自分のことを語ってみよう:あなたが見えてくるプロフィールの書き方①(『若手音楽家のためのキャリア相談室4』)

箕口一美

まずはミニ自分史を書いてみましょう!

 

1. プロフィールを書くということ

(本稿は2009年『ストリング』誌5月号に掲載された記事の改訂版となります。)

季節は春。桜が咲くと、新しい1年の季節の巡りが始まったことを感じます。そんな季節は、プロフィールを作るのに一番良い時節かもしれません。

淡々と過ぎる日々を階段に喩えるなら、プロフィールを作る作業は、その踊り場で立ち止まって、自分の「来し方」を振り返ること。バイト先に出す履歴書に似ているところもありますが、本質的に違う「精神の作業」でもあります。

2. これまでどんなプロフィールを書いてきましたか?

コンサートのチラシやプログラムには必ず、出演する演奏家のプロフィールが載っています。もし、あなたが誰かから「プロフィールを下さい」と言われたら、たぶん、まず家にそのときあったチラシやプログラムを見て、「ああ、こういう風に書けばいいのね」と思うことでしょう。その典型的なパターンは・・・

○○○○年△△生まれ。□歳で(楽器名)を始め、×歳のとき、ナントカカントカ・コンクールで最年少入賞を果たす。アメリカ、ヨーロッパ、アジアでも演奏会を行い、各地音楽祭にしばしば招かれる。作曲家フニャフニャ氏の新作を同氏の指名により初演。○○年アメリカ・J音楽院に留学。(ちょっと有名な指揮者)のもと、同音楽院オーケストラと(結構名曲)協奏曲を演奏。09年(レーベル名)『挑戦~21世紀の○○(楽器名)』でCDデビュー。これまでに、(先生の名前多数。これだけで30字くらい使う)に師事。

これでだいたい250~300字。チラシ裏の限られたスペースには、これでも長すぎるくらいです。よく言われるのは、「150~200字くらいでお願いします」ですね。この典型例には、①演奏家の修行歴(何歳から始めて、どんな先生についたか)、②学歴(留学経験)、③賞歴(コンクールなど)、④演奏歴(共演者、録音など)がコンパクトに収まっています。これで過不足ありますか? このプロフィールの提出先が音楽業界の人で、その楽器(あるいはジャンル)を熟知しているならば、その演奏家の実力のレベル(コンクールの結果)、音楽の傾向(習ってきた先生)、つきあいの範囲(年齢やCDレーベル、共演者)にかんしては、これでだいたい分かってもらえるでしょう。この書き方は、業界内では、決して間違っているとは言い切れません。

でも、相手が業界外の人だったらどうでしょう? 業界人のような知識や情報がない人にとって、典型例のようなプロフィールは、暗号が並んでいるのと同じです。意味のない文章と言ってもいいでしょう。

経験談を一つ紹介します。ある公共ホールの担当者に相談を受けたことがあります。若い演奏家のために定期的に演奏する機会を作ろうと思って募集をしたのですが・・・と言って見せてくれたプロフィールが、名前以外ほとんどいっしょだったのです。同じ先生に習い、同じ学校を出て、同じコンクールを別の年に受けていました。となれば、多少記述の順番が違っても、似通ってしまうのは当然でしょう。

担当者氏は、「これじゃあ、誰に頼んでも同じことってことなんでしょうかね。演奏家というのは個性的な人たちだと思っているんですけれど・・・」と。彼は「このプロフィールを読んだだけでは、やる気があるのかどうかも分からないし、どんな音楽をする人なのかも伝わってこない、この人といっしょに仕事したいと全然思えないんですよ・・・」とも言っていました。

この公共ホールの企画担当のみならず、学校コンサートをしてもらいたいと思っている校長先生、クラシック音楽家を主人公にした映画を撮ろうとしている監督の助手、アマチュアオーケストラの指導者を探している団長さん、オーケストラや全国展開のプロジェクトへの参加オーディションの審査員・・・それぞれ、その演奏家について知りたい情報があります。

それは、実はあなた自身のこと、あなたがどんなアーティストであるか、依頼する側がアーティストに求めていること、お願いしたいことに応えてくれる人なのか、ということも含んでいます。賞歴や演奏歴よりも、今あなたが出来ること、やりたいと思っていることが書かれている方が大切な場合もあるのです。

プロフィールは、ですから、一種類だけということは決してありません。

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3. プロフィールに書くべきこと:パターンではなく、都度、相手が知りたいことを書く

相手が自分のどんな経歴を知りたいのか、何を求められているのか・・・プロフィールを依頼されたら、まず相手をよく見て、そのニーズ(要求)を想像して、それに合わせたものを提出するように心がけることをお勧めします。

相手に合わせてプロフィールを書くなんて、そんな面倒なことを・・・と思わないように。「プロフィールは音楽家の大事な宣伝ツールで、(中略)多くの場合、新顔の音楽家やグループについての最初の情報として受け取るものでもあります。読み手が演奏を聴きたくなるような、(中略)心をつかむものにしなければなりません。」【『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』、54頁】とアンジェラ・ビーチングも言っていますよ。

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4. どんな要求にも応えられるプロフィールの底本作り:自分史を作ろう

では、そんな多様なニーズに応えるために、どんな準備をしておいたらいいでしょうか?今回から3回にわたって、どんな要求にも応えられる自分のプロフィールの底本――自分史作りに取り組んでみます。プロフィールを作る作業はこれまでの人生の棚卸し。気力が充実する春だからこそ、挑戦してみましょう。

❖ 準備その1:「アンジェラのリスト」を作る

まず、紙を用意して下さい。A5用紙くらいの大きさでいいでしょう。白紙でも、罫線が入っていてもいいです。紙の一番左上に、次に挙げるタイトルを一枚に一つずつ書いていって下さい。

▶  人前で演奏したことのある場所すべて ▶  これまでにとった賞 ▶  通った学校(大学以上の場合は取得した学位) ▶  師事した先生 ▶  参加した講習会、セミナー ▶  共演したことのある人たち ▶  音楽的に影響を受けた人 ▶  生きていくこと全般で影響を受けた人 ▶  これまでにきちんと弾けるようにしたレパートリー ▶  人前では弾かないけれど挑戦したレパートリー ▶  印象深かった演奏経験 ▶  印象深かった鑑賞経験(音楽、音楽以外)

その他、「自分がこれまでに経験したこと」、「蓄積してきたこと」すべてを書き出していきます。どんな経験があったのか、思い出すためにはこんなヒントもあります。

▶  環境の変化(引っ越した、弟、妹が出来た、進学した、など) ▶  自分自身の変化(身長が伸びて楽器が大きくなった、何かの原因で演奏する楽器を変えた、など) ▶  新しいものとの出会い(他のジャンルの舞台芸術との出会い、本、美術、他のジャンルの音楽との出会い等) ▶  人との出会い(友だち、先生、赤の他人、いろいろな出会いがあります) ▶  海外経験(勉強でも、遊びでも)

このタイトルは、アンジェラ・ビーチングの『Beyond Talentビヨンド・タレント』56頁あたりから始まるプロフィールの書き方で説明されているもので、自分の来し方を客観的に眺めるための、「アンジェラのリスト」です(「思い出すためのヒント」の方は、2008年に東京藝術大学大学院の芸術環境創造のゼミで、学生といっしょに考えた「音楽家のプロフィール作成支援ツール」の一部です)。

このタイトルごとの紙に、思い出せること、覚えていることを全部書き出していきましょう。そこに書き出されたことすべてが、あなたのプロフィールの原材料になります。

❖ 準備その2:じぶん年表を作る

また別の紙を用意します。これは大きめの紙の方がいいでしょう。A3くらいでもいい。紙の左端に、生まれてから今年までの西暦を、縦に3センチ間隔くらいで、ずっと書いていきます。ついでにそのとき何歳だったかもいっしょに書いておくと便利です(1964年-4歳、という感じで)。

次に、さっき作った「アンジェラのリスト」に書き出した事柄を、これも一つ残らず、この年表にはめ込んでいってみましょう。大事なのは、ひとつひとつの事柄をはめ込みながら、そのときのことを思い出してみることです。そのとき見たこと、聞いたこと。感じたこと、思ったこと。それを別の紙(少し大きめのポスト・イットが便利)にまた書き留めておくのです。

「○年-□歳 突然、家にピアノが届く 知らなかったので驚いた。父が真ん中にドがある、と言った。私のためだ、と言われて、よく分からなかった・・・」

「○年-△歳 ピアノの先生が急に引っ越す。先生がいなくなることより、先生の息子と会えなくなると思うと、すごくあせった(好きだったのかも)。最後のレッスンの後に、その息子が大事にしていた切手帳をくれた。前から見せびらかしていたので、くれるというので驚いた(向こうも好きだったのかも)・・・」

という調子で。こんなこと、音楽と関係ない、と思うことでも、書いていきましょう。それもあなたの大事な人生の一場面です。

別の紙に書くのが面倒だったら、年表に直接書いてもいいです。

見栄え良く書こうと思わないで。思い出したら、吹き出しでも、貼り付けでも、なんでもどんどん書き込んでいきましょう。年代順に追っていくと、リストに挙げ忘れていたことも思い出すかもしれません。そうしたら、リストの方にも書き込んでおきましょう。

だいたいのリストと年表が出来たら、家族にも手伝ってもらいましょう。自分のことを子供の頃から知っている家族は、重要な情報源です。同じ事柄、出来事でも、あなたが思ったことと、家族から見えていたことは違うかもしれません。思わぬ発見や、忘れていたことが出てくるでしょう。それも必要に応じて、リストに書き出したり、年表に書き込んだり、ポスト・イットで貼り付けたりしていきます。

こうしてできあがったのが、あなたの「じぶん年表」のスケッチです。これを元にして、あなたの「正史」を作るのです。『○○奏者・△田□子の歴史』です。

まずは年表形式で。先ほどのように、○年-□歳の1年ごとに、事柄や出来事を短い文章に纏めていきます。客観的事実(起こったこと)を簡単に説明し、そのとき自分に見えたこと、感じたこと、思ったことも書き添えます。

「○年-7歳 小学校入学。父が急な病気で入院中だったので、祖母と母が来てくれた。式から帰ると制服とランドセルのまま、病院へ。病院の屋上で父が写真を撮ってくれた。父の後ろに立っていた母が泣き出しそうな顔をしていたのをよく覚えている。父の病気は重く、母はそのとき不安でいっぱいだったらしい。」

このくらいの長さで、次々書いていってみましょう。

❖ 準備その3:他人に読んでもらう

あまりに近い人だと恥ずかしいかもしれないけれど、他の人の目も大切です。なるべく音楽以外の世界を知っている人に読んでもらいましょう。音楽仲間ではない親友、今も親しくしている担任の先生。親戚や近所のよく知っているおじさん、おばさん。

読んでもらったら、感想を聞くのを忘れずに。あなたが他の人にどんな風に見えているかを聞ける絶好のチャンスです。どんなところがおもしろかったか、興味を引いたかも聞いてみましょう。他の人の目に映る、あなたのユニークさ、個性の表れがそれで分かるというものです。

「プロフィール作成支援ツール」を作ったゼミでは、学生のひとりが「実験台」になって、実際に「じぶん年表」を作ってもらいました。それを元に、他の学生がその人のプロフィールを書いたのですが、実験台になった本人が驚くほど、その人の魅力が見える「良いプロフィール」が出来たのです。年表の中にあった「印象に残った言葉」をアレンジして、その人のキャッチコピーが作られ、プロフィールにもそれが活かされました。

他の人に、自分を客観的に見てもらい、良いところ、美点を探し出してもらうということは、実はプロフィール作りの大事なポイントでもあります。もし、あなたの学校に、アーティストといっしょに仕事をすることを目指しているアート・マネージメント系の学生や先生がいたら、アンジェラの本のプロフィール作りのところをいっしょに読んでもらって(この連載を参考にしてくださっても結構です)、客観的プロフィール作りを手伝ってもらってもいいかもしれません。アート・マネージメントを学ぶ学生の悩みのひとつが、なかなか演奏を学ぶ学生との接点がない、ということでもあるので、相手も喜んで協力してくれるに違いありません。

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5. アーティストとしての姿勢を自覚する契機としてのプロフィール作り

短いプロフィールを書くのに、どうしてこんな面倒なことをしなければならないの、と思うかもしれません。ひとつだけ確かにいえることは、リストや年表を作るときに考えること、思うことひとつひとつが、じぶんのアーティストとしての姿勢を意識して、自覚していく作業になっているということなのです。この先アーティストとして成熟していくために、これまで一生懸命生きて来たことを振り返り、その経験を確実に糧にしていきましょう。そのために、これまで自分がやってきたことをきちんと自分の中で位置づけ、整理しておくことが必要なのです。

じぶんのレパートリーを蓄積していくときの選曲の動機、アウトリーチの台本を作っていくときのテーマ、どんな先生について勉強を続けるかの選択の指針、修業時代を終えて、プロとして生きるという「踏ん切り」をつけるときのきっかけ、じぶんが持っているものを明確にし、足りないものを見いだす基準。それは、すべてあなた自身の過去、あなた自身の経験の中にあるのです。それを活用しなければ、もったいない。アンジェラのリストと自分年表作りは、そのお手伝いのツールです。

そして年表作りに協力してくれた人たちは、あなたの過去を別の目で見ていてくれた人たちです。これからも、いい相談相手になってくれるはず。

苦労して書き上げた「じぶん年表」を読みながら、「私って、こんな人だったんだ」と思ったら、年表作りは大成功です。今あなたは自分を「客観的」に見ているのです。

さて、「この人」として見えるようになった自分を、人に紹介するつもりで、プロフィールを纏めてみることにしましょう。初めて会った人に自己紹介をするつもりで、物語風でも、報告書風でも、箇条書きでも、スタイルは自由に書いてみて下さい。

ここで作ったリストと年表、紹介プロフィールが、この先用途別のプロフィールを書いていく材料にもなります。

 

次回は用途別プロフィールの作り方です。こんなプロフィールがほしいと思っているサイドからの声を聞きましょう。

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