかを自問自答した時、例えば、自分の実力を知るため、優勝賞金がほしい、その後のキャリアのため、演奏会の機会を得るため・・・色々な目標があっていいと思います。
私の場合は、音楽に対する評価はとても抽象的なので、コンクールにしても、学歴にしても、ひとつ「はんこ」を押して頂けるという面を重視していました。
今後は、コンクールを受ける段階からコンテンツとして発信して、応援して下さる人を増やすというスーパーマンのような学生さんも現れるかもしれませんね。なかなかきちんと実技に向き合いながら発信もするようなことは難しいのが実際のところですが・・・。
やっぱり実技が一番大事だとは思っているので、発信も後からできるものではあると思いますが、これだけ発信が手軽で身近になった過渡期の今は、なるべく両方バランスよくできるといいですよね。
■プロセスを発信することで応援して下さる方が増えるということですね。確かに、大きなコンクールの結果が出たあとのドキュメンタリー番組などは、見ているうちに人柄や考え方も知れて、応援したくなってきますね!ただし、肝心の実技が伴っていないと「商品」がないのと同じだから、実技を最優先にしながらということですよね。
石井さんはコンテンツを発信するとき、またはセルフプロデュースについて、何か気をつけていることはありますか?
まずは、誰も傷つけない、批判をしないということには気をつけています。
そして、視聴者の皆さんに喜んで頂ける企画を届けるということに重点を置いて考えています。
「ピアニストとして」なのか「YouTuberとして」なのか。
どっちもやりたいことではあっても、やはり「ピアニスト」が主軸です。ですから演奏のスタイルは絶対に曲げないように、自分がこうしたいと思うことを貫いています。企画に関しては、まず第一に何よりも視聴者様に喜んでもらえるかどうかを大切にしていますね。
それから動画を通しても人柄はわかるものなので、自然体に。
疲れて続かなくなるので、飾らないようにしています。演じていたりカッコつけていても、いずれバレます(笑)
■いま一番の目標にしていることは何ですか?
一番は、いま応援してくださっている方々に楽しんでもらいたいということですね。
個人的な大きな目標は、サントリーホールの大ホールでソロリサイタルをしたい、2千人の前で演奏したいということです。その為にも、いま応援してくださっている方々を大切にしたいと思っています。
大きな目標に関しては、期限は決めず、プロセスも楽しみながら、生きているうちにと思っています!
■すごく自然体で楽しそうですよね!
小さい頃から、コツコツ積み重ねるのが好きなタイプなんです。練習にしても、練習時間をメモしたり、回数を書いたりするのが好きで。ポジティブに考えないとキツいですからね。
毎朝ToDoリストを作って、それをチェックしていって全部できたら花丸をつけたりするのが好きなんです。10年ずっと続けています。
自分のキャパシティをわかっていないと終わらない量のタスクを詰め込んでしまって凹んでしまうので、自分をよく知っていることも重要です。
■確かに、ピアノもYouTubeも、自分で区切りがつけられないと終わりがないですよね。そのToDoリストをこなせたら花丸をつけるの、いいですね!
そうなんですよ!
何時間でもやってしまうので、「To Doリスト花丸方式」、学生の皆さんにもおすすめです!
私自身はコツコツやるのが楽しいし好きなので、YouTubeも向いていると思っていますが、自分に向いていることを自分で見つけるのが一番難しいですよね?
試行錯誤して、自分に向いているスタイルを見つけていくのは、本当に一番大事ですね。
■石井さんの場合は、「自分に向いていることを楽しみながらコツコツ積み重ねていたら、大きく花開いたのがYouTubeを通した発信だった」ということなのですね!
最近では、演出家の宮本亞門さんの企画にも選出されたと伺いましたが?
「あなたがNEXTアーティスト!」プロジェクトに選出して頂きました。
ダメもとで応募してみたところ選んでいただけ、とても嬉しかったです。
活動に関してもですが、公募の以前からご著書も読んでいて憧れていた宮本さんに実際にお会いし、今回の企画コンセプトのことなど、様々なお話をさせて頂きました。いずれは私自身が若手を応援できるようなアーティストになりたいと思う機会になりました。
■ヨーロッパでのアーティスト活動について、日本との違いは感じますか?
そうですね、まず契約がきちんとしていること、そしてキャンセルフィーも設定されていて、芸術家をきちんと職業としてみてくれているというのを感じますね。活動に関連して、いま芸術家ビザも申請中です。今回の一時帰国の直前に申請したので、結果を待っているところです。
それから、ウィーン国立音楽大学の大学院では、音楽マネジメント(Musikmanagement)という授業が、通年の必修授業としてありました。例えばモーツァルトのお父さんがどんなマネジメントしていたかなど、歴史的なお話しもありましたが、名刺の作り方、ホームページの作り方、定期公演の仕組み、損益分岐点の計算方法など、実践的な内容も多く、どのように音楽業界が成り立ち、いかに助成金に助けられているかということも知りました。
大変勉強にもなりましたし、その授業で音楽家の発信が足りていない事実も突きつけられていたので、この授業を受けたことはYouTubeを始める後押しになりましたね。
ウィーン音大というアカデミックな大学でこういった授業があることは驚きでした。
■そうだったのですね!私(屋野)のウィーン音大在籍中はピアノ科も参加できる単発のセミナーはありましたが、通年授業に関しては、副専攻(Schwerpunkt)で音楽マネジメントを選択した学生や、大学院の文化マネジメント専攻の学生だけが受講していたように記憶しています。
通年の必修授業として器楽科の大学院生に課すということは、やはり奏者側もきちんと公演事業の仕組みや発信の大切さを知っておくことは大切だということですよね。いずれ藝大でも、そういったことを学ぶ授業が通年の必修授業として用意されるといいですよね!
音楽マネジメントの授業以外にも、何か発信のヒントになったことはあるのでしょうか?
大手テレビ局に勤めている友人に、「YouTubeをやろうと思っているんだけど、何をやったらいいかよくわからないんだよね・・・」と相談した時に、「わからない、ということをコンテンツにしてしまえばいいんだよ!」と言われ、目から鱗が落ちた気持ちでした。
完成された美しいものを出したいという思いが強いと、そのプロセスを出すのは恥ずかしいと思いがちですが、企画としては色々な方法があるのだということは、この友人に気付かされました。
その考え方も、留学して柔軟な考え方をできるようになっていたからこそ、受け入れられたのかもしれません。留学は自分を見つめ直す良い機会で、外から日本を見られたのが一番大きなポイントですね。色々な経験を通して、「柔軟性」というものも身につきました。
■たしかに、その発想は音楽家同士で話しているだけでは、出てこないかもしれませんね。そして外の世界の方とも話し、アイデアを柔軟に受け入れたことは大きかったのですね。
それから、これは是非伝えたいのですが、「続ける」ということは、大きな大きなストロングポイントになります。継続は力なりです。
YouTubeをはじめてすぐの頃、4本動画を載せて26回再生とかだったんですが、そのうち14回くらいは自分や家族で再生していて(笑)。でも12人くらいは、世界の誰かが見てくれているんですよね!それがすごく励みになったんです。見てくれた人のためにも絶対にやめないと決意を新たにしました。
やめないというのは決めていたのですが、例えば「たくおんTV」というジェスチャーも最初の動画から入れていて、簡単にやめてしまわないような仕組みも先に作り、背水の陣で始めました。続けるということは、何事においてもとても大事だと思います。
■なるほど、半分以上の再生回数が身内だった頃から「世界の誰かが見てくれている!」とポジティブに考えられる思考も、石井さんのストロングポイントですね!
それから、YouTubeは直には見えない視聴者の皆さんと作っているものですが、やっぱり人と人の繋がりが一番大切だなと感じています。今回一時帰国して、沢山の方とお会いして、特にそう思います。このインタビューも、姉の絵里奈も含めてウィーンでご近所さんだった頃からのご縁ですよね。
■本当ですね。今回ぜひお話を伺いたいと考えたのも、とても自然体で楽しそうにYouTubeでの発信をされていると感じたからですが、ご家族やご友人、周りの方々にもとても応援されていらっしゃるということがよくわかりました。人と人との繋がりは貴重なものですし、大切にされていらっしゃいますよね。
そして、「自分のことをよく知り、自分にあった方法で無理なくポジティブに、楽しみながら継続する。そして自分の軸はブレないようにしながらも、新しい考え方にも柔軟に対応する。」これが成功の秘訣かなと感じました!
「クラシックはこうあるべきだ」と固執しすぎず、でもまずは自分のことをよく知り、ブレない軸を持っていることは大切です。いずれはコンサートホールに来て生の音を聞いて頂きたいわけですが、発信をせずにお客様を呼べるくらいになれれば、それはそれで強みですよね!
■貴重なお話をありがとうございました。これからもご活躍を応援しています!