「これから海外活動をめざす方へ」(第1回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)

音楽創造・研究センターでは、卒業後の活動を視野に入れた支援として、特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」という講演会シリーズを開催しております。こちらのページでは、第1回でご登壇いただいた藤間貴雅先生のご厚意により、その模様を講演録として掲載いたします。
これから海外公演をめざしたいという方、卒業後にフリーランスのアーティストとして活動していきたいと考えている方に、意識作りの一歩として、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

音楽学部特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」
  音楽創造・研究センター「講演会シリーズ」第1回 
  2017 年 4 月 28 日 (金) 18:00〜20:00

講師 藤間 貴雅 先生(日本舞踊家) 藤間貴雅先生の外部Webページへのリンク


テーマ「これから海外活動をめざす方へ」

0. 本日の流れ 

私は2013年から海外公演を始めました。このなかで私が経験してきた注意点、やってきた準備について、これから海外活動をめざす皆さんにアドバイスできればと思うことをいくつかご紹介していきたいと思います。

本日は、次のような流れでお話していきます。簡単に概要をお伝えしておきましょう。

「1.現在までのキャリア展開史」では、自分のプロフィールから、海外公演に至るまでの経緯をお話したいと思います。続いて、「2.海外活動の様子」をお話します。

「3.テーマの獲得」では、海外活動というのは、日本の活動と同じようにパフォーミングするだけでは成り立たないということを説明します。自分の活動の根幹には、自分の研究テーマのような命題がないと難しい、という話です。

次は「4.海外活動の意義」です。意義というとちょっと難しい表現ですが、たとえば国際交流基金や文化庁の助成募集の情報などを見ると、これで海外に行ける!と思うかもしれません。でも、海外旅行ができるといった安易な気持ちで行ってしまうと、かなり厳しい現状が待ち構えていることになります。それはなぜかということをお話します。

「5.プロフェッションを継続するために心がけていること」では、海外に出ていく上で必要なことをお話します。もちろんパフォーマーとしての演奏技術や芝居の技術も必要ですが、実は、海外ではこうしたこと以外の技術も必要になってきます。

 

1.現在までのキャリア展開史

1.1. 大学卒業後

私は日本大学の芸術学部を卒業し、当初、松竹への入社を考えていました。ちょうど私が学部3~4年の頃のことです。どうしようかなと揺れていたのですが、やはりこの頃、私の祖母から跡を継いでくれないかと言われて、踊りの道を歩むことにしました。23~25歳までの3年間は内弟子に入りました。その後25~30歳までの5年間は、舞踊の団体の世界で揉まれてみようと思って飛び込みました。そして30歳のとき、商業演劇の世界に入りました。これは新宿にあったコマ劇場というところの振付の仕事で、たまたま私の知人伝いでいただいたお話でした。最初はとても簡単な仕事でした。簡単だったからこそ、私のところに来たわけです。お芝居の最後に盆踊りがあり、それを振付してほしいという依頼でした。ここから私の商業演劇の仕事が始まりました。

それから2年間、演歌歌手の方のお芝居の振付や所作指導のお仕事を担当させていただきました。そこで大月みやこさんという歌手の方のお仕事で、踊りの方はご存知だと思いますが、花柳寿楽さんという方が大月みやこさんの相手役をしており(当時は花柳錦之輔というお名前でした)、この方と出会うことになりました。

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1.2. 蜷川組へ:32歳の転機

まもなくその花柳寿楽さんから蜷川幸雄さんの仕事を手伝ってくれないかとかというお話をいただき、蜷川組に加わりました。これが32歳のことです。そこから去年、蜷川さんが現場を離れる最後の日まで、12年間、蜷川組として和物の振付に関わりました。具体的には、蜷川幸雄さんがギリシャ悲劇とかシェイクスピアのお芝居を和物の演出でするときのスタッフのメンバーとして呼んでいただきました。

ここでの経験が、私の海外公演の礎になっております。それはどういうことかと言いますと、蜷川幸雄さんというのはご存じのとおり、海外での評価もとても高い方です。イギリスなどでも評価が高いですが最近ではアジアでの評価も高く、亡くなる直前まで、香港やマレーシアなど、東南アジアの演劇祭にずっと呼ばれていました。そして海外の評価が高くなるにつれ、特に亡くなる3~4年前頃からでしょうか、「お前らも勉強や公演をしに海外にどんどん行け。そうじゃないと、日本のパワーが小さくなっていってしまう。海外の人たちが日本に来たときも、日本のパフォーマーの力が伝わらない。海外に出て行っていないと、対等に言葉をしゃべれないぞ」ということを言われ続けました。

1.3. 海外へ:40歳の転機、そして42歳で「ハーモニーオブジャパン」の設立へ

でもこのときは、実際に私の周りに海外の方との接点はありませんでした。その後、偶然、自分のきっかけで始まった海外公演が、ハワイでした。これが40歳のときのことです。この後、自分たちの団体を持つ必要があるということを痛感するようになり、2013年に「ハーモニーオブジャパン」を設立しました。またさらに、海外活動に向けて省庁に助成金を申請する場合、自分たちの団体を法人化させる必要性を痛感し、昨年の2016年にNPO法人化しました。

日本の中でも信用というものがかなり問われますが、実は海外でも邦人の側の信用が問われます。また伝統芸能のパフォーマーとして海外に行く場合、個人で行く際にも、最低5~6人で行かないと規模が小さくなってしまうという問題が生じます。つまり表現するものが小規模になると、向こうの人が理解しにくくなってしまうわけです。一人でこうした場で踊っても、「ああ、日本の踊り良かったね」ぐらいで反応が薄いんです。5~6人、まあ多ければ多いほど、相応の評価や期待を想定できると思います。そこで団体で安定した海外活動を行っていくために、45歳のときにNPO法人の設立申請をしました。

海外での模様は「2.海外活動の様子」のところでまたお話したいと思います。

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1.4. 外務省研修センターの客演講師に:45歳

その後、海外の方たちとの接点が増えまして、昨年6月に、外務省の研修センターの客員講師という立場をいただきました。1年に1回ですが、今年も講演させていただきます。

ここでちょっと外務省の簡単な説明をさせていただきましょう。外務省では、海外に飛び立つ前に、研修センターで半年以上の研修を受けます。これは、外務省の試験に受かった方々が対象です。昨年、外務省の外交員として、海外に派遣された方は66名でした。この66名が、半年の間、徹底して朝の8時から夕方の6時くらいまで、このくらいの教室で休みは10分ずつぐらいで、徹底的に語学と日本文化と社会、政治など、これから海外に派遣される前に最低限必要と思われることを叩き込まれます。

そこで私が何をしたかというと、ここでの特別講義で、日本文化の現在についての紹介をしました。研修生たちが例えばこれから海外で日本文化について聞かれたときに、どういう風に説明をすればいいのかですとか、日本にはこういう文化があるといった話をしました。やはり外交官の方々に知っておいていただいて、皆さんのようなアーティストが海外に行った際には、そこでぜひ紹介していただきたいですからね。

1.5. 現在の仕事

上のポスターは、私の今月の仕事の内容となります。

左側は、蜷川さんが亡くなられてから、蜷川さんに育てていただいた方々がみんなバラバラになる前に、1回集まって公演を打とうということになり、今月の27~30日、そして5月11~14日にさいたま芸術劇場で『待つ』という芝居をやっております。最後のシーンの踊りの振り付けで少し関わっています。

右上のポスターは、5月13日からスタートする『みをつくし料理帖』という、以前、民放のテレビで北川景子さんが主演したドラマを、BSのNHKで再演します。今度はNHKなので演出も民放と違い、主役は黒木華さんです。安田成美さん、小日向文世さん、森山未來君などすごく面白い俳優さんたちが入っておられました。

続いて、右下の絵は、宝塚の雪組公演のチラシです。早霧せいなさんという雪組のトップが退団するさよなら公演です。大阪ですでに初日を迎えております。6月以降は東京公演となります。これは『幕末太陽傳』というお話で、映画を観ている方がもしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、フランキー堺さんの主演で、石原裕次郎さんも当時出ていました。川島雄三監督の『幕末太陽傳』という映画のリメイクです。映画の作品を宝塚の作品にリメイクするというのはあまりないことなので、メディアを中心に注目をしていましたが、実は私たちスタッフも注目していました。映画というのは、ワンカット、ワンカットで話が分断されていきます。その後、見ている人が繋がりをちゃんと想像できるように、作品では繋げられていくのですが、これに対して芝居というのは、ずっと連綿として目の前の事象が繋がったまま行われていきます。ですから映画の作り方とお芝居の作り方は全然違うのですね。それをどう繋げていくか、我々は大変興味がありました。この作品では花柳寿楽さんと一緒にスタッフに入っておりましたが、非常に面白く、現代の若い子たちが幕末をどういう風に演じるのか、興味津々でした。

1.6. 「ハーモニーオブジャパン」のNPO法人化、活動目的

さてここで、先ほどお話した設立団体「ハーモニーオブジャパン」について、その活動目的をご説明しておきましょう。

偉そうなことを書いておりますが、こういう文章もすべて自分たちで考えなければなりません。たまたま私は大学生のとき、早稲田予備校というところで小論文の講師を4年間させていただいたのですが、ここでの経験が意外にもこういうところで活きているようです。文章には、論文調、箇条書き、簡潔なまとめ方など、いろんな書き方があります。上記の文章は「活動目的」ですので、かなり大げさというか、自分たちがこれから活動しようとするときの可能性を秘めた書き方をしています。今の現状を書いてもダメなのですね。達成すべき課題や可能性を若干踏まえて書いています。

この活動目的の文面は、実際に都庁に提出した文章です。今、NPO法人の組織化はかなり厳しく、この10年間で毎年1000団体くらいが解散に追い込まれているそうです。悪用する団体も結構あるためというのが理由のようですが、今は解散する団体が1000、新たに認可される団体が2~300とお聞きしました。

NPO法人の申請は本当に大変です。受かった後も何度も呼び出され、文章の表現を指摘され、面接も何度もあります。でもこうしたことは都庁だけではありません。外務省も文化庁も、省庁への提出資料は相当な回数の推敲を迫られます。国際交流基金もそうです。

でもやはり、助成を受けるということはどういうことなのかということを考えると、当然だということが分かります。助成を受けるということは、国の税金をもらっているということです。旅費も、製作費も、国の税金を私たちが受けて、海外公演をします。国のお金を使って、海外交流をしているということは、これらを私的に使ってはいけないし、自分たちだけの自己満足の活動で終わらせてはいけないのです。海外公演の助成申請の際には、この点に注意していただければと思います。


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