レモネードブレイク(『若手音楽家のためのキャリア相談室37』)

箕口一美

1.ルーマニアで「レモネードブレイク」

(本稿は2012年『ストリング』誌8月号に掲載された記事の改訂版となります。)

結婚25周年、つまり銀婚式記念でブカレストに来ています。セルジュ・チェリビダッケ生誕100年を祝う音楽祭に連れ合いが招待されたので、おまけでくっついて来ました。ちっともお休みになっていない、と思われそうですが、全く知らない街を訪れて、そこのコンサートホールを訪れるのは、この夫婦の長年の趣味です。

連日夜8時からのコンサートは、すべて「アテネ音楽堂」で行われています。1888年に建てられたホールは、ネオ・クラシック様式の申し子。私たちがヨーロッパ風の「豪奢」と思うそのままの装飾と構造です。一瞬気圧されそうな雰囲気の客席を満たすのは、35度を超える熱波の中集まってきた普段着のゆるい雰囲気の人たち。ちょっとオシャレしてきてはいますけれど、イブニングは浮きます。客席の年齢層は意外に若くて、楽器を持つ人もかなりいます。音楽を勉強している若者を客席で見るのは、頼もしい! 聞くのも勉強ですからね。

何より嬉しいのは、会場全体が「音楽聞くのは、楽しいね」という明るさに包まれていること。楽章間に拍手が出ようが、曲目が変わろうが、演奏者が増えようが「そういうこともあるよ」と軽く受け流して、巨匠の謦咳に接した音楽家達の真摯な演奏に、本当に惜しみない拍手を送ります(客の不勉強や急な出演者変更で目を三角にして喰ってかかる人は幸いにして見かけませんでした)。遅い夜食をとりに入ったホール前の小さなビストロでは、さっき演奏されたエネスクのヴァイオリン・ソナタの調性進行を熱心に議論する若者達のグループがお隣でした。これぞ、異国でコンサートを聴く醍醐味!――みんなちがって、みんないい・・・という気持ちになれる旅の空の下です。

2.Qセレシアは『かえるの歌』をどのように使って、弦楽四重奏を実感させたのか

さて、「音楽家のコミュ力アップ大作戦(3)」の練習問題への反響、ありがとうございました。やはりfacebookの反応の良さは格別です。じっくり考えるメディアとしては工夫が必要ですが、即答となると、俄然機動力があります。

問題は「カルテット・セレシアは、お馴染み『かえるの歌』をどのように使って、弦楽四重奏を実感させたか」でした。

これは正解のある問題ではありません。工夫のポイントが明らかであれば、全部正解です。この問いが求めている工夫のポイントはふたつ。

ひとつは「弦楽四重奏」がどんな風に音楽を作っているかを、「あーはぁ!」と納得してもらうこと。もうひとつは、輪唱が作り出す最もシンプルなハーモニーを実感してもらうこと。このふたつは、同じことを裏と表から見ているような関係にあります。弦楽四重奏がハーモニーを作り出すために4人の人がいっしょに演奏していて、それぞれに役割がある、ということを、言葉で説明するのではなく、聞いて、なるほど、そうなってるんだ、と納得してもらうのが「肝」なのです。

今日までにいただいている「答え」をいくつかご紹介します。

「4本の楽器で輪唱する」――はじめの一歩は、これですね。子どもたちも間違いなく歌ったことのある「カエルの歌」の輪唱。いっしょに歌ってもらうのもいいし、弦楽器の響きで聞いてもらって、へえ、ただ同じメロディを重ねるだけで、こんなきれいな響きがするんだ、という体験をする、というのも、なるほどにつながる「実感」です。

「一小節ずつ楽器を増やしていく」――これも、あり。ただ、せっかくなので、増やしていくときに、ひと工夫したいものです。普通に輪唱風にするのでも、チェロから始めるのか、第1ヴァイオリンから始めるのか、印象の違いを意識しましょう。メロディを重ねるだけではなく、バス、内声、メロディの役割がわかるような編曲を施すことで、「弦楽四重奏を実感」してもらうことに近づいてきます。

「テーマを引き継ぎ、変えていく」――ソナタ形式や変奏曲の説明にもつながる工夫です。素材となるメロディがシンプルなので、意図をはっきりさせた編曲を施して、4本の楽器の役割が聴きながらわかるようにすれば、完璧!

クァルテット・セレシアは、まずヴァイオリンでおなじみのメロディを一通り弾いたところで、チェロを加え、チェロと輪唱しているところへ、ヴィオラが加わるとチェロがバスラインを作る役割に転じ、最後に第2ヴァイオリンがオブリガート風に加わって、ハーモニーに厚みを加えていく、という編曲を作りました(というわけで、編集部のKさん、あたりです!)。

きれいなメロディばかりに耳がいってしまうけれど、他の楽器がこんなこと、あんなことすると、ほおら、音楽がどんどんもっときれいになるよ。輪唱とちょっと違って、みんな全然別の音をだして、別のことをしているけれど、ひとつの音楽になっています――そんな説明をする前に、聞いていたこどもたちは、へえ、そうなんだ、そうなってるんだ、と納得しています。演奏者も、子どもたちに向かって、「ほらね、ほらね、こうなってるよ」という表情で、こどもたちを見ながら弾いています。「へえ、なっとく」という顔をしたり、声に出したりしている子には、うなずき返したりもします。

この後だったら、ハイドンの弦楽四重奏曲を1楽章、まるまる聞かせても、こどもたちは集中して聞いてくれます。もちろん、まずは「メロディ」のご紹介をして、このメロディを、さっきの「カエルの歌」みたいに、4つの楽器でいろいろやってみるからね、という前口上は必須です。

誰もが経験したことがあると思いますが、楽しみながら、知っていることに知らなかったことを継ぎ足してくと、知っていることが広がっていく喜びを感じることができます。知る喜び、発見の喜びを感じるのは、人間が好奇心というエネルギーで生きている証拠ですから。アウトリーチで一番うまく行ったと思えるのは、この喜びを感じてもらえる時だと思っています。

さて、そろそろ今晩のコンサートに出かける支度をします。ヨーロッパの夏の長い昼間、8時ではまだ夕方の風情すらない街を歩いて、アテネ音楽堂に向かいます。コンサートに行く、という同じ習慣で街を見るだけでも、たくさんの発見があります。これも一種の「形式」がもたらす美点でしょう。音楽のそばで生きてきたよかったと思う瞬間です。

あ、ちなみに今回はコーヒーブレイクではなくて、レモネードブレイクです。ブカレストの夏はこの飲み物が定番だそうなので!

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