あなたを知ってもらうには…プロの音楽家としてのPR術②(『若手音楽家のためのキャリア相談室21』)

箕口一美

あなたのファンをつくる(同僚編)

 

1. 同僚とは

(本稿は2011年『ストリング』誌4月号に掲載された記事の改訂版となります。)

朝、自宅のパソコンを立ち上げ、メールをチェックすると、ポロロンという音とともに、何通ものメールがダウンロードされます。半分くらいは横文字で、海外のマネージメントや演奏団体が送ってくる最新情報。ざっと目を通しながら、コンクールやカンファレンスで会った若い演奏家たちのその後の活躍ぶりを確認します。そうしたお知らせメールの中でも、仕事に直接関係していたり、この連載のヒントになったりするのが、毎週月曜日と木曜日に届く“Happy Arts News”です。送り主は毎度おなじみ、アンジェラ・ビーチング。ときどき「増刊号」もあって、「今日は大雪ハッピーアーツニュース」、「大統領の日スペシャルハッピーアーツニュース」と、タイトルもアンジェラらしいユーモアが感じられます。

遠くアメリカに住むアンジェラと会って話した回数はやっと10回を越えたくらい。でも、電子メールや、最近ではSkypeやTwitter、facebookでも近況を伝えあうことができます。彼女の本を翻訳したときも、やりとりは全部電子メールでした。

アンジェラとは、毎日会うわけでもなく、いっしょに一つの仕事に取り組んだこともありません。でも、2002年にチェンバーミュージック・アメリカが開催した勉強会で彼女のレクチャーを聴き、翌年のカンファレンスで初めて話をして以来、大事な「同僚」のひとりになりました。会える機会が少ないので、話をするときにはとても集中して情報交換します。遠くにいても、お互いが今どんなことを目指し、何に取り組んでいるかについて、よく知っている間柄――そういう関係を、仕事上の同僚というのだ――アンジェラと話したり、メールで議論したりするたびにそう思います。

仕事の同僚というと、ドライな関係を連想するかもしれませんが、『ビヨンド・タレント』のあとがきにも書いたように、もしアンジェラが「なんと楽しそうに笑う人」というだけではなく、「なんでも話ができそう」と思えない人だったら、たぶんこんなに長いつきあいにはならなかったでしょう。その意味で、わたしは彼女のファンでもあります。いっしょに何をするにしても、気持ちよく出来る人としたいものだと思うのは、自然なことです。

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2. 同僚に向けた、仕事上のPR

プロの音楽家のPR術第2回は、あなたを「同僚」として認め、喜んでいっしょに何かしたいと思ってくれる、仕事上のPRについて考えます。

その前に、前回のおさらいです。

PRの基本は、「あなたという個人が、あなたの音楽家としての姿勢と技倆という基礎に立って、自分自身に対するみんなからの信頼と理解を獲得しようとする活動」――つまり、あなたができることを人に知らせて、関係を作っていくこと。自分の方から一方的に、言いたいことだけを言う宣伝カーのようなやり方は、PRではありません。

PRとは、関係作りと言っても過言ではないでしょう。同僚と認め合う関係作りが、仕事を増やしていくPR術です。

<p『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』から、まずアンジェラの助言を聞きましょう。 「音楽産業はとても小さな、人間関係だけで動いていくような世界です。他の人にとってよい仲間でいようと心がけてください。今日あなたが鼻で笑った人間が、明日あなたを雇わない人になるかもしれないからです。」(『ビヨンド・タレント日本語版』、p.24)

第2版の同じ節には、次のような加筆があります。 「音楽家は非常識なほど長い時間をたったひとり、練習室の中で過ごしています。そんな孤独と果たさなければならない課題の多さが原因になって、対人関係をつくるコツや知識の欠如を招いたり、それと気づかないでひとりよがりに陥ったりするのです。音楽家の中に『(気むずかしい)女神さま』や『取扱注意』と言われる人がいるのも、そのせいです。」

どんなにすばらしい技倆や音楽性を持っていて、他の人もそれを認めていたとしても、「お人柄」に問題がある人からは、だんだんと人が離れていきます。反対に、「お人柄」が素敵で、人当たりも柔らかい人の周りには、人の輪が広がっていきます。

「実力」と呼ばれる技倆面・芸術面での能力とそれに対する客観的な評価が音楽家の基礎であることは間違いありませんが、それがすべてである、というのは、一種の思い込みです。まして、実力への評価が定まらない若い音楽家には、実力を磨くための仕事の「場数」が勝負。いくら潜在的能力があったとしても、それを磨く現場をたくさん経験しなければ、実力を自らのものにも出来ず、他人がその実力を見いだす機会にもつながりません。

若い頃の仕事というのは、(ちょっと冷たい言い方ですが)あなたでなくても、他の誰でもいい仕事が多いものです。何月何日何時に空いているかどうかが重要で、ちょっと迷っている間に、次の誰かのところへ行ってしまう。でも、それが第一歩です。そういう仕事をたくさん経験していくうちに、潜在能力だったものが実力に育っていくのです。実力というのは、演奏の現場で自分の力を出し切れるための、総合的なセルフ・コントロールでもあります。現場での「ひやり」や「はっと」があなたを育てると同時に、それをちゃんと見ている人もいる、ということです。

フリーランスで活動し、オーケストラでも室内楽でもとてもいい仕事をしている或る管楽器奏者の大先輩がこんなことを言っていたのを鮮明に覚えています。

「自分がどうやってこれまで音楽で生きてこられたか、どうやって仕事を得てきたか、誰にでも共通のノウハウがあるわけではない。自分は人に大宣伝できるタイプでもないのだが、いくつか、必ず守ろうと思ってきたことがある。約束の時間は守る、仕事をくれた人には必ずありがとうと言う、仕事をするときには誰とでも気持ちよく接する、そして、自分の中で仕事の格付けをしないで、どんな仕事でも一生懸命する。言葉に出していうほどのことでもないけれど、自分としては頑固なくらい、それは守ってきた。それで、最近やっとわかってきたことだけれど、そのことで自分を信用してくれた人、よかったと思ってくれた人が次の仕事を、格付けはしないと言ったけれど、明らかにいい仕事をくれるようになって・・・それで今の自分があると思う。」

原作はもっと長いお話でしたが、まとめてみると、以上のような内容でした。

彼が信用を得たのは、仕事をくれた人だけではありません。いっしょに演奏をした同じ音楽家も、この人はいっしょに仕事して、楽しかった、よかった、と思ってくれたのです。仕事仲間の間での彼の評判は、音楽面でも、自分に仕事を作ってくれる有り難い同僚としてもとても高いものがあります。

アンジェラが第2版で思わず加筆しているように、音楽家の一生は、孤独な、自分との戦いの部分があります。そのことが仕事と人生のバランスを崩してしまうほどになってしまう例を、わたしたちはたくさんの「天才音楽家」や「破天荒の芸術家」で見てきています。そのような生き方をしてしまうのも、そうではない生き方をするのも、結局は自分自身の選択です。音楽家として生きて、幸せな家庭を築いたり、すばらしい友だちに恵まれていい仲間といっしょに楽しく仕事したりすることも出来るのです。音楽家としての夢を追求しながら、素敵な人生を送ること――最近流行りの「ライフ・ワーク・バランス」は音楽家にも言えることです。

他人からの評価を自分でどうこうすることは出来ませんが、先に挙げた大先輩のように、自分はこうする、このように自分を律すると決めることは出来ます。

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3. 対人関係のコツ

音楽家はちょっと苦手かもしれませんが、「普通の人」が対人関係のコツだと思っていることをアンジェラにも助けてもらいながら、挙げてみましょう。あなた自身もおそらく「こんな人とならば、いっしょに仕事をしてみたい」と思うに違いありません。

▶ Be honest.(誠実に)

Honestという言葉は、正直と訳されることもあります。これは嘘をつかないとはイコールではありません(それも大切なことですが!)。誠実さとは、今取り組むべき仕事やそこで演奏する音楽について、心をこめて、真剣に向き合うことです。

ボロメーオ・ストリング・クァルテットや篠崎史子さん、佐久間由美子さん、山本正治さん、薗田真木子さんたちといっしょに、「オペラキャット」という英語の絵本を使って、子どものための「音楽絵本」を作ったことがあります。終わった後、全編の編曲もしたピアノの長町順史さんがしみじみ言っていました。「(クライマックスの)『わたしのお父さん』では、いっしょに演奏している人たちがどんどん音楽的に深くなっていくのがわかって、客席にいる子供たちも大人たちもそれにぐいぐい引き込まれていくのが見えるのです。子供相手って言いますけど、演奏する方がここまで音楽に真剣になれば、子供が一番真剣に聞いてくれます。」その子供たちの何人かは帰り道、鼻歌で「O, mio babbino caro」と歌っていました・・・。

仕事としては、絵本に合わせた特殊編成の編曲ばかりの演奏で、「軽いお仕事」と思われても仕方ない作りだったにもかかわらず、出演者全員の音楽に対する誠実さが子供の心をしっかり掴む演奏になったのです。わたしの耳にも、あのときの合奏のカンタービレの深い喜びが残っています。

▶ Smile and relax.(ほほえんで、肩の力をぬいて)

真剣であることと、不機嫌に見えることは違うことです。真面目であることを求める余り、微笑みの大切さが忘れられていることがあります

あなたが幸せに感じていれば、それは人にも伝わります。あなたが肩に力をいれて構えているのも人に伝わります。

他人に接するとき、会釈や挨拶に微笑みを添えてみましょう。道を譲ってもらったときには言葉に出してありがとうといい、駅で人とぶつかったら微笑みとともにごめんなさいと言って見ましょう。よほどのことがない限り、相手も微笑みを返してくれるでしょう。

どうしても気持ちに余裕がない、そんなこと出来ない、と思ったら、これは練習しかありません。スケールをさらうように、会釈の微笑み、ありがとうの言葉を実践してみるのです。街を歩いていれば、そういう場面に一度や二度は出くわすでしょう。最初は意識しないと出来ないかもしれませんが、そのうち慣れてきます。顔の筋肉も繰り返し練習すれば、自然に微笑みの形を覚えます。

一ヶ月もすれば、練習場に入っていきながら言う「おはようございます」が、明るい笑顔を道連れにするようになって、あなたの印象が変化するでしょう。

微笑みはあなたというお家の玄関口。他の人に開かれた窓口です。

▶ Be positive and optimistic.(積極的に、楽観的に)

人は、楽しく楽観的で他人に希望を与えるような人と一緒に働きたいと思うのものです。あなたの態度が、プロとしてのあなたのイメージの大部分を決定してしまうということを忘れないでください。」(前掲書、p. 24)

音楽のことを真剣に考えすぎるがあまり、リハーサルをしながら、ついつい強い語調になって相手を責めるような言い方になっていませんか。逆に自信が持てなくて、消極的な、後ろ向きの考え方に終始してしまっていませんか? どちらのあなたも、あまりいい仕事仲間ではありません。

一緒に仕事をするからには、相手の考え方や態度が自分と相容れないと思ったときに遠慮して言わないという選択肢はありません。最終目的はいい仕事をともにやり遂げることですから、その途上で考え方の相違があっても、よい結果に向けての議論は大いに必要です。そんなときには、まず相手のやっていることで自分も気に入っていること、同意できることを口にして、賛同の意を表しましょう。その上で、自分と違う部分について、あなたはこのようにしているが、それはなぜかを尋ねてみましょう。案外「いや、ちょっと間違って弾いてしまった、・・・」だったり、「別に特に何も・・・」だったりします。そこで初めて、「わたしは、実はこう思っていたのだが、あなたはどう思うか。」と言い出してみましょう。

初めはまどろっこしく思えるかもしれませんが、本当にわかり合える仕事仲間になるための手続きだと思いましょう。

まず、同意できるところから話を始める、そして疑問に思ったところを遠慮してそのままにしない。決めつけた言い方をせず、いっしょに問題を解決しようという態度が、積極的で、前向きないいやつ、という印象につながります。 「人生においても、仕事においても、前向きなエネルギーを注げるようにベストを尽くしましょう。人のために注いだエネルギーは、必ずあなた自身のためになることになって還って来ますから。」(原著第2版、p. 11)

▶ Stop and think. Be considerate.(立ち止まって、考えよう。思慮深く)

対人関係のスキルを維持する秘訣として、アンジェラはこんな風に言っています。 「毎晩眠りに就く前に、頭の中で今日1日のことを思い出してください。あなたの振る舞いや、その日の人との触れ合いについて考えてみましょう。もし、もう一度同じことをするチャンスが与えられたなら、次はどのように動きたいか自分自身に質問してみてください。正直になりましょう。心の中に、これまでと違う振る舞いのパターンを描くことが、変化するための最初の一歩です」(前掲書、p. 25)

他人がどう思っているかを考えるのではありません。自分が何をしたか、本当はどうしたかったのかを考えましょう。他人の評価がどうなるか、最後のところは他人さま次第。自分ではどうしようもありません。「わたしはわたしでしかあり得ない」わけですから、そんなわたしと他の人たちとのつきあい方を自分で考えて、解決策を探るためには、よーく考える(思慮深くある)ことです。明日結論をだす必要はありません。これはたぶん一生考え続ける問題です、ちょうど、提琴の絃の音をさぐりながら合わせていくように・・・。

次回は、「あなたのファンをつくる――主催者&聞き手編」で、あなたのコンサートを聴きたいと思う人を確実に増やして行くには・・・について、考えます。

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