小さな本番を頼まれたら②(『若手音楽家のためのキャリア相談室9』)
箕口一美
スクリプト(台本)も丁寧に準備しましょう。
1. アウトリーチの活動例:「音楽のまち・おのみちプロジェクト」(2010~2012)
(本稿は2010年『ストリング』誌1月号に掲載された記事の改訂版となります。)
市長さんの発案で2010年から立ち上がった「音楽のまち・おのみちプロジェクト」のユニークさは、尾道を訪れるアーティストたちが、保育園や小学校、図書館、美術館などで、たくさんの「小さな本番」をしていくこと。市町村合併で、しまなみ海道の3つの島と、瀬戸内海の海辺の港町、そして中国山地の町の5つの異なる地域が寄り添う尾道市を、今クァルテット・エクセルシオといっしょに南から北に移動しながら、図書館を中心に「音楽絵本」というアウトリーチを行っています。
各地域の図書館は、こどもたちの心の成長を支える大事な拠点。司書の方々は、どなたもこどもたちへの温かいまなざしの持ち主です。読み聞かせのボランティア活動も盛んで、地域のこどもにとって、図書館は身近な、未知の世界に好奇心を羽ばたかせる玄関口になっています。
今回Qエクセルシオは、尾道市職員でこのプロジェクトの担当者Nさん(彼女も司書の経験者です)が、司書のみなさんと相談して選んだ2冊の絵本に合わせて音楽を選び、読み聞かせのベテラン・ボランティアのHさんといっしょに、1時間弱のプログラムを作りました。絵本の絵はパソコンに読み込み、プロジェクターで大きく投写します。目を凝らし、耳を澄ませて音楽と言葉に聞き入るこどもたちの集中力は、そばで見ていても大変なもので、ぽかんと口をあけて、生まれて初めて目の前で見る楽器を操る人の動きを追っています。一見厭きてしまったように見える小さいこどもでも、終わった後に聞いたばかりの旋律を口ずさんでいるのには毎回驚きます。
選曲にあたって、Qエクセルシオと話したのは、こどもたちにクァルテットの名曲をいろいろ聞かせてしまおうということでした。選曲に敢えて「こども向け」の音楽は入れません。かくして、きつねを絶妙におちょくるこぶたちゃんの活躍を彩るのはベートーヴェンの晩年の傑作、弦楽四重奏曲作品130(!?)と《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》の最終楽章(第1楽章でないのがミソ)、静かに明けていく夜はバーバーの《アダージョ》、ハイドンの《日の出》と《五度》、等々。お話を運んでいくためのBGMのような部分もありますが、途中じっくりと音楽だけを聴いてもらう部分も作ります。1冊10~12分で、今回は2冊とりあげました。
全体で45分ほどのプログラムを、Qエクセルシオはこんな風に構成しています。
図書館長のごあいさつ、主催者の趣旨説明(約3、4分)に続いて、 ① 入場の音楽(ボッケリーニ《マドリッドの帰営ラッパ》。チェロだけ先に着席し、他の3人が演奏しながら登場。Qエクセルシオの定番です。約3分) ② 絵本1冊目(楽しいお話中心で約10分。ベートーヴェン作品130はここで使いました) ③ 楽器紹介(スライドデータの入れ替えの間をつなぎつつ、《ツィゴイネルワイゼン》や《白鳥》のさわりを聞かせながら、楽器のお話(約10分) ④ 絵本2冊目(絵の美しさをじっくり見ていくタイプの絵本。やや大人っぽい内容で、バーバーやハイドンを長めに聞かせていきます。約12分) 最後に、今見た(聞いた)絵本が図書館にありますよ、という図書館からの説明があって、ほぼ45分になります。
さすが「小さな本番」の場数をたくさん踏んできている団体は、ちゃんと時間内に収まるように、内容を構成しています。主催者の「だいたい授業の長さ(45~50分)に収まるように」というリクエストがあったときに、その尺いっぱいのプログラムを作ると、必ず終わりが伸びてしまいます。というのも、こういう「小さな本番」に、主催者の方たちのあいさつや趣旨説明が入るのは定番なのです。その時間も予め計算にいれておいて、5分くらいは短く構成しておく方が得策です。
尾道市も吹奏楽が盛んな町。これは管楽器の方々の長い地道な努力の結果ですが、今全国どこに行っても、こどもたちは(かつてこどもだった大人たちも)管楽器、特にビッグバンドが大好きです。身近にやっている人が多くて、演奏を聴く機会も学校行事やバンドの定期演奏会などで頻繁にあるのです。それに比べて、弦楽器は「敷居が高くて敬遠されてしまって(担当Nさん談)」います。弦楽器をやっている人があまり多くなく、楽器を見る機会も少ないのです。
最初に出会う生演奏のインパクトは、音楽への興味や関心を持つ一番理想的な入口。今回訪れた小学校の校長先生が、音楽はCDで聞くのと違う、生で聞くのがほんとにすばらしい!と言っていました。弦楽器のスケールの繰り返しが、管楽器のロングトーンの練習のように学校の廊下に響いている、というところまでは、一足飛びには行きませんが、いろいろな形での「小さな本番」がこどもたちの(そしてその周囲にいる大人たちの)身近で行われれば、弦楽器大好き!特に室内楽!!という人が増えてくるに違いありません。弦楽四重奏などの室内楽は、難しいから誰も聴かないのではなく、知らないから、出会う機会がなかったから、敬遠されているだけです。
ホントは最初に生で出会う音楽が室内楽であるのは自然なこと。「小さな本番」は、人が音楽のすてきな聴き手に育っていく大事なゆりかごみたいなところですから、それを頼まれたみなさんの責任は重大です!
2. 「小さな本番」のためのスクリプト(台本)作り
そんなゆりかごを上手に準備するために大切なのは事前の準備。というわけで、今回の本題「小さな本番」のためのスクリプト(台本)作りに入りましょう。
① クラシック音楽ならではのおもしろさ、楽しさを伝えるつもりになろう
前回「小さな本番」のための選曲(プログラム)をしました。曲を選んでいく過程で、いろいろなことを考えているでしょう。その「いろいろなこと」が、曲と曲の間でお話しする内容のタネになります。あれこれ考えたことをちょっと整理してみると… ▶ なぜその曲を選んだか? ▶ その曲についての、自分なりの思い入れや思い出は何か? ▶ その曲を巡って、自分が知っていることは何か?
頭の中で直感的に、あるいは漠然と考えていたこうした内容を、紙に書き出してみましょう。書いてみることが肝心です。箇条書きで構いません。
もしどうしても書けないときには、誰かに話を聞いてもらって「あなたの言いたいことは、こういうことかしら?」と纏めてもらうのもひとつの方法です。
具体的な例を挙げてみましょう。
ある若い弦楽四重奏のグループは、ちょうどショスタコーヴィチの第8番に取り組んでおり、アウトリーチでもこの作品を入れたいと思いました。今自分たちが真剣に練習している曲を聴いてもらうというのは正しいやり方です。でも、アウトリーチ先は小学校4年生のクラスでした。初めて弦楽四重奏曲を聴くことでしょうし、生でクラシックというのもほとんど経験していないでしょう。しかもこの曲は単一楽章で、全部演奏すれば20数分かかります。
45分の授業の後半約25分に全曲を聴かせることを、4人は決意しました。そして、残り前半の20分弱は、この曲を飽きずに聴いてもらうための準備になるよう構成したのです。
組立の話し合いで、この曲に取り組むことを提案したチェロ奏者は、自分自身の作品への思いを語りました。戦争でゆえなく犠牲になった人への共感と平和の大切さ。そんなことをこどもたちに伝えたい。音楽は人の思いや願い、祈りを心に直接届けるものだということを知ってもらおう。このアウトリーチの「主題」について、4人の意見は一致しました。
ただ、初めてこの曲を聴く人が、そうした作曲家の思いを音楽の表現から感じるためには、ヒントや説明が必要です。アイディアをいろいろ出し合って、前半10~15分は、教科書に出てくるアンダーソンの楽しい曲などを使って、楽器の説明と弦楽器のいろいろな奏法を説明する時間にしました。実際こどもたちが楽器を持って音を出す体験コーナーも入れました。演奏者とこどもたちの間がすっかりなじんだところで、第8番の曲について、楽器の特殊奏法などとも関連づけながら、込められた思いと中に出てくる音楽表現が表しているものを説明して、後半一気に1曲聴かせる、という作りにしました。
音楽を聞きながら、そこに人の喜怒哀楽や言葉にならない情感、深い意味を自分で発見していく――クラシック音楽を聴く醍醐味はそこにあります。
この4人が構成した小学生のためのプログラムは、こどもたちがそうした発見の喜びを体験できるように言葉での説明を加え、聴き始めたら、後は自分で走っていけるような、補助輪の役割を果たせるように作っていました。
② なんとかなるさ・・・は禁物。話すリハーサルも入念に
さて、こうしてできあがった「ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番を聴かせるアウトリーチ」も、実際練習を始めるとなかなか大変でした。
まず、話したいことが実際言葉になって口から出てこない。4人で役割分担して、プログラムの構成もお互い分かっているのですが、頭で理解したことが即話せるかというと、なかなかそうはならないのです。なぜならば、「練習していないから」。
アウトリーチの組み方の教科書としてとても役に立つ、David Wallesさんが書いた『Reaching Out: A Musician’s Guide to Interactive Performance』(McGrow-Hill、2007、日本語版未出版)の中で、演奏とお話を組み合わせたプログラムで「陥りがちな10の失敗」のひとつに、「演奏の練習はしても、話の部分について、練習を怠ることで失敗する」ということが挙げられています。
プロの音楽家が練習せずに本番に臨むことなど絶対にありません。きっちりとさらい込んで本番にかけるのが当たり前。人前で話すことにも、同じような練習が必要です。アウトリーチ先進国のアメリカでも、こうして敢えて注意を喚起しているということは、音楽家が話の部分についての準備を少し軽く考えているという傾向があるからなのでしょう。
話すべき内容をきっちり一字一句書き下ろすことをお勧めします。特にまだこうしたやり方に慣れていないときや、しゃべりに自信がないときは、絶対に必要です。
本番でその紙を手にして、それを読んだっていいのです。なによりも大切なのは、そこであなたの言いたいことが伝わって、その後の演奏を聴いてもらう助けになることですから。
❖ 「アウトリーチ 進行&シノプシス」
話すことを全部書かないまでも、必ず進行表を作りましょう。「9 付録資料「アウトリーチ 進行&シノプシス」」の表を見てください。
ここに、まず全体の流れを記入します。導入から終わりまで、曲に即して、いくつかの部分に分かれていると思いますので、それぞれに番号を振っておきましょう。
若い演奏家のためのアウトリーチ研修会では、そういう部分を「パーツ(部品)」と呼んでいます。それぞれのパーツの目的や内容をはっきりさせておくと、後で応用するときに便利です。
2、3列目には、始まりから何分経ったら、そのパーツが始まるかを書いておきます。限られた時間の中で、各パーツが長すぎたり、短すぎたりしていないかを確認するための指標です。
3列目には、曲目の情報をすべて書いておきましょう(調性、作品番号、副題なども)。分かっているつもりでも、いざ人に話そうと思うと出てこないときもありますから。
4列目には、その曲を使って、何をするのか(楽器の説明、音色の説明、などなど)、その曲を使う狙いはなんなのか、話す順番で箇条書きにしておきます。
この紙がアウトリーチの現場に立ったあなたのプロンプター役を果たしてくれることは間違いありません!
③ 必ずやってみよう、「通し稽古」――アドバイスを求める
そして、とても大事なことは、実際に本番にかけるまえに、誰かに一度通し稽古を見てもらいましょう。
通し稽古は、やってみて初めてわかるぎこちなさや不足を発見させてくれますし、実際にどれくらい時間がかかるのかがわかります。お話の練習にもなります。
音楽絵本をやったクァルテット・エクセルシオも、読み手とのリハーサルに5、6時間かけています。
誰かに見てもらうと、聴き手から見て、お話と音楽のタイミングが間延びしていたり、逆に飛ばしすぎていたりする部分や、わかりにくい部分を指摘してもらえます。
次回は「小さな本番」の現場に、話を進めます。