音楽家のビジネス・マネージメント⑧(『若手音楽家のためのキャリア相談室19』)

箕口一美

お金の出入り管理編5「音楽家と副業」:計画を実現するために稼ぐ その2

 

1. すぐに「情熱を捧げられる正業」=「生計が成立」するわけではない

(本稿は2011年『ストリング』誌1月号に掲載された記事の改訂版となります。)

「レパートリーを増やす、新しいアンサンブルを立ち上げる、そして(あるいは)コンクールやオーディションの準備をするという計画に取り組む一方で、その間にどうして稼ごうかと考える――たいていその必要に迫られます。音楽家の多くが、稼ぐ必要性と情熱を傾けて取り組むことの必要性のバランスをとるのに大変な努力をしています。楽な解決方法はありません。プロとしてのキャリアを積んでいきながら、音楽家として収入を得ていくという過程は、時間がかかるのです。ですから、音楽家のほとんどが、そのキャリアのある時期に、「日々の稼ぎ」仕事をすることになります。」(『Beyond Talent』, the 2nd edition, p. 324)

厚くなった『Beyond Talent』第2版では、初版の第12章「そして、あなたのキャリアは?」が第13章になり、タイトルも少し変わりました。‟Getting it Together: Your Career, Your Life” 意訳すれば、「そして、あなたのキャリア、あなたの人生は?」。

アンジェラが音楽家と副業について一番簡潔に述べているのが、ここに訳した部分です。音楽家と副業について、どう考えるかを要約すると、この一段落に述べられていることに尽きるのです。自分が音楽家として成し遂げたいことと、日々の糧を得るために稼ぐこと。この二つをしっかり自覚して、音楽家として収入を得るキャリアをめざす「時間のかかる」「ある時期」を乗り越えていきましょう。

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2. 正業と副業のバランスは?

ここで出てくる「バランス」について、具体的に考えていきましょう。 ▶ 「自分の計画に使う時間」と「稼ぐために使う時間」のバランス ▶ 「音楽に使う時間」と「稼ぐために使う時間」のバランス ▶ 「自分のスタミナ」と「仕事量」のバランス

これは、以前タイム・マネージメントのお話をしたときにも出てきたことです。ここに挙げた3つのバランスをうまくとっていくときの一番の秘訣は、「優先順位をつける」こと。今、目の前に来た仕事のオファー、音楽的課題、勉強が必要なこと、スケジュールの調整、などなど、あらゆることが、あなたに決断を迫ってきます。そのとき、「成し遂げたいこと」という目的を意識しながら、「稼ぐこと」との兼ね合いを考えて、「優先順位」をつけてみる。たいていの場合、どういう選択をすべきかがこれですっきり見えるはずです。もしすっきりしないときには、必ずこの三つの要素以外のことが、決断を鈍らせています。その原因を自覚するためにも、必ず一度は「今一番重要なことは何なのか」を考える癖をつけることをお勧めします。

繰り返しになりますが、キャリア発展途上中の人にとって、演奏の仕事にしろ、副業の仕事にしろ「仕事をたくさんすればいい」というものでもないというのが、難しいバランスです。現実問題として、演奏の仕事がひっきりなしに来て、それがいつまでも続くという時代でもありません。むしろ、若い頃は次々と小さな仕事が来たけれど、ふと気がつくと、同じような仕事が自分より若い人たちに回って、自分には来なくなる・・・などということも起こっています。

その現実のただ中で、自分が音楽家として生きることを選んだならば、その「芯」となる計画をいつも心に掲げておきましょう

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3. 「自分の計画に使う時間」と「稼ぐために使う時間」のバランス

例えば、1年半後に国際コンクールを受けるという計画を持っているあなたは、おそらく次の3つのことを一度に進めていくことになります。音楽的には、コンクール課題曲の勉強を進めること。それに伴う事務的なこと――録音オーディションのための録音エンジニアやスタジオ、共演者の手配、参加申込書の提出、参加費の海外送金、推薦状(とその翻訳)の手配、参加が認められたらば航空券や宿泊の準備、場合によってはヴィザ申請、等々――を滞りなく行うこと。そして、日々の糧を稼ぎながら、参加費や渡航費を貯金すること。

課題曲の勉強は、集中して譜読みをしたり、練習をしたりすることを毎日きっちりしていくことが要求されるでしょう。逆に、自分で1日のスケジュールをきちんと決めて、この時間は集中する、他のことは何もしない、と決めることがしやすいとも言えます。

そんなときの「日々の糧」を得る仕事をどんなものがよいと思いますか? 演奏スキルのレベルを保つために、なるべく「演奏の副業」をたくさんしたほうがいいでしょうか? たくさん弾けることに魅力はありますね。ただ、演奏の副業は、仕事の依頼主の都合や、他の人と合わせなければならなくなって、計画遂行のための日々のスケジュールの組み方が大変になることも予想されます。

むしろ、規則正しく時間が定まった副業の方が、計画遂行のためのスケジュールをキープしやすいかもしれません。音楽とは直接関係ないけれど、勤務時間が定まっている仕事(事務や販売など)で日々の糧を稼ぎつつ、倹約に徹した生活を送る手もあるでしょう。

自分の計画実行と、どんな副業を選ぶか、という組み合わせに模範解答はありません。一度に種類の違うことを進めていくのは、誰にとっても最初は難しいものです。自分なりの方法を、いろいろと試しながら体得していきましょう。文字通り「体得」、身体で経験して、自分に向いたやり方を見つけていくしかありません。大事なのは、それを意識しながらすること。うまくいっても、いかなくても、その理由をしっかり考えて、次の教訓につなげることです。

どんな副業をしていけばいいのかについてのアンジェラの簡潔なアドバイスは、「先輩や先生に体験談を聞こう」です。みんな、同じ苦労をして、今があるのですよ!

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4. 「音楽に使う時間」と「稼ぐために使う時間」のバランス

音楽や演奏に直接関係しない副業も、自分の都合のいいような形で見つけられるとは限りません。副業といいつつも、それなりの金額を稼ぐためには、ひょっとすると、週5日、月曜から金曜日の朝9時から夕方5時まで、という仕事になってしまうかもしれません。あるいは、夕方5時から夜中過ぎまでのバイト、などということになるかも。

時間で雇われて仕事をするのではない場合、例えば、編曲や写譜(といっても最近はPCへの打ち込みでしょうけれど)、コンサート制作、外国語のスキルがあれば、翻訳や通訳など、不定期で仕事の分量が一定ではなく、しかも納期や拘束時間がある仕事の場合、何がなんでもその日までに仕上げる、その場所にいることが求められるでしょう。

そんなときには、より意識的に音楽に使う時間を1日あるいは1週間という単位で作ることがより重要になります。具体的に目の前にさらう曲がないと(コンサートの予定がなかったり、かなり先だったり・・・)ついつい弾くことから遠ざかることがあるのでは。どんなに副業が忙しくても、そして、あなたから見れば副業でも、雇う側、仕事を依頼する側は当然、その仕事に100%の能力と時間を使うことを求めます(そして、社会人としては責任もってそうするべきでもあります)が、自分のスキルのレベルを落としてしまっては、本来の計画遂行もどんどん遠ざかります。

コンサート制作の現場で見聞きする痛ましい話のひとつに「あの人は、留学から帰ってきたときが(あるいは、学校を卒業・修了した直後が)一番うまかったね。」――音楽のことだけ考えていればよかった時期から、それ以外のこととのバランスをとりながら音楽を続けていく時期に移っていくためには、かなり意識的な努力が必要です。

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5. 「自分のスタミナ」と「仕事量」のバランス

種類の違う仕事を一度に進めていくのに欠かせないのが、スタミナです。若いうち、あるいは健康な身体に恵まれている人はなかなか気がつかないものですが、この仕事、字義通り、身体が資本です。つまり、自分の計画遂行のためや、音楽家としてのスキルを磨く時間を確保した上で、日々の糧を稼ぐ仕事もするために、自分の健康を気遣うことを忘れずに。働き過ぎはボディーブローのようにじわじわと健康を害していきます。花粉症がひどくなったり、風邪を引きやすくなったり、そのうち、大きな病気という形で、すべてが台無しになる恐れがあります。

身体の休め方は人によって全然違います。5日働いて2日休むというパターンがぴったりという人もいれば、定期的に休むより、毎日働く時間を短めにして、何日でも働く方が調子がいい人もいます。休みなしで働いているように見える人でも、身体を休める方法はちゃんと知っているのです(飛行機や電車に乗った途端に爆睡してしまう人、夜元気でいるために、昼はしっかり寝ている人等々、音楽家という人たちは、すばらしい適応力を持っていると常々思います)。自分に向いた休み方を意識的に探していきましょう

キャリアをつくる途上というのは、将来への不安という最大のストレスを感じながら、社会に出て仕事をする不慣れさから来るストレス、多様な仕事とそれに伴う対人関係から来るストレス、音楽に取り組むことから生まれる芸術面でのストレス等々、精神面でも疲れがたまるものです。必ず気晴らし、息抜きの術も自分のために用意してあげましょう。身体のトレーニングも兼ねて、走ったり、泳いだり、ヨガや太極拳などの運動の時間を一日のスケジュールに組み込んでみましょう。見聞を広げるための美術館や博物館巡り(実はかなり歩くのでいい運動にもなります)、世界に生きているのは人間だけじゃないと改めて思う動物園や植物園巡り(実は私のストレス発散方法!)、読書、映画、アニメ、ショッピング・・・音楽家として生きるあなたに、無駄なインプットは世の中に何一つありませんから、気晴らしも兼ねて、街に出てみましょう。

心の疲れが昂じて、自分が不安定になっていると感じたら、ほっておかずに、専門家に相談を。最近は音楽大学にも心理カウンセラーが常駐するようになってきているようです。卒業生も利用できることが多いので(「既卒者支援」でウェブ検索してみましょう)、サポートを求めましょう。心の病は癌と同じで早期発見が完治の秘訣です。

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6. 音楽に関係のある副業を探す

演奏とは関係がないけれど、音楽に関係のある仕事を副業にしたいという相談をよく受けます。夏の音楽祭でのバイトや短期のオーケストラの現場仕事などは先輩からの紹介でという口コミのケースが多いものです。これは常日頃からのネットワーク作りが大切。

今はインターネットが最大の情報源。オーケストラや主だったマネージメント会社、コンサートホール、地方公共団体の文化振興財団や公共ホールの指定管理者になっている会社などは、ウェブサイトにインターンやアルバイト募集のページを持っています。そこを定期的にチェックすることをお勧めします。文化関係省庁のページにもアルバイト募集が出ることがあります。

こうした副業は、たいていは純粋に事務仕事ですが、制作現場のお手伝いをさせてもらえることもあります。コンサートが作られていく現場の雰囲気を感じることは出来るでしょう。

音楽のみならず、芸術全般の「アーツ・マネージメント」関連の仕事を探したい場合は、「ネットTAM:アートマネジメント総合情報サイト」が基本です。 http://www.nettam.jp/

このサイトの「キャリアバンク」のタグに求人情報があります。

2回にわたって、延々と書いてきた「音楽家と副業」ですが、最後にもう一度(しつこいですが)言わせてください。キャリア発展途上のあなたは、今仕事があればあったで、なければないで、ただ必死に今の状況についていくのが精一杯で、計画など立てられない、と思っているかもしれません。この連載は全然具体的なアドバイスがないじゃない、と不満かもしれません。でも、計画を立てるのも、具体的なアドバイスが受けられるようになるにも、まずはあなたがその気にならないと、これをしたい!と具体的に思わないと、何も始まりません。

あなたが音楽家としてキャリアを歩み出すための「計画」――当面かなえたい夢と言ってもいいかもしれません――のヒントは、実は今あなたの周りにいる先輩、先生はもちろんのこと、紙面やラジオ・テレビで見聞きするアーティストたちが発する言葉にもあります。アーティストたちのインタビュー、特に若手のインタビューはヒント満載です。ぜひすべてが音楽家のキャリアの参考書だと思って、アンテナを立てていきましょう。

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