あなたを知ってもらうには…プロの音楽家としてのPR術①(『若手音楽家のためのキャリア相談室20』)

箕口一美

ネットワークの層によって対応が違うかも?

 

1. 音楽家にとってのPRとは

(本稿は2011年『ストリング』誌2月号に掲載された記事の改訂版となります。)

前回の原稿を書き終えたところで、いささか音をあげてしまったのです。そろそろ話題の在庫が切れてきました・・・そんなメールを出したところ、たちどころにお返事が来ました。プロの編集者はそこが違います。そして、筆者より筆者の持ち札をよくご存じでした。お返事に曰く「来月からですが、編集部のKから、こういうことをお聞きしたい、という話がありました。つまり、演奏家の自己宣伝の仕方です。『そこまで、する必要はない』と言う人もいます。でも、そういう人は、どうするのでしょう。誰かが声をかけてくれるのを待っているのでしょうか。演奏家でない人、例えば聴衆の側の人も『演奏家がそこまでするの?』という声を聞くことがあります。演奏家は芸術家だから…ということらしいです。そういうわけで、次回あたりは、多少、繰り返しや重複もあるかとは思いますが、そういうことを考え直すきっかけになるような記事をお願いできたら、と思います。」さりげない文章ですが、思わず、はい、わかりました!と闘志が沸いてくる書きぶり。というわけで、2011年前半は、音楽家の自己宣伝――PR活動について、わたしが書けることを書いていくことにしました(12月の終わりにはあんなに悄気返っていたのが・・・A編集長、脱帽です)。

さあ、一年の計は元旦ならずとも1月中に立ててみましょう。3月15日に向けての準備は整いましたか? 今年はいくら源泉徴収されたものを取り返せそうですか? 音楽家としての自分の、3年後5年後10年後の姿を思い定めて、今日から踏み出す、今日できることを書き出してみましたか? 今年挑戦することは見えていますか? あまりよく見えていなかったら、これも目標のひとつに入れてみてはいかがでしょう。

今年前半のカウンセリング・ルームのテーマは「あなたを知ってもらうには」です。

プロとして生きていくためには、あなたにプロとしての仕事を依頼したいと思う人を増やしていく必要があります。

言い換えれば、あなた自身がプロとして出来ることを人々に知らせるPRが必要です。PRというと、難しいことだと思ったり、なんだか自分を安売りするみたいな気持ちになったりするかもしれません。それは一種の先入観とちょっとした勘違いから来ているものです。まずは、基本に戻って、PRの意味を考えてみましょう。

PRはPublic Relationsの略で、文字通りの意味は、public=多くの人たちと、relations=関係を作る、持つ、ということ。鳴り物入りで宣伝することだけを指しているのではありません。

ウィキペディア日本版の定義には、とてもよいことが書いてありました。曰く、「個人ないし国家や企業その他の組織体で、持続的または、長期的な基礎に立って、自身に対して公的な信頼と理解を獲得しようとする活動のこと。」――PR活動は、あなたに対する人々の信頼と理解を作っていく活動のことなのです。

「持続的または、長期的な基礎」とは、あなたの音楽家としての姿勢と技倆と読み替えられるでしょう。「公的な」というと難しく聞こえますが「みんなからの」と読むと腑に落ちませんか。「あなたという個人が、あなたの音楽家としての姿勢と技倆という基礎に立って、自分自身に対するみんなからの信頼と理解を獲得しようとする活動」――つまり、あなたができることを人に知らせて、関係をつくっていく――それがPRの基本です。

肝に銘じてほしいのは、あなたのことを知らない人は、あなたに仕事をしてもらおうとは思いませんPR活動は、プロであるためには必須の活動で、世界的メジャーレーベルの録音メディア会社がマネージメントをしてくれるごく一握りのスターでない限り、自分自身で考え、行動を起こして、PRしなければなりません

肝心なのは、「あなたを知ってもらうこと」。プロの音楽家としてのPR術は、それに尽きます。では、どうやったら、知ってもらうことができるのでしょうか?

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2. PRのはじめの一歩?

PRというと、不特定多数の人に自分を売り込むことと思いがちです。今日からはその考え方は止めましょう。フリーランスで生きるプロの音楽家のPRのはじめの一歩は、すでにあなたを知っている人たちに、今のあなたのことを知ってもらうことです。

『Beyond Talent』(Second Edition)で大きく改訂されている部分が、そのことについて詳しく述べています。PRは、まず身近な人たちとのネットワーキング(関係づくり)から始まります。

「ネットワーキングとは、他の人との関係を生みだし、大事に育てていくこと。時間をかけて、友人同士、信頼のおける仕事仲間、ファン、あるいは支援者になっていくことをいうのです。関係の浅い深いはあるでしょうが、間違いなく生身の人間同士の、本物の関係です。」(Angela M. Beeching. BEYOND TALENT. Second Edition, pp. 21-22)

これまで生きてきたなかで、こうした関係を築いて来た人たちが、あなたのネットワークの一番内側、あなたに一番近い人たち。あなたの過去を知り、それに共感したり、心をかけてくれる人たちです。その人たちに、まず今あなたが音楽家として出来ること、したいこと、計画や夢を話してみましょう。

まとまっていなくても、話があちこちに飛んでも、こういう人たちは、あなたの味方ですから、辛抱強く耳を傾けてくれるでしょう。年上の人なら、自分の経験も踏まえて、あなたがうまく話を纏めるのを手伝ってくれるかもしれません。自分の計画を、初対面の人に説明しに行く前に、リハーサルをさせてもらうことだって出来ます。

こうした人たちのことを、アンジェラは「あなたのインナーサークル=内輪の人たち」と言って、あなたがこれから広げていくネットワークの中心に位置づけています。この人たちに理解してもらえるように話が出来れば、もうひとつ外側の輪の人たちにも通じるようになるでしょう。

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3. ネットワークの層

「ある研究によれば、ふつうひとりの人は、親密度は違いますが、100人から1000人の知り合いがいます。こうした人たちとの関係を保てるようにいろいろな工夫をしないでいたら、大事な資本を無駄にしているのと同じです。」(同書、p. 24)

自分が知り合いだと思っている人を思い浮かべてみましょう。家族、親戚、友人だけではなく、今の先生、前の先生、マスタークラスを受けた先生、行きつけの喫茶店(飲み屋?)のおじさん、美容師のおねえさん、楽器店の人、昔の同級生、近所の人たち、等々。その人たちを、今の自分に近い順番で並べてみましょう。ポストイットに名前(名前を知らなかったら自分との関係)を書いて、自分を中心に、近いところから遠いところへ輪を描くように並べてみます。

それが、あなたが今持っているネットワークの輪です。

本当に「内輪の人」はそんなに数はいないでしょう。アンジェラは「たぶん5~10人」と言っています。この人たちが、あなたの一番の味方、キャリアを作っていく上での「参謀」役の人たちです。

その外側に、自分がこれまで音楽家として生きてくるにあたって、お世話になったり、不可欠だったりする人たちも含まれた輪が広がります。

一番外側には、一度だけ教わった先生や音楽祭や演奏会場で偶然であった業界の人や、音楽家支援をしている財団や会社の人たち、見ず知らずだけれど、自分の演奏が気に入ったと、小さな本番仕事のときにわざわざ挨拶にきてくれたあなたの最初のファンもいるかも。

この人たちとの関係をなんらかの形で続けていく方法を考えてみましょう。

その方法を考えるにあたって、相談に乗ってくれるのが、一番内輪の人たちです。何かにつけて、相談に乗ってもらうというのが、内輪の人たちとの一番大事な関係作りです。この人たちは、あなたに頼りにされていることを嬉しく思っている人たちですから、「こんなに度々電話していいのかしら」とか「同じようなことを相談しているような気がする」などという遠慮は禁物。相手の都合や生活パターンを慮るのは大事ですが、変な遠慮は水くさいと思われて、大事なインナーサークルを失うことになりかねません。

もうひとつ外側の人たちには、あなたの近況や思い、計画を定期的に知らせる工夫をしましょう。日本には年賀状という便利な習慣があります。年賀メールでもよいので、年に一度は、日頃の感謝も込めて、書き送りましょう。いつも顔を合わせる人でも、ふだんはあまり言えない「心に秘めた決意」を聞かされて、「ああ、この子はこんなことを考えているのだ。たいしたものだ。」と思ってもらえるかも。演奏仲間だったらば、「ああ、そういえば、仕事で小学校に行くけれど、こういう経験がある人がいるといいなあ」と思って、声をかけてくれるかもしれません。

あなたのことを知ってもらうことは、そんなところから始まります。すぐ近くの知り合いに自分の今を知らせておくのは、その先に新しいネットワークを広げていくきっかけにもなります。

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4. すぐ近くの知り合いの例

つい最近、こんなことがありました。暮れも押し詰まったころ、一通のメールがドイツから届きました。知り合いの弦楽四重奏団のヴァイオリンの奥様からのメールです。彼女自身もピアニストで、何度か会ったことはありましたが、O君の奥さんという以上の印象は残っていませんでした。Facebookでは友だちになっていたので、アジアの演奏旅行の様子など近況は見聞きしていました。相談の内容は、自分より若い弦楽器奏者たちを紹介するような音楽祭を日本で開催したいのだけれど、ドイツからは様子がわからないので、アドバイスをもらえないか、ちょうど正月で日本に戻るので、時間をくださいというものでした。O君に相談したら、日本のことならば、Minoに聞くのが一番確かだろうと言われた、とも書いてありました。

この相談のしかたの上手なところは、まずO君という、私としては断りにくい、とても親しい友人が、奥さんだから、というわけではなく、相談相手としてはこの人が一番と言っていると書いていること。O君は大事な仕事仲間でもありますから、もうこれだけで、私はスケジュール帳を開いて、どこか時間が空いていないかをチェックします。アンジェラも書いていますが、「頼られる」というのは、ちょっと気持ちのいいものでもありますから。次に、このメールは「音楽祭をやってくれ」ではなく、「自分で立ち上げたいのでアドバイスください」と、自分の計画とその遂行の意志を示していること。頼られすぎるのはちょっと困るけれど、この一言があるので、会ってもいいかな、と思えるのです。もうひとつ、彼女はFacebookという新しいコミュニケーション・ツールを使って、上手に近況を伝えて来ていました。東南アジアの、泊まるところもまともではないところへ行っている間中、毎日「今日はお風呂があった!」とか、「ここが会場です。ピアノはこんな状態…」とか、かなり大変な思いをしていたことを知っていたので、どんな感想を持ったかを直接会って聞いてみたいとも思ったのです。

約束の時間通りに現れた彼女は、東南アジアでの経験を通して、自分が初めて音楽家としてどんな役割をこの世の中で果たしているかを実感できたと、本当に嬉しそうに語り、大変だった経験もすっかりいい思い出にしていました。音楽祭も、できれば日本の中でもクラシック音楽を生で聞く機会が少ない人たちのところでやりたい、立派なホールがある必要はなくて、自分たちの音楽を聞いてもらえるなら、どんな場所でもやってみたい・・・。

O君の奥さんとして会った彼女でしたが、そんな話を聞いた後には、ひとりの音楽家として見えてきましたし、応援したい気持ちにもなりました。

彼女の音楽祭計画が今後どのように進んでいくかはまだわかりません。でも、ご主人(彼女の内輪の人ですね)のつてで、応援団をひとり増やしたことは間違いありません。

Facebookがこんな風に役に立つということも実感しました。これも、文字通りネットワーキングの大事なツールとして、大いに活用しましょう。友だちのリクエストを出すときには、自己紹介をお忘れなく。音楽家としてこのツールを利用するつもりだったら、プロフィール写真は、ちゃんと顔がわかるものを使いましょう。

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5. 遠い知り合いの場合

直接知らない、あるいは本当に一度くらいしか会ったことがない人とのネットワークを育てていくにはどうしたらいいのでしょうか?

基本は同じことで、あなたの活動を知ってもらうこと。あなたの演奏を聞いてもらうことも大事な要素です。住所がわかっていれば手紙、メールまで教えてもらっていれば、メールで、演奏会など、あなたが弾く機会を丁寧に案内しましょう。

リサイタルを開くような場合、コンサート制作を依頼した音楽事務所から自動的に招待状が送られるサービスがありますけれど、その上で、どうしても来てもらいたい人には、もう一押しが必要です。

ここにとてもいいアドバイスがあります。再びA編集長の言葉です。 「私も、若い方からお話があれば、できるだけ記事で協力しようと思うのですが、やはり積極的に電話をしてきて、熱意を感じる方は、強いように思います。コンサートの招待状を送ってくださる方はたくさんいますが、それだけでは弱いように思います。というのは、同じ日にたくさんの公演があるということがけっこうあるわけですから、そういうときに決め手となるのは、本人の生の声のように思います。」

音楽家の真価は、やはり演奏。会っただけではなく、聞いた印象の方が長い関係につながります。

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