2021年度【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】ゲスト:大野綾 氏(株式会社Buzz Job代表取締役)
東京藝術大学音楽学部音楽総合研究センター《シンクタンク機能社会・発信室》は、『2021年度音楽学部若手作曲家・演奏家・研究者支援事業』採択事業として、様々な専攻の若手卒業生をお招きし、【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】を実施いたしました。
当室教育研究助手の屋野晴香がインタビュアーとなり、音楽家同士だからこそ分かり合える活動のあれこれや、アーティストとしてのこれまでの道のり、在学生へのメッセージをうかがうシリーズ企画です。
卒業後の道のりは、同じ専攻であっても十人十色。音楽学部全体を見渡せば、アーティスト活動の軌跡は千差万別です。在学生の皆さんには先輩のお話を参考のひとつとし、自分自身の進路を見つけるためのヒントにして頂きたいと思います。
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今回のゲストには、器楽科フルート専攻を経て大学院音楽教育研究科を修了されたのち、一般企業に就職、現在はSNSマーケティングを行うサイバー・バズという会社が2021年3月に立ち上げた、人材関係の子会社Buzz Jobで社長をつとめていらっしゃる、大野綾さんをお迎えいたしました。
音楽学部の学生からは「大学院進学か就職か」大学院生からは「演奏活動か就職か」という不安の声、そして学年を問わず「演奏活動でどうやって食べていけるか、他の仕事をしながら両立はできるのか」などといった相談がよくきます。
過去のデータによると、就職を選ぶ音楽学部生は美術学部よりもさらに少ないのが現状です。就職を選ばない人も、プロとしての演奏活動をスタートすれば、個人事業主としての経営力が問われる場面も多々あることでしょう。
音楽学部卒業生であり、現在は経営者として組織のトップを担い事業を運営されていらっしゃる大野さんならではの視点から、これまでの歩みや在学生へのメッセージを伺いました。
大阪府立夕陽丘高校音楽科を経て、東京藝術大学音楽学部器楽科フルート専攻卒業。東京藝術大学大学院音楽文化学専攻音楽教育研究室を修了。新卒で株式会社サイバーエージェントに入社。子会社の立ち上げやSNSマーケティングの営業、営業マネージャーに従事したのち、夫の転勤で中国北京へ。北京では日系のデジタルマーケティング会社に勤務。帰国後、株式会社サイバー・バズに勤務し、
現在は、同社子会社の株式会社BuzzJob代表取締役。SNS×人材事業として手掛けている。
《聞き手・企画・構成》 屋野晴香
ウィーン国立音楽大学器楽科ピアノ室内楽専攻を学部・大学院ともに満場一致の最優秀で修了。東京藝術大学音楽学部では楽理科に学ぶ。2020年度より同大学音楽学部 音楽総合研究センター シンクタンク機能社会発信室にて教育研究助手を務める。
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■大野さんは音楽学部の出身で、30代にして会社の経営者という、とても目を引くご経歴をお持ちです。音楽科のある高校から現役合格されて、藝大では学部を器楽科フルート専攻、大学院には音楽教育専攻で進学されていますが、音楽教育に進もうと思われたのには大きなきっかけがあったのでしょうか?
学部時代の教育実習で「教える」ということの大切さを痛感しました。またこの経験で大きく視野が広がり、その時まではフルートを演奏することを起点にしか物事を考えていなかったのが、演奏するだけではない「自分ができること」がどんどん広がっていくような気がして、教育にとても興味をもちました。
当時ボランティアで障害を持った子供にフルートを教える活動をしていたこともあり、活動と教育研究を兼ねることができればと思い、音楽教育研究で大学院に進学しました。
藝大大学院の音楽教育の大きなメリットだと思うのですが、フルートの実技レッスンは学部と変わらず受けられて、そこに教育研究がプラスされる感じでした。フルートを吹く環境が学部時代も院に進んでからも変わらずあったことは、とても良かったです。
■障害を持った方に教える活動をされていたのですね。
教えることも難しかったのですが、出来たときの喜びや、その人の人生にとってすごくいい影響があることとか、一般的なフルートの指導を行うよりも「フルートを演奏すること以上の価値」を提供できると思い、そこにやりがいを感じていました!
■大学院で音楽教育を修められたあと、就職をなさっていますが、音楽関係でも教育関係でもない企業に就職をされているのですよね?
音楽教育に取り組むうちに、またさらに視野が広がっていき、自分が出来ることや、反対に世の中を見渡すと「今はできないけれど、いつかこういうことが出来たらいいな」ということが沢山あることに気がつきました。
もちろんそのまま大学で研究を続けたり、教えたりということも出来たとは思うのですが、それだと出来ることに限界があるような気がしました。
そこで、一般企業に入ればまた道は随分変わるのではないかと思い、就職の道を探し始めました。
■「いつかこういうことが出来たらいいな」という想いが、一般企業への就職のきっかけだったのですね!新卒で入社された企業に決めたポイントは、どういうところだったのでしょう?
「いずれは音楽のことをやりたい」という想いを持っていたので、早い段階で色々な経験を積みたかったんです。そのために、より早く色々な経験を積んでビジネスとしての経験値が上がり、より自分がやりたいことに近づけるような環境に身を置きたいと考え、入社を決めました。
■藝大生で一般企業へ就職をされる方が少ない中、就活はどのように進められましたか?
当時は音大生のための就職ネットワークなどもなかったので、ごく一般的な就活サイトに登録し、どんな会社があるんだろうと思って見始めました。
その時から「自分のこれまでの経歴は絶対に売りになる!」と思っていたので、それをアピールできる場や、それを買ってくれそうな場には積極的に行くようにしていました。
■藝大生ならではの「強み」はどんなところだと感じられますか?
ひとつのことを極めていること、やり遂げることができることだと思います。
世の中にとってこれは非常に大切なことで、出来ている人は世の中を見渡していても、なかなか居ません。よく体育会系の人たちが重宝されるのと一緒なんです。
ただ芸術系はちょっと弱く見られがちなので、そこをいかに自分が信念を持ってやってきたかを上手く伝えられるかが課題ですね。あとは、藝大生というだけで頭が硬そうと見られてしまうので(笑)そこはもっとウィットに富んだところや、柔軟性があることをアピールするように気をつけていましたね。
■頭が硬そうとか、こだわりが強そうとか、”秘境”だとか言われますよね(笑)
そう!世の中が藝大に対して持っている固定概念もちょっと強すぎますよね。
藝大生は決して社会不適合なわけではないです(笑)
■就職されてからはどんなお仕事に取り組まれてきたのでしょう?
何をしていましたと明確に言うのは難しいのですが、入った会社はインターネット広告をやっていて、現在は色々なメディアも扱っている会社です。
そこでまず営業に携わり、その他にも色々なことをやらせて頂き子会社の立ち上げも行いました。それも自分でやってみたいと思って志願して配属されました。
私はイベントなど人に直接影響を与えられることをやってみたいと思っていたので、イベントとインターネットを掛け合わせたものにチャレンジしたりしていました。
■イベントとインターネットの掛け合わせ、今まさに旬の分野ですね!
今なら旬なのですが・・・当時はなかなか厳しくて今のような状況とは全くちがったので、実は1年くらいで事業がうまく回らなくなってしまって撤退し、私も別の部署に移動になるという経験もありました。
■新規事業の立ち上げから撤退も含め、本当に色々な経験を早い段階で積んでこられたのですね!就職を決意した時に「こういう事にチャレンジしたい」と考えていたことは、結構叶えられたのでしょうか?
そうですね。ただ、思っていたこととのギャップもあり、大変なこともありました。
多少大変でも「絶対ここを乗り越えたらなんとかなる」と思えるのは、音楽をずっとやってきたから、やれてきたからかもしれません。
「練習がすごく大変だったけれど、頑張ったからこういうことが出来た」というような経験があるから、最後まで踏ん張れるのだと思います。これは色々な局面で出てくるし、音楽をずっと真剣にやってきたことの強みだと思います。
■音楽の世界から一般企業に飛び込んでみて、環境の違いなどはどうでしたか?
音楽の世界では孤独だったのが、会社や組織に入ると仲間がいるということにすごく助けられています。もちろん仲間と演奏することもあるけれど、フルートは本当に自分との闘いだったので・・・チームで何かを成し遂げるという環境があると、力の沸き具合が違いますね!
■そして現在は、社長としてひとつの組織をひっぱっていく立場ですよね!
早い段階でマネージメント職につき、入社3年目から部下がいるような環境で仕事をさせて頂いていたのですが、現在は2021年3月に立ち上げた会社の社長をしております。SNSマーケティングを行う企業の子会社で、人材関係のお仕事です。
■海外で働かれていた経験もお聞かせいただけますか?北京にいらっしゃったのですよね。
結婚したのち夫の転勤で北京に行くことになり、新卒で入った会社を一旦辞めてついて行きました。北京でも仕事を探し、広告業を行う日系企業で働いていました。当時は中国の方達が「爆買い」をしに来日していた時期で、日本の企業が中国に広告を出したいというニーズが多くあったのでタイミングも良く、沢山営業先があり、ここでも沢山の経験が積めました。
帰国後は元々やっていた広告業とは違う人材の分野で仕事をしていますが、それまでは、私の話を聞いた人が「自分もこういう風にしてみよう」と思うきっかけになるとは思っていなかったのですが、今もこうしてお話しをさせて頂いているように、「自分の経験が誰かのためになる」ということに気づきました。
振り返ると色々な経験を積んできたのだなと思います。
■藝大生の場合はやはり周りに就活をする人が少ないという環境もあり、「ここまで一生懸命にやってきたのに、違う道に進んでよいのか」という葛藤を抱えたり、就職することに対してネガティブな思考になってしまう学生さんが多い様子です。周りからの反応も気になるという学生さんの声をよく聞きます。
大野さんの場合は「いつかこういう事をしたい」という目的を達成するため、可能性を広げるために就職の選択をされたわけですが、やはり周りからの反応は様々でしたか?
そうですよね、自分でも悩むだろうし、周りにいらっしゃる先生や親御さん、友達、応援してきてくれた人たちからも、そういった反応を受けるだろうと思います。私の時は、大学関係の方々からは、反対されるというよりも「なんで?それでいいの?」という反応が多かったですね。私の信念をお話しして、説き伏せていったような感じです(笑)
実技の先生にお話しした時は、まず学部から院に進む時に音楽教育を選んだことで「そういう事がやりたかったのね!」と驚かれていたので、就職のお話をした時は、反対に驚きが小さかったかもしれません(笑)
■外に出てから客観的に藝大を見て、もっとこうすれば良くなるなと思うポイントはありますか?
閉鎖的なイメージでしたが、時代の流れによって少しずつは変わってきたかもしれませんね。
沢山良い経験をさせて頂き、とても良い大学だったと感謝しているのですが、世の中への打ち出し方はもっと色々あるはずだと思います。大学での活動からの社会での広がりがまだ小さすぎるのがもったいない!
音楽についても、こんなに演奏できる人が沢山いるのだから、もっと学外にある演奏できる場所に出していくこともできるし、それを欲している場も沢山あると思います。
それに音楽で価値が提供できるのは、演奏することだけではないはずです。卒業生で活躍していらっしゃる方々は演奏家と美術家だけではなく、様々な才能が集まっているのが藝大の特徴です。「こういう事ができます」という人材のデータベースがあれば、知り合い伝手の範囲だけに止まらずに、もっと仕事が回っていくかもしれません。
学内でも、各専攻がもっと垣根を超えて協力しあうと良い流れが出来るのではないでしょうか。例えばYouTubeチャンネルにしても、学内に映像の専門家と録音の専門家がいて環境もあるので、各科がそれぞれチャンネルを作成するのではなく、一元化すれば、より多くの人がアクセスやすくなり、藝大という学校のことも中にいる人の活動も知ってもらいやすくなりますよね。
■そういった社会発信は本当に大切ですよね。大学も研究費の調達には自助努力を求められているので、外部に向けてもっとアピールをしていく必要がありそうですね。
最近、アート界には追い風が吹いていますよね。美術を商業的なものとして使うのか、芸術として扱うのかはまた別の問題だとは思いますが、「ビジネス的観点を持って取り組むこと」は大切だと思います。それは音楽についても言えることですよね。
■音楽活動の場合、例えば大学外で活動する場合はホールが公共の施設であることも多いですが、「営利を目的としてはならない」とされていたり、演奏会が出来そうなスペースがあっても金銭の授受が禁止されていたりします。ビジネスが絡むとネガティブに考えて捉えられてしまうことも多い気がするのですが。
音楽活動を慈善事業のように捉えられてしまうことも多いのは確かで、残念なところですよね。お金が回らないと持続性もないのですが・・・。
■演奏会を開いて、チケット収入を得てという古典的な方法だけではなく、どのようにアピールすればもっと外部からのアイデアや資金などの支援を得られるか、また音楽活動で「どのように還元できるか」というのも課題ですよね。
企業からのサポートを受けるにしても、その企業が芸術をサポートすることで価値が上がるなどの副次的な効果がなければ、音楽と結びつけるのはなかなか難しい面があります。相手にいいなと思ってもらえなければ、提供する相手にとっての「価値」が生まれないので、本当の意味での「還元」にならないのですよね。
ただ、音楽単体でやろうとすると難しいですが、そこに共感してくださる外部の人たちがいれば、また別のアイデアが生まれたりすると思っています。
私自身もそこは使命としてやっていきたいと思っていて、経営者という肩書きとともに、音楽界に貢献する活動も背負っていければ、周りにいる経営者の人たちにも布教活動のように伝えて巻き込むことができるはずですし、私の強みだと思っています。
■藝大の中でももっと学部内の別の科同士で協力しあったり、学部を超えたコラボレーションに取り組んだり、大学外でも音楽と全く別の分野との掛け合わせにチャレンジするなど、柔軟になれるといいですよね!
最後になりますが、音楽学部の学生さんに対してメッセージをお願いしたいと思います。
実は今まで一般的な就活生に対してお話をする機会はあったのですが、音大生や藝大生に対してはみなさんあまり就職をしないということもあり、自分の経験をお伝えする機会がほとんど無かったのです。私の経験が役にたつのであれば今後も是非お伝えしていきたいですし、藝大から就職する人が増えることによって、世の中に新しい事業やサービスが生まれたり、同じ志をもつ仲間が増えるといいなと思います。
皆に伝えたいこととしては、『食い扶持のためではなく、チャレンジのために』仕事をして欲しいですね。就職に関して言えば、「音楽で食べていけないから就職をしたりアルバイトをする」という逃げの姿勢ではなくて、「攻めの就職」をして欲しいなと思います。
また、大学院へ進んだとしても目的を持ってさらに物事を突き詰めていたのならば、学部卒より不利になることはありません。ただし、正直なところ採用した人がすぐにお金を生み出すわけではないので、企業は新卒採用と育成にたくさんの費用をかけています。そういった育成をしてもらえるチャンスは新卒の時だけなので、そのチャンスは生かして欲しいと思います。
でも、就活が辛くなってしまって、内定が出たから行こうという決め方は絶対にしてほしくないです。この会社でいいのか?ということはじっくり考えるべきです。そのためにも、なぜ就職をしたかったのかという目的からはブレずに、自分の軸というものはしっかり持っていて下さい。
他の音楽大学を卒業された経営者の方とお話したときも、「音楽で成果を残している人は会社でも活躍するので、比例していると思う」と仰っていました。だから、藝大生は絶対強いはずなんです!
編集後記:
『食い扶持のためではなく、チャレンジのために仕事をする』
そう話されていた大野さんの力強さがとても印象的でした!
貴重なお時間とポジティブなメッセージをありがとうございました。