東京藝術大学 音楽創造・研究センター     

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マルガリータ・カラトゥイギナ先生講演会「モスクワ音楽院における日本音楽」報告

 

モスクワ音楽院世界音楽文化センター、センター長のマルガリータ・カラトゥイギナ先生による講演会「モスクワ音楽院における日本音楽」が、3月26日に開催されました。

これまで日本国内ではあまり知られてこなかった音楽祭の模様や世界音楽文化センターの活動、モスクワ音楽院における日本音楽の受容状況について、当時の写真や映像とともに、大変貴重なお話を伺うことができました。音楽祭のさらなる発展を願い、また、海外で培われてきた日本音楽受容の現場を広く知っていただくために、報告ページを掲載いたします。この場を借りて、貴重なお話をしてくださったカラトゥイギナ先生にあらためて感謝申し上げます。

 

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マルガリータ・カラトゥイギナ先生講演会「モスクワ音楽院における日本音楽」

 

 

❖お話いただいた講演の一部を紹介いたします

モスクワ音楽院のなかで日本音楽文化研究への関心が興隆した背景には、二人の音楽家の存在がありました。音楽院教授で作曲家・音楽学者のミハイロフ・ジヴァーニ・コンスタンティーノヴィチ氏と、沢井忠夫箏曲院の指導者で著名な演奏家、岩堀敬子氏です。

1970年代半ばに、ミハイロフ教授は世界各国、諸地域の音楽文化を取り上げる講義を開設します。その後、彼の教え子たちの手によって「世界音楽文化センター」が設立されました。ここを拠点としてミハイロフ教授の広範な交友関係をもとに、日本を含む世界各国の素晴らしい芸術家たちが招聘され、演奏会が開催されるようになります。

1993年、岩堀敬子氏の指導による演奏団体が訪露し、小規模な演奏会を開催しました。このときに参加した聴衆からの強い希望によって初めて邦楽の特別講座が開かれます。これはその後、毎年行われるようになりました。こうして、岩堀敬子氏による沢井忠夫箏曲院モスクワ支部として、モスクワ音楽院における日本音楽のマスタークラスが始まりました。

音楽院に箏のマスタークラスが開設されるようになってから三年後には、尺八の免状保有者でおられる清水浩平氏(当時JALモスクワ支社所長)との知己を得て、講師をお願いすることができ、尺八のマスタークラスも開催されることとなりました。

岩堀氏によるモスクワでのマスタークラスの後には毎回、受講生による成果発表会が催され、これを機に音楽院で学んだ生徒たちが公の場で演奏を披露するようになりました。

1996年にはロシア人奏者による邦楽アンサンブル「Wa-on 和音」が誕生します。現在でもロシアで活動している唯一の邦楽アンサンブルです。「Wa-on」は古典も含めた日本音楽を演奏し、モスクワの様々なホールで精力的な活動を行っています。

ロシアで日本文化に対する関心が急速に高まった時期に重なるようにして、音楽院で学んだ生徒たちから、より多くの専門的な研究機会を望む声が強まりました。これが日本音楽の音楽祭を開催する構想へとつながり、1999年に第1回音楽祭「日本の心」が開催される運びとなります。

このフェスティバルには邦楽の演奏家、演奏団体のほかにも、ときに多様な日本文化を伝えるさまざまなジャンルを扱います。 雅楽から、ときに日本人作曲家の現代音楽、日本の楽器やテーマを扱った外国人作曲家の作品、さらにはジャズの演奏なども取り上げ、日本音楽に多方面から興味を持ち演奏研究を行っています。

2005年からは千葉市の「大塚太鼓かずら会」の指導者江波戸美智子氏を迎え、和太鼓クラスの開催のほか、ロシア人邦楽奏者との共演も行われています。

このような多彩な芸術活動の取り組みにより、日本伝統音楽文化に対する理解がロシアの一般人の中でも深まり、一定の成功を収めてきました。しかし日本音楽文化の研究を希望する者からは、今一歩進んで、日本人による母国の音楽文化の講義がいっそう強く求められています。

日本文化を広める目的のもと、現段階ではマスタークラスの受講生として、音楽院の学生だけでなく、一般からも希望者全員を受け入れています。

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❖フロアからの質疑応答

Q. 雅楽のマスタークラスはありますか。
A. 現在のところ、雅楽の講師はいません。ただし、雅楽の団体に度々、ご出演いただいています。もっとも多く上演いただいたのは、天理大学の雅楽部です。雅楽のマスタークラスを設置するためには、衣裳、楽器が全部そろっていないといけないため、現段階では難しいといえます。

Q. 衣裳や楽器は普段どうしているのですか。
A. 日本からの音楽家たちから寄贈されたものがほとんどです。雅楽関係者の方々から寄贈していただいた楽器や衣裳がありますが、すべては揃っていません。

Q. 音楽祭への来場者はどういう方なのですか。
A. 音楽祭が始まってまもなくの頃は、日本音楽についてまったく知らない一般のロシア人たちでした。突然こうした音を聞いて、とても驚いていました。演奏会として開催されるようになってから22年が経ち、われわれの聴衆は今ではこうしたゆったりとした独特な音色や拍節感にすっかり慣れています。耳が育っただけでなく、今では耳が厳しくなってきており、西洋化された日本音楽に関心を持たなくなっています。最も古典的な音楽を聴きたいという意識が強くなっています。また私たちの聴衆はいくつかのファン層に分類することもできます。邦楽のファン、詩吟のファン、現代日本人作曲家のファン、トゥランなど中央アジアの音楽を奏する日本人演奏者のファンなどです。ロシアは非常に多民族の国家で、実は多彩な音楽的嗜好が混在し、多様な音楽文化を受け入れています。ぜひ一度、みなさんにもご自身それぞれの音楽ジャンルを持参して、モスクワで演奏を披露してみませんか。

Q. 日本人演奏者へのリクエストはありますか。
A. 昨日、天理大学雅楽部の方々とお会いし、今年の12月に音楽祭に出演いただくことになりました。その際、天理大学の佐藤浩司先生が出版された『雅楽「源氏物語」のうたまい』にもとづく演目を行うことが決まりました。東京藝術大学からも何かこうした新しい企画のご提案があれば、歓迎したいと思っています。

Q. マスタークラスにはどういう人がくるのですか。
A. 一般の方が多いです。数学家、心理学者、物理学者といった、音楽とはまったく関係のない方々も含まれています。ロシア人講師で免状をもっている人間が教え、ほぼ毎日6~7時間レッスンが開講されています。現在は無料ですが、受講希望者が多くなってきておりますので、今後、少額でもレッスン代を徴収する形に変える可能性もあります。

Q. モスクワ音楽院で日本音楽のほかに、積極的に紹介する外国音楽はありますか。
A. 一番古く開催されたマスタークラスはインド音楽で、今もインド音楽の指導が行われています。インド大使館のなかには大きなセンターがあり、そこに音楽指導者が常駐していて、その方がモスクワ音楽院でもクラスを開講しています。またほかにも中国音楽のマスタークラスも充実していますし、イラン古典音楽の指導にも非常に力を入れています。またトルコの伝統音楽の指導、特に今年はスーフィーの音楽指導が集中して行われる予定です。日本音楽以外では、これらが主たる四本の柱となります。世界音楽文化センター内にそれぞれの分野を専門とする演奏家・研究者がおり、彼ら/彼女たちを中心に企画が練られ、結果的に主軸となっています。また別の国を専門とする人間が現れれば、その人物を中心とした企画が始動する可能性は大いにあります。
西洋クラシック音楽を伝統的に教えてきた音楽院ですが、音楽祭「日本の心」は日本音楽に特化し、毎年開催しきた唯一の音楽祭です。つまり「イタリアの心」とか、「アメリカの心」といった音楽祭は存在しません。「日本の心」がなぜ成立し、継続されてきたかと言うと、やはり中心になって進めるキー・パーソンたちに恵まれたということに尽きます。

Q. 世界音楽文化センターの活動は、モスクワ音楽院内でどのように受け入れられているのですか。
A. 音楽院内では90%以上の関係者が西洋音楽にかかわっているので、もちろん当初は、なぜこうした異国の音楽を取り上げる活動が必要なのかと反撥が強かったです。しかし、少しずつ時間の経過とともに態度が変わりました。現在では色々な音を聞くことがいかに重要か、大勢が認識しております。

Q. チャイコフスキーの《ドゥムカ》を演奏し、息の長さ、節回し、語り方など、どこか日本の調べと通じるような印象を受けましたが、カラトゥイギナ先生は日本の音楽とロシアの音楽で何か通じるものを感じますか。
A. 日本の伝統音楽とロシア民俗音楽との関連性について、数年前に私の指導した学生が博士論文を書きました。私も両者にはどこか共通点があるように感じています。ロシアがキリスト教化される前の古い伝統的な響き、つまりアニミズム時代の響きとの共通性を認める音楽家もいます。

 

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