音楽家のビジネス・マネージメント②(『若手音楽家のためのキャリア相談室13』)
箕口一美
まず収入と経費を記録する
1. e-taxのススメ
(本稿は2010年『ストリング』誌5月号に掲載された記事の改訂版となります。)
近年はさかんにテレビのCMや電車の中吊広告で「e-taxで確定申告!」という文言を見かけるようになりました。勤め人も自営業者も原則確定申告をするアメリカでは電子申告が当たり前になっていますが、自分で申告して納税する必要がない人が圧倒的に多い日本では、普及にずいぶん時間がかかっている感じがします。個人的には、その方がいいと思うのです。理由は簡単、もしサラリーマンと呼ばれる人たちも確定申告することになって、家庭の会話に「経費」とか「控除」とかいう言葉が普通に出てくるようになれば、今回しようとしている話が常識になって、殊更に説明が要らなくなるからです。自営業の家で育つと、いつの間にか知識として持っていることも多いのですが・・・。
わたしもE-taxにして4年目。最近は経理ソフトとのデータ連動もスムースになって、書類データが整えば、申告に必要な時間はほんの数分。還付金も3月中に振り込まれる迅速さで、3月15日を前にごった返す税務署に行かずにすむだけに留まらない便利さです。パソコンに自信がついたら、ぜひお勧めです。
さて、今月は来年確定申告に挑戦するための準備にもなる収入と経費の記録の仕方です。まず、音楽家にとって収入とは何なのでしょうか。
2. レッスン①:仕事をしてもらうお金の使い道には二通り、「経費」と「生活費」
プロの音楽家として生計を立てるにあたって、一番心しておきたいことは、仕事で得られる収入の使い道をきちんと区分する(仕分ける)ことです。両親の自宅で暮らし、なんとなく学生生活の延長のつもりでいると、演奏で得たお金が一瞬「臨時のお小遣い」に見えてしまうかもしれませんし、学生でも演奏で収入を得ることがあるので、ついつい好きなことにお金を使ってしまいそう。でも、前回の記事でも書いたように、演奏報酬を得るために使ったお金があります。逆に言えば、演奏でお金を得るためにお金を使う必要があるのです。これを「経費」と言います。
自分をパン屋さんのような、作ってモノを売る小さな商店だと考えてみてください。
パンを焼くためには、小麦粉やバター、イーストなどの原材料を仕入れなければなりません。原材料費という「経費」がかかりますね。パンを焼く窯やこねるための道具も必要ですし、それを買い揃えるお金も必要です。パン屋さんは、こうした経費にパンを売ったお金をあてています。
この例を音楽家に当てはめれば、パンにあたるものが「演奏」です。小麦粉やバター、パン釜にあたるのが、楽譜や楽器など、「演奏」に必要なものです。こうしたものを手に入れるのに「演奏」を売ったお金を充てるのです。音楽家の経費が何かについては、後で詳しく説明します。まずは、演奏で得られた収入の使い道のひとつに「経費」があることをしっかり認識してください。
収入のもうひとつの使い道は、生活のため。ステージ衣装以外の服を買ったり、三度のご飯をいただいたり、仕事以外の目的で電車に乗ったり、家賃を払ったり、ファッション雑誌を買ったり・・・文字通り、生きて活動するためのお金で、演奏で得た収入から「経費」を引いた部分になります。もちろん「貯金」をするのも、生活のうちですし、健康保険料や年金、生命保険などの社会保障費、病気やケガの医療費も生活費になります。
仕事のために使うお金を「経費」、自分のために使うお金を「生活費」というふうに考えて分ければ、たいていは合っています。この区分は、確定申告のときに「必要経費」を計算する際の要でもあります。きちんとけじめをつけることで、お金の使い方も丁寧になるはずです。分かりやすく、お財布を二つに分けたり、銀行口座を演奏などの収入受け取り用とさまざまな生活費の支払いに使うもの用に分けたりという方法もありますが、最初はまず、「今使っているお金は、経費かな、生活費かな」と考える習慣をつけるところから始めましょう。
3. レッスン②:収入はすべて記録しよう。実際もらった金額と源泉徴収された税額がわかる「支払明細」をもらおう。
演奏、レッスン、その他のアルバイト・・・かけだしの若い演奏家は、いろいろな形で収入を得ることになります。そのすべてがあなたの収入です。全部記録をつけましょう。
『Beyond Talent』の「第10章フリーランスのライフスタイル」の301ページに収入記録の記入例があります。これをそのまま使ってもよいですし、自分がつけやすい形を作ってもいいでしょう。
必須項目は、日付、支払者(誰から)、収入の種類(演奏、レッスン、その他)、金額、備考です。収入の種類は、中心的な仕事は項目を立て、あまり回数が多くないものは、その他の項目に括ってしまい、備考欄などに具体的な内容を書いておくのでよいでしょう。最後の金額の部分については、源泉徴収されている訳ですから、収入金額(税込金額)、仮払源泉税(本当に支払う税金の金額は確定申告まで決まりませんから、今は仮に支払っていると考えます)、手取金額、という風に分けて記録しておくことをお勧めします。備考欄は受取方法やその他の仕事の内容などの記録に使えますから、作っておくといいでしょう。
記録方法は自分が一番続けやすい方法を採りましょう。
ノートやいつも持ち歩いている手帳などに手書きで記録するのでもいいですし、携帯端末(iPhoneや小さい持ち歩きPCなど)を使って記録する方法もあります。
表計算ソフト(マイクロソフトのExcelなど)を使って、簡単な計算表を作っておくと、あとで集計するのが楽です。例えば、こんな形で記録しておき、1ヶ月ごとに集計します。
演奏以外のアルバイトをして給与でお金をもらうときには、必ず「給与明細」という紙をもらうでしょう。演奏の報酬でもこういう明細が発行されるとよいのですが、なかなかそこまで親切な支払者がいないのが現状です。交通費など報酬以外の経費の支払いがある場合は、もらった金額の内訳がわからない場合も多いのです。受け取った時点で明細がわからなくても、翌年の1月には支払者から「支払調書」という書類が送られてきて、源泉徴収税額はわかるようになっています。ただし、これも5万円以下の支払については支払調書を送らなくてもよい、ということになっているので、それ以下の報酬だった場合は明細がわからないことになってしまいます。ですから、出来れば支払明細を出してもらうようにお願いしましょう。
現金でお金を受け取るときには、支払う人に必ず領収書を渡します。たいていの場合、支払う側が用意してくれていて、あなたは住所と名前、はんこを押すだけ。フリーランスで生きるようになったらば、必ず印鑑は持ち歩きましょう。もうひとつ、額面が3万円以上(100万円まで)の領収書には、200円の収入印紙を貼付する必要があります。本来ならば、あなたが作るべき領収書ですから、収入印紙はあなたが用意するものです。はんこといっしょに、200円収入印紙も忘れずに。
4. フリーランス音楽家にとっての経費とは
さて、演奏という仕事をするのに必要な経費を具体的に覚えていきましょう。『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』の第10章298ページに、アメリカで認められている音楽家の「経費」が列挙されています。これは日本でもほぼ同じです。
▶ 楽器にかかわるもの:修理代金、消耗品の交換、購入(弦を買う、弓の毛替えをする)、楽器ケースの購入
▶ ステージに上がることにかかわるもの:ステージ衣装(シャツやペチコート、ストッキングを含む)、ステージ用の靴、衣装のクリーニング、メークアップ用品、ヘアセット代、共演者に支払う出演料、公演会場やオーディション会場までの交通費(遠方へのツアーから市内交通費まで)や宿泊費(ツアーに限らず、演奏の仕事のために生じた宿泊も含む)、衣装を運ぶためのキャリーやツアー用のスーツケース
▶ 音楽そのものにかかわるもの:楽譜、参考資料(書籍、専門雑誌、CD、DVDなど)、コンサートチケット(演奏研究のためです!)、録音・再生機器(iPodやEdirol)や関連消耗品、iTuneやNaxos Music Libraryなど有料のオンラインコンテンツ
▶ 演奏の準備、音楽家としての向上にかかわるもの:リハーサル会場代、セミナー、マスタークラス、ワークショップの受講料や個人レッスン謝礼、オーディション参加費
▶ プロとして生きるために必要なもの:プロフィール写真の撮影、売り込み資料の作成費、資料の郵送費、仕事にかかわる電話代、インターネットプロバイダー料金、演奏連盟などへの加入会費、マネージャーやエージェントの手数料、自主リサイタル開催費用、レコーディング費用、打ち合わせ時の飲食代
先に言ったように、お金を使うときに「これは経費かな、生活費かな」と考えるのがはじめの一歩。ここに挙げたような分け方を意識していると、だんだんとわかってくるでしょう。
経費を記録するときに忘れてはならないのが、「必ずレシート(領収書)をもらい、とっておく」ことです。あなたが仕事の経費としてお金を使ったという証明になるからです。このレシートが経費の記録の裏付けにもなるのです。
経費帳として記録していくと、自分がこれだけの収入を得るのに、どれほど経費を使っているのかが具体的に見えてきます。
経費帳は、昔つけていたお小遣い帳の親戚です。まずはあまり張り切りすぎずに、経費と思えるものを書き付けていくことから始めましょう。
必須項目は、日付と摘要(何に使ったか)、使った金額の3つだけです。簡単でしょう?システム手帳を使っている人は、出金記録がつけられるリフィルを活用する方法もあります。普通のノートに書き付けていくだけでも構いません。あとで集計することを考えると、Excelで経費表を作ってみるのもいいでしょう。いずれにせよ、これも自分で続けられそうな、一番手間のかからない方法を選びましょう。
帳面を付けるのがどうしても苦手、という人もあきらめないで。経費だと思うレシートは必ず受け取って、それを毎日財布から出して、封筒でも、紙袋でも、お菓子の空き缶でもなんでもいいので、まとめておくだけでもずいぶん違います。可能ならば、一月ごとにまとめて、出来れば1ヶ月いくらくらい使っているかの合計だけは出してみましょう。
5. 仕事場=家賃・水道光熱費の一部も経費です
経費として意外なものとして、借りている家やアパートの家賃や光熱水道費があります。全額を経費にはできませんが、明らかに仕事に使っている部分、例えば部屋の一部が楽譜や楽器が占有している、練習スペースとして使っている、レッスン室として仕事に使っている・・・そんな部分が家全体の何パーセントかをだいたい計算し、その分の家賃を毎月経費として上げることができます。光熱水道費や家に引いているインターネットや電話の費用も同じような割合で算出して、経費にします。
こうした経費をさらに「費目」ごとに分けていくという仕事がありますが、それは最初の確定申告書を書くときに考えましょう。まずは、経費を見分けることに慣れることです。
こうした経費帳を数ヶ月つけていると、経費以外の生活費にどれくらい使っているかも含めて、自分のお金の使い方が見えてきます。どんな種類の経費を多く使う傾向にあるか、自分を磨く経費に適切な支出が行われているか・・・いろいろな分析が可能になります。
それが、あなたのビジネス・マネージメントの第一歩。かけだしのプロとして、まだまだ学ぶことも多い一方、安心して生活できる生計の立て方も模索していくために何をしたらよいかも考えなければなりません。
次回は、今自分に必要な収入とそれを得るためにどうしたらよいかを具体的に計画していくビジネス・マネージメントについて、考えていきましょう。