コーヒーブレイク⑦~音楽家の生き方 あれこれ-2(『若手音楽家のためのキャリア相談室35』)

箕口一美

ガラテア・クァルテット、その後:新進気鋭のクァルテットが見せた起業家根性

(本稿は2011年『ストリング』誌9、10月号に掲載された記事の改訂版となります。)

今は更新を止めてしまったブログに、ガラテア・クァルテットが登場したのは、2005年7月のこと。前回「音楽家の生き方あれこれ1」にも出てきたカルミナ・クァルテットのチェロ奏者、シュテファン・ゲルナーが「日本人が入っている優秀なグループだ、面倒見てくれ。」とメールを寄越して、この若者4人とのつきあいが始まりました。

レッジョ・エミリアまではるばるやってきたメンバーのひとりである日本人ヴァイオリン奏者の相談ごとは、「スイス国内のコンクールをとった。そのご褒美に、2006年4月までだったらば、どこでも演奏会を開けば、その出演料や開催地の交通費や宿泊費をだしてくれる。仲間3人は自分の出身地(当然スイス国内だったりヨーロッパ域内)でさっそくコンサートをつくった。あなたも日本でコンサートをつくってよ、と言われているんです・・・どうしたらいいでしょう?」でした。まさに、『Beyond Talent』の典型的トピックスのひとつです。この本をまだ翻訳する前だった私は、思えば、ずいぶんと気落ちさせるようなことを言ったと思います。

少し長くなりますが、その時ブログに書いたことを引用します。

「四重奏の生演奏を自分たちでお金を出さずに聞けるのはありがたい、と思う主催者や音楽愛好家たちの集まりが、大小規模の違いはあってもあちこちあるヨーロッパならば、このスイスの財団のご褒美は、若手グループの演奏機会を広げる後押しになるだろう。

そして、日本・・・だ。たくさんの音楽留学生がこの国からやってきて、かなり優秀な人たちもいる。たくさんのヨーロッパの演奏家が招かれてコンサートを開いている。アジアの中でも日本はクラシック音楽が隆盛を誇っていると見えてしまうのも仕方がないだろう。

が、しかし、日本で行われているコンサートの実情、弦楽四重奏が置かれている状況は、全く無名の弦楽四重奏団を、へえ、面白そうだ、聴いてあげようか、おお、ギャラも費用もかからないのか、じゃあ、いつもやっている近所の教会の牧師に言って、ちょっくら会堂を貸してもらおうか・・・なんてことにはならない。まず、場所を借りるにもお金がかかる。ちょっくら借りれる場所はないのだ。定期的に集まってくる音楽好きたちがいるわけでもない。自分たちで会場費を払ってでも、おもしろそうなものは聴いてみよう、若い人を応援しよう、という動きはない。少なくとも、あんまり、ない。聴き手が自発的に集まってできた主催者というのは、ほとんど存在せず、多くのお客さんたちは、既製品をカタログショッピングで買うように、チケットを買う。定期会員として演奏会シリーズを応援しようというメンタリティを持っている人は、まだ少数派だ。

そもそも日本への渡航費はどうするの? 家の広さを考えると、実家にあと3人泊められる? 東京の宿代は高いよ。国内旅費もべらぼうだ・・・他の3人があっさり自分の地元にコンサートをつくった、というのと比べものにならないほど、条件が厳しいよ・・・。

一生懸命チューリヒからやってきたお嬢さんに、ひどいことばかり言ってしまったけれど、他のメンバーに黄金の国ジパングの夢を見られても、困るし・・・いろいろわかりました、ありがとうございましたと、きちんと挨拶をして去っていく彼女の後ろ姿に、力及ばずゴメン、日本はまだSQ夜明け前なんだよ・・・とこちらもかなりビターな気分になってしまった。シュテファンが必ず持って行け、と言いました、と言って、手渡してくれたのは、彼女の弦楽四重奏団の演奏の入ったCD。

宿に戻って聴いてみた。すでに学生のお勉強の域を越えて、成熟したアンサンブルに向け、これから練っていくぞ、という意欲と可能性を秘めた初々しい演奏だった。幼いけれど、自分の顔を持っている演奏、と、パイゾQのミケルあたりならいいそうだ。そう、まずここまでこなければ、戦えない。来年2月グラーツで行われるフランツ・シューベルト・コンクールには出るつもりです、とも言っていた。

今日彼女からメールが来た。スイスの財団に渡航費を出して貰えることになりました!!友達のつてで、郊外に留守宅で空いている家を借りられる目処もつきました!!!次はどうしたらいいでしょう??

わたしは再び脱帽した。弾きたいのだ、彼女は。一生懸命研鑽を積んでいるこのグループで、この演奏を聴いてもらいたいのだ。

弾きたいと思う人間を育てる仕組みは、この国ではしっかりできあがったといってよいだろう。けれど、これを聴いてやろう、と思う聴き手を十分に育ててきたのだろうか。ここ数日、彼女とのメールのやりとりが、ちょっと心に重くのしかかるだろうなぁ…。」

結論からいえば、ガラテアQは、翌年しっかり日本にやって来ました。友人や親のつてを最大限に活用して、全部で5コンサートくらい弾いたはず。私も人脈を駆使して、東京国立博物館に紹介、無料のギャラリーコンサート実現にこぎつけました。

彼等は、駆け出しの若手演奏家ならば、こうして演奏機会を広げなさいとアンジェラが書いていることをほぼ忠実に実現させて見せたのです。つまり、まずは一番身近なひとたち(=親やその友人)にお願いして演奏機会を作り、自分の先生を通じて日本の状況を教えてくれる人(=私やその連れ合い)に相談し、終わってみれば、わずかではありますが、ガラテアQの名前と演奏を心に留めるひとたちを東京とその近郊に作り出すことに成功しました。ささやかでも、この先何十年もこの世界でキャリアを続けていくつもりならば、必ず踏み出さなければならない最初の一歩です。

私は弾きたい。その思いを現実のものにするために、彼等は演奏する以外の努力を怠りませんでした。ただ待っているだけでは、誰も自分達に声をかけてはくれない。当たり前のことですが、多くの若手演奏家が陥る落とし穴――誰も私のことを見てくれない(注目してもらう努力をしていない、あるいは見当違いの努力をしているだけのことなのですが)と萎縮してしまい、やがて周りが悪いと思い込み始めるダウンスパイラル――に嵌まらず、正しい努力――遥々チューリヒから北イタリアの町までやってきて、先生がつけてくれたコネを捕まえる、もらったアドバイスや提案にちゃんと答える、等など――を重ねていました。

ガラテアQとは、その後いくつかのコンクールで、競い合う若者たちの一組として再会し、その成長ぶりを確かめて来ました。そして、この6月、チューリヒで会った彼等は、またとんでもない「努力の結果」を報告してくれたのです。

「まず、ソニー・スイスに電話しました。そうしたら、会ってくれるというので、すぐに会いに行きました。もちろん、自分たちを知ってもらうための材料として、最新の録音を持って。それから、今自分たちが何に関心をもっているかも、まとめておきました。」

ガラテア・クァルテットのチェロ、ジュリアン・キルヘンマンが、あまりにさりげなく話し始めたので、思わず遮ってしまいました。「あなた、電話をしたって、いきなりソニーに??」ジュリアンはにっこり頷いて、「そう、だってソニーですから。」

2011年8月末に日本にも入ってきたガラテアQのソニー・レーベルデビューの一枚は、一本の電話から始まったのでした。

ジュリアンは、カルミナ・クァルテットのシュテファン・ゲルナーの弟子です。シュテファンは「社長」の異名をとるほど、カルミナ・クァルテットが関わるプロジェクトのほとんどを、売り込みから実現まで一手に引き受けてきました。そんな師の背中を見て育ったせいか(?)、ジュリアンもガラテアQの若社長として、目をきらきらさせながら、CDが出来るまでを語ってくれました。

その話には、成功への鍵をきちんと押さえて結果を出すためのヒントがいっぱい。『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』読者の方々にはお馴染みのフレーズがいくつも出てきます。

1.勇気を持ってアプローチすること、断られてもめげないこと。

ジュリアンは事も無げにいいましたが、電話をする、というのは、とても勇気がいることです。初対面の人に会うよりも緊張します。うまく相手を捕まえることが出来ても、話すべき内容がきちんと纏まっていなければ、忙しい相手は早々に電話を切ってしまうでしょう。電話をする前に、伝えたい要点を紙に書いて、独り言でもいいので、リハーサルをしておきましょう。

断られても、がっくりしないように。ガラテアQも、この契約を手にする前にどれほど苦い思いをしてきたことでしょう。相手が単にその瞬間忙しいだけかも知れません。何とか名前だけでも聞いて、次の機会を待つことも重要。転んでも、ただでは起きないこと。

2.会ってくれると言ったら、すぐにアポを取ること。決して先送りしない。

その場で相手にもスケジュール帳を開かせる勢いで、アポを取りましょう。明日ならと言われても躊躇わずに。その瞬間、手帳に「リハーサル」と書いてあっても、もし取れそうなアポが人生の重要な転機になるものだったらば、そこは決断です。特に相手が滅多なことでは会おうと言ってくれないような人だった場合、ためらいを見せることそのものがチャンスを失うことになることも肝に銘じておきましょう。もちろん、その後で先約の仲間には、事情を話して謝ることをお忘れなく。

3.会うときには、準備を周到に。相手を説得するために何が必要かを考える。

アポが取れたジュリアンたちが真っ先に考えたのは、「何を録音したいと言うか」でした。何百、何千もの録音が存在するベートーヴェンやハイドンを持ち出しても、相手にもしてくれないだろう。ソニーと言っても、スイスのローカルレーベルであることを考えて、彼らは自国の作曲家に焦点を絞ることにしました。エルンスト・ブロッホが俎上に上がります。次にどんな作品があるかを調べていきました。今回、話題のひとつになっている初録音の初期作品がアメリカの国会図書館にあることが分かったのもこのときです。

彼らの作戦は大成功だったと言えます。レコード・レーベルが今何を求めているか、若い無名のグループでも取り上げてみようと思うに足る理由は何かを、ガラテアQは研究しました。シュテファン「社長」の助言もあったとのこと。相手が言いそうなことを先読みし、そこにジャストフィットする答えを準備していたのです。売り込みを断りたいと思っていたらば、ガラテアQは相当に手強い相手だったことでしょう。

4.会ったらば、準備してきたことに拘りすぎない。相手の提案にも積極的に耳を貸す。

こんな風に用意していったものが、とんとん拍子に決まるというのは、周到だったとはいえ、滅多に起こりません。相手が求めているものと自分たちがやりたいことがどうしても合わないことの方が多いもの。そのときには、相手の提案や考えを、しっかり聞きましょう。自分たちの作戦がうまく行かなかった理由が、相手の言葉の中から見えてきます。仕事に直接結びつかないアポだったとしても、失敗から得られる事の方が、次の機会を獲得するヒントをたくさん含んでいます。

準備してきたことが一蹴されても頭に来たりせず、まだ脈がありそうかどうか、相手の出方をじっくり観察して、もう一度出直させてもらう次のアポを取るくらいのつもりで。

5.一度方向が定まったら、4人で(仲間で)結束し、力を合わせて、プロジェクト遂行!

ブロッホで決まった後のガラテアQは、レコーディングそのものへの練習以上にいろいろなことで大忙しになりました。アメリカ国会図書館にある手稿譜を取り寄せて、自分で校訂したり、演奏譜にしたり、誰にプログラムノートを書いてもらうかを話し合って決めたり。初めて弾く曲ばかりですから、練習そのものだって大変だったはずです。

もし、ここでメンバーのひとりでも「ジュリアンが変な曲やるっていうから…」とか「なんか、この仕事、面倒すぎない?」などと言ったら、どうなると思いますか? クァルテットのためにと思って一生懸命やって来たジュリアンがへこむばかりでなく、アンサンブルの結束もがたがたです。小さなアンサンブルの中で、全員で取り組むことについて、誰かひとりでも他人事のような態度や言動をとることはNGです。大人のすることではありません。レコーディングのような全員がそれぞれの力を存分に発揮して取り組まなければならない大仕事では、ちょっとそう思ったとしても口には出さず、まずは目標に到達することに集中する、というのがプロの仕事です。すべてが終わってから反省という形で話せば、次に向けての建設的な意見になる可能性だってあるのですから。

楽譜だけではなく、出来れば音も聞きたいと言ったプログラムノートの筆者に、「あ、ちょっと待って。この前の練習の録音があるから」と、自分のアパートまで自転車で走って行き、CDに焼いて持ってきたジュリアンに、「おぬし、プロよのお」とつくづく思いました。

4人が力を合わせてCDを作る――音楽家自身がそうしたプロダクションに関わることはいまや普通のことになってきました。そのチャンスを掴むところから、仕事は始まっています。仕事は来るものではなく、掴むもの。その底には、「わたしは弾きたい」という強い思いがあるのを見せてくれたのが、ガラテア・クァルテットでした。

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