音楽家といっしょに仕事をしたいあなたに:これから必要となる心構え(『若手音楽家のためのキャリア相談室3』)

箕口一美

音楽活動が社会的に普及していくためには、その活動を支える様々な専門家が必要です。
あなたがもしそうした専門家をめざしているのなら、ぜひ大切な心構えを確認しておきましょう。

1. エリック・ブース『ティーチング・アーティスト』

(本稿は2009年『ストリング』誌4月号に掲載された記事の改訂版となります。)

トリオZENと高知県本山町での2クール目のミニ・レジデンシーを終えて帰宅すると、アマゾンに頼んであった本が届いていました。エリック・ブースEric Boothの最新刊『The Music Teaching Artist’s Bible: Becoming a Virtuoso Educator』(Oxford University Press)です。【1994年、2009年(Paperback)出版。2016年には邦訳も出版。エリック・ブース『ティーチング・アーティスト:音楽の世界に導く職業』久保田慶一監修・訳、大島路子・大類朋美訳、水曜社、2016年。】アンジェラ・ビーチングがこまめに送ってくれるNETMCDO(Network of Music Career Development Officers)のメーリングリストで刊行を知りました。

「ティーチング・アーティスト」という言葉は、最近日本でもちらほら聞くようになってきましたが、アメリカではおそらく70年代の終わりか、80年代に入ってから、アーティストが教育現場に関わる、さまざまな試みや方法が論じられるときにしばしば用いられてきました。

時間がなくて、なかなか読み進められないのですが、ブースさんの語り口は相変わらずぐいぐいと人を引き込む魅力的な文体です。ここ数年、全米室内楽協会Chamber Music America(CMA)の機関誌に連載してきたものを纏めたとのことですが、この10年あまりの間の情勢の変化や彼自身の経験の深まりが反映されて、ずいぶん手が入っているように思います。

第1章第1節「ティーチング・アーティストとは何か?」は、いわばティーチング・アーティスト(TA)誕生小史。彼自身が現場にいて、そこで起こったことの証人であるからこそ書ける説得力があります。いつも自信を持って語る彼も、ずいぶんと迷い、悩み、この言葉の定義を行きつ戻りつ考え続けてきたことも手に取るようにわかります。

アンジェラが音楽家のキャリア・マネージメントに目を開かせてくれた恩人だとすると、エリック・ブースは、音楽家がこの社会に生きていくことの意味と存在意義を言挙げするのに躊躇うなかれと背中を押してくれた(突き落としてくれた?)張本人です。ある年のCMAカンファレンスで彼が行った基調講演を聞かなければ、アウトリーチを始めとするアーティストの社会とのエンゲージメント(さまざまな関わり方)にここまでのめり込むことはなかったでしょう。

この第1章があまりに興味深いので、今回はこれを全部訳しておしまいにしたいくらいですが、今日のテーマは音楽家ではなく、音楽家といっしょに仕事をする人。そこで、この章の中で、思わず我が意を得たり、と思った部分だけを紹介しましょう。

未だその「ロール・モデル(明確な役割と仕事像)」が確立していないティーチング・アーティストが次々と直面してきた「期待される役割」を総括して、ブース氏はこういいます。

「TAに、教育指導指針について演説したり、ファシリテーターをやったり、評価研究したり、資金集めの音頭を取ったり、仲介役を引き受けたり、小器用に社会学と芸術の統合をはかったりすることを期待されても困るのだ。TAに必要なのは、自らを鍛えること。アーティストとして抱いている大志にきっちり整合する研鑽を積むことが必要なのだ。さもなければ、TAに宿るアーティストが窒息してしまう。」

ティーチング・アーティスト第1世代たちは、自分たちの新たな取り組みを理解してもらうためならば、本来他に専門家がいるようなこと、例えばアートと教育を結びつける理論武装や現場で起こっていることの定量・定性評価の方法確立のための調査、資金集めまでも手を染めてがんばってきていました。が、ここでブース氏は、TAはTAの本分――「TAがその本領を発揮するのは、真に芸術に立脚した実践を行っているときだ」(p.10第3段落)――に徹しようと呼びかけているのです。

ティーチング・アーティストについては、いずれじっくり取り組みたいトピックです。でも今日は、こう言うにとどめましょう。芸術の専門家であるアーティストが社会とのエンゲージメントを真剣に考えるときに、「誰かいっしょに取り組んでくれる『同僚』の専門家が必要だ」とやっと思ってくれた――。

音楽家といっしょに仕事をしたいと思っているあなたは、ここまで読んで、「あれれ」と思っているに違いありません。だって、箕口さんのような仕事は、音楽家の「同僚」、「仕事仲間」ではないのですか・・・?

実は、ホールのディレクターや、コミュニティに関わる事業のコーディネーター、前回の「プロの音楽家になりたいあなたに」で書いたような若手音楽家のためのワークショップ・ファシリテーターの「ロール・モデル」はまだ全く確立していないと言っても過言ではないのです。

音楽家に関わる仕事として、オーケストラの裏方や事務局で働いたり、大きな外来団体のツアーを仕切ったり、演奏家のマネージャーをしたり、音楽事務所のプロモーターになったり、という仕事には、ある程度ロール・モデルが出来ており、音楽家との関係における自分の立ち位置も先輩の背中から学ぶことができるでしょう。

ところが、ホールが意志をもって主催公演を行うという枠組みそのものが、まだここ20年かそこらのもので、組織内のポジションの違いはあれ、企画のディレクションに関わって仕事をする各人のロール(役割)は、まだそれほど明解にはなっていないのです。ちょうどブース氏がティーチング・アーティストのロール・モデルを模索しているように、演奏家マネージャーでもなく、公演プロモーターでもなく、芸術家団体の事務局員でもないのに、音楽家と関わって仕事をする自分の立ち位置を未だに模索しているのです。

ビヨンド・タレント』の第6章「プロのように演奏契約を取り付ける」の一節にでてくる「演奏機会を得る場面に登場するさまざまな人々」(p.161)の中にも、わたしがしてきたような仕事をしている人はでてきません。「公演主催者」が一番近いものですが、それは音楽家の同僚、仲間――音楽家の隣にいて、ひとつの目的を共有している人――とはちょっと違います。

今現場で、ホールのディレクターやコミュニティ・エンゲージメントのコーディネーター、若手演奏家のためのワークショップ・ファシリテーターをしている「第1世代」たちは、それぞれアーティスト・マネージャー出身だったり、オーケストラやオペラの事務局や裏方出身だったり、放送局で音楽番組を作っていたり、プロモーター経験者だったり、他のジャンルで先進的な試みをしてきた人だったり。みな、それぞれ経験ある仕事のロール・モデルを背負って、手がけている新たな仕事の「役割と仕事像」を打ち出しています。

私のあたりの世代は、そのすぐ下で、先輩たちの「旧いやり方」と実際新たな現場で起こってくる新しい課題の解決方法を半々に見ながら、学んできています。そういう意味では第2世代というよりは、第1.5世代。ある部分は第1世代そのもの(先に誰もいない)だし、ある部分は現場が培ってきた音楽の仕事のロール・モデルをしっかりDNAに持っています。

その第1.5世代は、もう60代から50代に突入し始めていますから、その人たち(自分も含めて)のこれからの大事な仕事のひとつが、上に挙げたような仕事のロール・モデルを「第2世代」に示していくことになるでしょう。それに取り組めるまで、もうちょっと時間が必要ですけれど(まだみんな現役で忙しすぎる・・・)。

或る予感ではありますが、音楽家といっしょに仕事をするときの新しいロール・モデルのひとつは、文字通り、いっしょに仕事をする、つまり、音楽家の良き同僚、仲間、同じ戦線で新しい地平をいっしょに切り拓いていくクルーだろうと思っています。音楽を取り巻く社会の状況は、決して楽観を許しません。この危機は、ひょっとすると、モーツァルトをのたれ死にさせた18世紀の終わりに匹敵するものかも。音楽を経済的にも精神的にも支えてきた人々の層が変化し(ちょうど新興富裕市民が貴族にとって替わっていったように)、社会の中で音楽に求められる役割が大きく変化していくような気がしてなりません。

その中で、音楽家がその本領を発揮して、その芸術が持つ創造のエネルギーで社会における積極的なロールを果たしていくためには、ブース氏が暗示しているように、音楽家といっしょに、同じ目的意識を共有する、音楽家ではない同僚が必要になってくる――これが第2世代の大事な役割のひとつではないかと思っているのです。

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2. これから音楽の仕事の世界に入ってこようと思っているあなたに

もしよかったら、これから書くことを心のどこかに留めておいてくださると嬉しいな。まだ若い今のうちならば時間がありますから、勉強することも、見聞を広げておくことも、進路を変更することもできます。

① このジャンルの音楽に、心からの愛情と尊敬を抱いていますよね。

これは、基本のキ、です。もしそうじゃなかったら、おそらく他の仕事に就いた方が経済的にも豊かで物質的にも満足できる人生を送れるでしょう。音楽家の多くも、決して豊かではありません。いわんや、スタッフをや。

② 音楽そのものの専門家は音楽家と心得ましょう。

音楽家の専門知識は、演奏するために積み上げられた膨大で、細密なもの。普通の鑑賞者では太刀打ちできません。音楽のことは、その音楽をしたい演奏家本人が一番よく知っているのです。その知識のありようは、百科事典に書いてあるようなものではありませんが、音楽の本質を直感と霊感で一瞬にして把握するとんでもない力です。

③ 音楽家が「ほう」と言ってくれるような「専門」を持っていますか。

音楽家は専門家です。なので、他の分野の専門家には、素直な賞賛を惜しみません。同僚として、その専門を音楽家のために役立ててくれれば、彼らはなお喜んでくれます。語学でも知識でも、音楽家の持っていない「特技」を身につけておきましょう。

④ 音楽以外の芸術や文学に関わることにも触手を伸ばしていますか。

芸術そのものをappreciateできる感性を磨くのを忘れずに。クラシック音楽がその原産地であるヨーロッパでは「ハイ・アート」(高尚な芸術)と位置づけられていることに、鼻持ちならないエリート主義やスノビズムを感じるかもしれませんが、このジャンルの音楽が、芸術全般を広汎な文脈(コンテクスト)としていることは間違いありません。

あなたが天才的感性の持ち主でないならば(もしそうだったら、芸術家になったほうがいいですね)自分の感性の触手を鋭敏にしていく方法の一つに、たくさんの本を読み、先人の経験や見識にふれ、自らの視点と比較していくというやり方があります。文学作品の解釈学は、音楽家がスコアを読んでいく作業と極めて共通点が多いものです。美術作品の「読み方」(ひとつのタブローやオブジェの前で、10分間立ち止まって、作品が発しているメッセージを、その素材、色使い、構成、時代背景等の要素に仕分けて読んでいくこと)は、時間芸術である音楽を瞬間的に把握していく力を養ってくれます。

⑤ 音楽をとりまく社会のこと、経済のこと、その仕組みや音楽の位置づけに関心を持っていますか。

音楽という芸術は、とても社会的な存在です。ときには政治問題に関わらざるを得ないことだってあります。経済学、社会学、行政学といった社会科学のアプローチ、組織の経営や運営に関わる知識が、④で挙げたような感性と同居している必要があります。同時に、人がひとつの地域の中で生きていく営みへの優しいまなざしも忘れずに。

⑥ 音楽について、いつも新しい知識や情報を取り入れ続ける好奇心を。

インターネットがここまで発達した世界において、情報は力です。上級ネットサーファーになっておきましょう。ネットサーフィングのおもしろさは、集めた情報の分析にあり。若いうちに鍛えておきましょう。

⑦ この仕事を自己実現の目的にしていませんね。

自己実現を目的化してしまうと、自分のことしか考えられなくなります。自己実現は動機としてはすばらしいエネルギー源ですが、目的化してしまうと単なるエゴイズムの発動機。この仕事、基本は音楽家と聴き手のために何かをすること。あなたの意志は他者の意志を実現するために存在します。

⑧ 年下であれ、同い年であれ、年上であれ、年齢に関係なく、音楽家を尊敬しましょう。

彼らはあなたが決して行くことの出来ない高みに行ける、音楽の翼の持ち主ですから。そして、わたしたちがとんでもないエネルギーを注いでする仕事は、彼らのはばたきをより完璧にするための、環境作りですから。

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3. 音楽をとりまく社会、文化政策にかんする基礎文献

最後にひとつ、是非読むことをお勧めする文献を紹介します。

吉本光宏さんが2008年秋に発表した「再考、文化政策-拡大する役割と求められるパラダイムシフト――支援・保護される芸術文化からアートを機転としたイノベーションへ」(ニッセイ基礎研所報Autumn/2008/vol.51株式会社 ニッセイ基礎研究所発行)です。

吉本さんの仕事は研究職です。でも、彼はいつも現場にいます。アウトリーチの現場、公立ホールの運営の現場、音楽学生が育っていく現場・・・彼のまなざしを感じながら、現場仕事をしてきた人間に言わせれば、この論文は日本のアートの現場の目撃者だから書けた大作です。この20年何が現場で起こってきたのか、それを鳥瞰できる基礎文献と言っていいでしょう。以下のURLから誰でもダウンロードできます。

https://www.nli-research.co.jp/files/topics/37889_ext_18_0.pdf

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