「『音大生』が卒業後に『プロの演奏家』として羽ばたくためには」(第 4 回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)

音楽創造・研究センターでは、卒業後の活動を視野に入れた支援として、特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」という講演会シリーズを開催しております。こちらのページでは、2017年度の第4回でご登壇いただきました野間晴久先生のご厚意により、その模様を講演録として掲載いたします。
これからプロの音楽家をめざしたい方、卒業後にフリーランスのアーティストとして活動していきたいと考えている方々に、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

音楽学部特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」
  音楽創造・研究センター「講演会シリーズ」第4 回 
『「音大生」が卒業後に「プロの演奏家」として羽ばたくためには』
  2017年10月16日(月) 18:00 ~ 20:00

  東京藝術大学音楽学部 5-109教室

講師 野間 晴久 先生 (宗次ホール 総括支配人)宗次ホールの外部Webページへのリンク

●講演の流れ
0. はじめに
1. 将来像は描けていますか?
2. 卒業後の厳しい現実
3. 宗次ホールの活動
4. クラシック・ファンを増やすための取り組み
5. 現場での暗黙ルール11か条
6. 宗次ホールがすすめるアウトリーチ活動①:「クラシック音楽届け隊」
7. 宗次ホールのすすめるアウトリーチ活動②:「オフィスdeクラシック」
8. 大切なのはシナリオ作り
9. 教育支援の実施例:エマージングコンサート
10. その他の大切なこと

0. はじめに

皆さま、こんにちは。宗次ホールの支配人をしております野間と申します。今回、オファーを頂いたあとに『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』〔二宮敦人著〕を読みまして、東京藝大は非常にユニークな方が多いのかなという印象を持ちました。そして今日、初めてこの大学にお邪魔させていただいたのですけれども、本当にアカデミックな感じですね。こういう所で音楽も勉強できたらいいなと学生時代を懐かしく思いました。
さてこれからお話しする「若手音楽家のためのキャリア展開支援」というシリーズは、これまでにすでに3回開催されていますね。第1回から第3回は演奏家の先生方の講義で、演奏者の立場から、卒業後にプロの演奏家として羽ばたくために必要な準備やスキルについてお話されたものと思います。

本日は、ホールの主催者側の立場、お客様側の立場から見えてくる「プロの演奏家に必要なこと」について、お話させていただきたいと思います。ですから演奏家の立場の皆さんには、私がこれから喋ることに対して、ちょっと違和感を覚えたり、納得できないと思ったり、それこそ秘境に住んでいる住民の言葉のように聞こえるかもしれません。けれどもロマンだけでは演奏活動はできませんよね。そこには現実的なマネジメント、ビジネスがついてきます。そしてビジネス面については、ホールに関わっている人間の方がより詳しいので、皆さんも今のうちから知っておいた方が良いと思いますことを、これからお話させていただきたいと思います。

1. 将来像は描けていますか?

皆さんも卒業すると社会に出られますが、将来図というのはもう描かれていますか? 私も立場上、色んな演奏家の方、卒業したばかりの方たちと接する機会が多く、色々感じることがあります。その中で、やはり大学と社会の間には大きな川があるように思います。

一般大学の場合はそんなに感じないのですが、音大生の場合、特にこの川が広いような気がします。そこで、皆さんにはどういうパターンの将来があるかということを、単純に3つのイラストにまとめてみました。
まず、ジャンプして自分の力で川を渡れる人。大学を出て、アーティストとして社会に出ていきます。

つまりどういう方かというと、有名なコンクールや国際コンクールで、優勝したり入賞したりして、演奏力だけでそのまま演奏家になれる人。この方たちというのは、社会で演奏活動だけで生活していける、あるいはプロのオーケストラに入団できた人たちですね。こういった方たちは演奏活動で生活も安定します。ただし、ここへ行ける人たちというのは、本当に、卒業生のうちの1~2%ではないでしょうか。

次のパターンは、いわゆる音大を卒業して、会社などの組織に就職し、サラリーマンになる方です。

学校の先生・教師であったり、あるいは音楽ホール・事務所のスタッフであったりします。こういったところに入る人たちは、生活は安定します。ただし演奏活動が主ではなく、副になるか、あるいは止めてしまいます。

次が、ちょっと悲しい絵です。橋がなくなるんですね、大学に出て社会に行くのですが、

多くの音大生というのは、卒業してフリーランス、つまり個人事業主になっていきます。自分で演奏活動をしたりですとか、あるいはレッスンをしたり、コンクールを目指したり、あるいはプロのオーケストラの入団を目指すわけです。多くの方たちがこういうパターンではないかと思います。

つまり卒業後に演奏できる場を自分で見つけていかなくてはなりません。見ていますと、在学中には大学や先生から紹介を受けることもあるようなのですが、卒業した後というのはすべて自分で見つけることになります。ですがどこに頼みに行ったらいいのか分からない。あるいは、主催者の意図するコンサートに応えるには何が必要なのか、それも分からないのですね。分からないのに、そうしたことは大学では教えない。ましてや、社会に出ても誰も教えてくれないのです。
ですからこういう現状があるのですね。なかには、先輩と一緒にやることによって、ノウハウや企画力を身に付けていく能力のある人もいますが、ほんの一部の人だけですね。結果、どうなるかというと、やはり演奏活動を止めていってしまうという方が非常に多いように思います。

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2. 卒業後の厳しい現実

ピアニストの中村紘子さんが、著書『チャイコフスキー・コンクール』でこのように書いています。「年間1万人を超すピアノ科卒業生が、全国のさまざまな音楽大学ないし付属音楽学部から社会に送り出されているが、当然のこととしてそのうちでも『コンサート・ピアニスト』『独奏者』として立っていける者は多くて一人か二人程度であろう。(中略)つまり音楽大学は高額な学費を取っているにもかかわらず、年間におびただしい数の潜在的失業者を作り出している」と。こんなことを仰っています。

私も、関わっている色んな演奏家の中で、フリーランスでやっている方たちが、どのように仕事や収入を得ているのかということを聞いてきました。下記は5人の方のアンケート回答です。

すると、例えばAの方は、音楽教室の講師、オーケストラのエキストラ、Bの方はパーティーでの演奏などとあり、Cの方はミュージカルやオペラの稽古ピアニスト、あとはホールを自分で借りた自主企画の公演ですね。Dの方のように編曲する特技がある場合には編曲、Eの方は高校の非常勤講師、イベントなどでの演奏、などとあります。こうやっていくつかの仕事を兼業しながら、生計を立てているということです。
続いて、それでは演奏の機会をどうやって得ていますかという質問です。

Aの方は、ウェブページの演奏者募集に応募しますとあります。Bの方は、先輩からの紹介、Dの方は大学からの依頼。音楽事務所からの依頼。それからEの方は名刺などでの売り込みですね。
では皆さんが例えば、卒業して売り込みに行ったときに、社会の人たちにどういった対応をされると思いますか? 

基本的には上から目線で対応されることが多いと聞きます。また売り込みというと、アマチュアの方がボランティアで、病院や介護施設でやるというイメージが強いようです。そうした環境では相場を理解していない関係者が多く、演奏する側は自分たちが思っている金額をもらえないそうです。あるいは病院などでは、「演奏をさせてやっているのだから交通費は出ません」と言われたという話も聞きました。もう本当に厳しいですよね。あるいは中学校に売り込みに行ったときに、「芸者さん自ら売り込みに来ないと仕事がないか」という言葉を浴びせられたなどということも聞きました。つまり、売り込みもなかなか難しいということです。

なかには在学中はボランティアでやっていましたという方もいます。でもその方は、卒業してからはボランティアでやることを断ったらしいです。なぜかというと、自分がボランティアでやったら音楽家全体がそういう状況になってしまうと。他の方もタダで働かなければならなくなってしまうわけです。やはり僕もその考え方に大賛成です。大拍手ですよね。

20年近く演奏技術を磨いてきて、何でタダなの?と僕は思います。皆さんのように、演奏家は小さい頃から楽器を習って、毎日何時間も練習してきたわけです。演奏技術を磨いている皆さんというのは、私は社会の財産だと思います。それは本人の努力も当然ありますけれど、そこに関わった先生方、あるいはご両親、こういう方たちの努力の上で、環境のなかで成り立った技術なのです。ですから、演奏を止めていく人たちがいることは、社会的損失だと私は思うのです。

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3. 宗次ホールの活動

そこで、アーティストの演奏機会を作りたい、そしてクラシック音楽界をはじめ世間、社会を変えていきたいという想いで、宗次ホールの活動をしています。この宗次ホールというのは、演奏者を支援するという目的でできたホールです。ですから一般のホールとは当初より目的が違うわけです。

今支援と言いましたが、具体的にどのようなことを支援しているのか、これからお話させていただきたいと思います。まず、演奏家のためにできる限り多くの出演機会を作るために、年間400公演を開催しています。1年は365日ありますが当然休演日もありますから、400公演あるということは、1日2回公演が多いということです。そうすることによって演奏者が謝金をもらって出演できる状況を作っています。

それから2番目として、宗次ホールでは、一般の方のクラシックのイメージを変え、クラシック・ファンを増やす取り組みをしています。日本でクラシックの演奏機会が少ないというのは、つまりクラシック・ファンが少ないことが原因だと思います。そこで新しいクラシック・ファンを作り出さなければいけないということで、宗次ホールではさまざまな戦略を練っています。

3番目の取り組みは、演奏者の育成です。まず「宗次エンジェル ヴァイオリンコンクール」を開催しています。そして2年に1回、これからは3年に1回、1~3位の方に楽器が無償で貸与されます。1位にはストラディバリウスが貸与されます。このほか、「宗次ホール 弦楽四重奏曲コンクール」というものも開催しています。これは通常のコンクールだけではなく、コンクールの期間中に審査員の方からレッスンを受けるプロセスが組み込まれたコンクールです。それから、コーラス・グループ「CoCoRoni(ココロニ)」という、懐かしい歌を歌うグループの活動支援があります。宗次ホールでオーディションを開催し、メンバーを結成します。演奏の指導も行います。

また宗次ホールでは自分たちのホールでの演奏会の開催のほか、最近では色んな外部のホールからも声がかかるようになって、そちらの演奏会も主催しています。

アウトリーチ支援も同様です。まず「クラシック音楽届け隊」という活動を行っており、これは後で詳しくお話します。他には音大と提携して演奏者を育成する「エマージングコンサート」があります。エマージングというのは「新興」、「これから栄えていく」というイメージです。そういうコンサートを大学と提携して行っています。

また、新しいコンサート市場の開拓、つまり演奏する場所を広げていくために、企業への出前コンサート「オフィスdeクラシック」を主催しています。オフィスに演奏者を連れて行って、そこで仕事が終わった後にクラシックを聴いてもらうという企画シリーズです。あるいは、地方自治体と一緒になってコンサートも開催しています。でもお金になりません。そこで地元の企業さんたちにご協力いただき、色々な形でコンサートができるようにしております。

皆さんはCoCo壱番屋を知っていますよね。どなたも食べたことがあると思いますが、このカレーハウスCoCo壱番屋の創業者が、宗次德二〔氏〕です。宗次〔氏〕はCoCo壱番屋を創業し、上場させて、53歳の時に引退しました。引退後、社会貢献をしようと、「NPO法人イエロー・エンジェル」を立ち上げ、クラシックの音楽家、スポーツ選手、企業家を支援しています。東京藝術大学さんには、「宗次德二特待奨学生制度」というのがありますよね。こちらの方では確か最大4名が支援を受けられると思います。

ところで、宗次ホールって東京では知られていますか。知っているという方、ちょっと手を挙げてもらってもいいですか? ありがとうございます。結構知っているのですね。名古屋人としては非常に興味があることだったので、質問させていただきました。

宗次ホールは、2007年ちょうど10年前にオープンしました。建設当時は先ほど言いましたように、演奏家をなんとかしてあげたい、クラシック音楽をなんとか世の中に広めたいという宗次〔氏〕の気持ちから、当初500回の演奏会開催を目指していました。しかしながら、オープン当初はお客さんが全然来ませんでした。クラシックに足を運ぶ人が少なかったのです。当初はコンサートの回数を増やせば、当然お客さんが自然と増えていくと考えていたのですが、それは全くの幻想でした。ですから、400回やるとなると、月に20も30もコンサートを開催するのですが、お客さんが来ないわけです。そういう状況が続きまして、宗次ホールは310席なのですけれど、最低集客数はなんと26人でした。ピアノのソロのコンサートで、ホールの客席を真っ暗にしてやりましたけれども、本当に悲惨で、演奏者の方に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

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4. クラシック・ファンを増やすための取り組み

皆さんにとってクラシック音楽というのは生活の一部というか、普通のこと、一般的なことだと思います。何も特別なものではないですよね。しかし、一般の人にとっては、クラシックは特別なものなのです。多分皆さんには理解できないぐらい、クラシックは特別なものだと思われています。クラシックが生活の一部にはなっていない人のなかで、お金を払ってもコンサートに足を踏むという人は、私の想像では2~3%しかいないと思います。東京だと10%ぐらいに増えるのかもしれません。地方都市だとやはり2~3%じゃないでしょうか。

どんなイメージかというと、一般の方には、とにかくクラシックは敷居が高いのですね。どんな服装で出かけたらいいのかわかりません。これは、いまだに電話がかかってきます。どんな服装で行ったらいいですかという質問です。あと、いつ拍手をしたらいいか分からないですとか、チケット代が高い、知らない曲・難しい曲が多い、2時間聴いているのが耐えられない、一人でクラシック・デビューができない、など等です。こうしたイメージに、私も5年くらい経って、初めて気がつきました。ポップスなどのコンサートだったら、初めて行くということもあると思うのですが、クラシックの場合は難しいみたいです。本当に魔境に入るみたいな感じで、デビューするという覚悟です。

私は宗次ホールにオープン2年目にやって来ました。それまでは、コアなクラシック・ファンに向けて、チラシをどんどん配って、入場を促していました。でもその中の2~3%の人たちのみが来る形ですので、月に20回やっても集まるわけがありません。これでは400回はできないと思い、発想を変えました。残りの90%以上の方たちに、どうしたらコンサートに足を運んでいただけるかということを考える戦略に切り替えました。2~3%だと厳しいですが、90%強だと見込みがあり、色んなことができますよね。

つまり、新しいクラシック・ファンを開拓しなければならないとなったら、どうすればよいのかということです。先ほどお話した、クラシックは敷居が高いとか、来てみたけど長いと思っている人に対して、だったらこの反対をしたらコンサートに足を運んでいただけるのではないか、という発想です。それで始めたのが、「ランチタイム名曲コンサート」です。これは、初心者とか初級者向けのコンサートです。耳なじみのある名曲を演奏するだけでなく、作曲家とか作品のエピソードもお話します。11:30~12:30までの約1時間で、料金も1,000円というコンサートです。最初は月に2~3回の開催でも100人も来なかったのですが、昨年あたりは、1回あたり200名が来場しました。昨年はこのコンサートを2日に1回の割合で計203回開催し、平均200人のお客様にご来場いただきました。つまり2日に1回の割合で200人の方たちがコンサートに聞きに来てくださるようになりました。主催側の自分でも本当に良く来ていただけるようになったなぁと感慨深く思っております。

それから、文化的なテーマを取り入れた特集コンサートもやっています。例えば、タイムリーな〔2015年に映画『杉原千畝 スギハラチウネ』が公開〕杉原千畝の一生を朗読しながら、映画『戦場のピアニスト』の挿入曲として使われたショパンの夜想曲第20番などを聴き、1時間楽しんでもらうという趣旨のイベントです。

あるいは、桜の写真を公募しまして、それを映しながら、春とか桜にまつわる楽曲でつなぐ「スイーツタイムコンサート」という企画もあります。「スイーツタイムコンサート」は2,000円で、年間100回ぐらい開催しています。これも大体年間平均200名位になっています。

それから「ランチ&クラシック」という企画があります。これはランチとのセット券です。これを宗次ホールが飲食店側からお金をもらってやるというもので、私のもとの職業・銀行員的な発想なのかもしれません。これは年間1万人ぐらいでしょうか。

このセット券には、グループ・プランというものもあります。8人以上だと席を確保し、終演後にステージに上がって、出演者と一緒に写真を撮ることができ、あるいはバックヤード・ツアーということで、バルコニーなんかをご案内します。昨年は約400団体の方にご利用いただきました。

あと、「クラシック音楽届け隊」というボランティア団体による活動を主催して、お客さんを増やしています。

ここで、宗次ホールの入場者数の一覧表をご覧ください。これは10年間の統計です。2007年に創設され、当初、主催公演の総入場者数は約18,000人だったところから、昨年、2016年あたりで約80,000人になっています。下の欄にある「ランチタイムコンサート」の欄を見ると、203回開催して、42,000人のお客様に来ていただけるようになったことが分かります。

ところが困ったことが起きました。200回のコンサートをやろうとすると、演奏のレベルが下がり、演奏者が不足するという事態が発生してきたのです。一方で、こういったところで演奏したいという人はたくさんいます。宗次ホールとしては、もっとコンサートを増やしたい。でもそれにふさわしい演奏者がいないというミスマッチが起き始めました。このミスマッチはどこから来るかというと、演奏者のプロデュース力と企画力の不足です。ホールが求めることができないのです。こうしたことをどこも指導しないので演奏者はいつまでもできません。そこで、それでは宗次ホールがやらなくてはということになり、この「クラシック音楽届け隊」を通じての教育支援が始まりました。

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