音楽家のビジネス・マネージメント④(『若手音楽家のためのキャリア相談室15』)

箕口一美

お金の出入り管理編1「わたしは毎月いくら必要かを見定める」          ――出ずるを計って、入るを制す

 

1. 文化芸術活動を支えてくれる、ありがたい仕組みには、申請書がつきものです

(本稿は2010年『ストリング』誌7月号に掲載された記事の改訂版となります。)

昨日まで助成金の申請に丸々一週間追われていました。できあがった申請書は30ページ! それに各種参考資料を加えたら、優に5センチを超える厚さになっていました。

いずれ取り上げるつもりですが、文化芸術活動を経済的に支えてくれているのは、国や地方自治体、民間の財団が行っている助成(グラント)という仕組みです。具体的には、アーティストやアーティストを支えている機関団体が実現しようとしている計画にお金を出してくれる、ありがたい仕組み。ただ、そのためには、計画が意味あるものか(芸術面で、社会貢献面で、教育面で、と評価の軸はいっぱいあります)、今実現するべきものであるか、これだけのひとたちがそれを必要としているのだ・・・等々、助成する側が定めたルールと方法に従って説明し、これだけお金が必要なので、いくらください、というところまで書き込んでいきます。

大変な作業ですが、音楽芸術という方向から考えて組み上げてきた計画を、それを実現させる「お金の仕組み」という方向から見直していく良い機会になります。こうした助成金申請書や計画書を書くときには、計画に盛り込まれているひとつひとつのコンサートやプログラムを、会場費、楽器を借りたり運んだりする費用、手伝ってくれる人を雇う費用、印刷物を作る費用、宣伝や広報をするための費用、演奏者に払う謝礼や交通費に関わる費用・・・という目で仕分けていくのです。

やっていることは、確定申告をするために自分が使ったお金を仕分けていくのと同じこと。それぞれの費用をすべて積み上げてみて、さて、このコンサートやプログラムのチケットを売ったらどのくらいお金が入ってくるかを計算すると・・・げ、全然足りない・・・ということが、クラシック音楽のコンサートの場合は本当にいつも起こります(この部分、太字にしてポイント数を上げて書きたいほど)。そこで、助成金申請や協賛のお願いが俄然意味のあることになってくるのですが・・・詳しいことはまたいずれ。

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2. 出づる(支出)を計って、入る(収入)を制す

とはいえ、みなさんが毎日生きていくことも、ひとつのコンサートと同じ。かかる費用(経費)があり、仕事をして入ってくるお金がある。プロの音楽家として歩み始めた若い音楽家であるあなたは、いったいどれくらいのお金を必要としているのでしょうか。それが今回のテーマ「出づる(支出)を計って、入る(収入)を制す」、わたしはどれだけお金が必要か、です。

ふつうは「入るを計って、出づるを制す」と言います。「収入がどれほどあるかを予めきちんと計算し、無理や赤字がでないように、支出を抑える」という意味です。常識ですね。でも、ここでは、敢えて逆の方向から考えていきます。

自分が今送っている生活がどれほどの「経済規模(=お金の出方)」で成り立っているかを掴むことが第一歩です。

特に、これまで親の被扶養者(親に養ってもらっている人)になっていて、学費や生活費のほとんどを自分で稼いでいなかった、ちょっとした演奏仕事でもらったお金は自分の好きなように使っていられた人(最近はあまり多くないと思いますが)は、そのあたりが少し放漫になっている可能性があるので、ここでぐっと現実を見据えてみましょう。

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3. さあ、具体的に確認してみましょう!

まず、紙に次の質問の答えを書いてみてください。

質問1:1年間にどれくらいお金があれば、あなたはハッピー? (これがすぐにピンとこなかったら)

質問2:1ヶ月にどのくらいお金があれば、あなたは生活できる? (単純に考えれば、その12倍が1年分です)

質問3:確定申告のために仕分けてきた過去3ヶ月の支出を一度計算してみましょう。経費も生活費も含めて、支出の項目はそれぞれいくらになりましたか? 出来ればそれぞれの項目が支出全体に占める割合を出して、円グラフにしてみましょう。

質問4:このお金の使い方で、あなたはハッピーですか?

質問5:(少しお金のことを離れて)音楽家として、個人としての計画を3年先、5年先まで考えてみましょう

質問6:その計画を実現するために、お金がどれくらい必要ですか?

質問7:質問3で作った過去3ヶ月の支出と、お金の使い方の傾向を見て、質問6の計画を実現するためのお金が出てきそうですか?

質問8:出てこないとしたら、どうすればいいと思いますか? (節約、貯金、など)

質問9:ところで、いまあなたは1ヶ月にどのくらい仕事をして、どのくらいお金をもらっていますか?

質問10:それは十分ですか、足りませんか?

質問11:今の仕事の仕方で、自分の音楽面での研鑽を積む余裕(きちんと練習時間や勉強の時間をとる)がありますか?

質問12:研鑽を積む時間、3年(5年)計画を考えに入れたら、1ヶ月にどのくらい仕事をして、どれくらいのお金を稼げばいいですか?

今全部答えられなくても構いません。大切なことは、この質問に全部答えられるようになることです。少なくとも、プロの音楽家として、音楽を仕事として食べていける(収入を得る)だけではなく、一人前の社会人としても生きていくつもりであれば、一度真剣にこの12の質問に取り組んでみてください。

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4. お金のバランスとハッピーのバランスはつながっている?

質問の意味をひとつひとつ見ていきましょう。 質問1:1年間にどれくらいお金があれば、あなたはハッピー? 質問2:1ヶ月にどのくらいお金があれば、あなたは生活できる?

この質問にすぐに答えられたら、もうあなたはすでにプロとしてかなりの自覚が出来ていると言えます。でも今すぐ答えられないからといって、プロではない、という意味ではないので、誤解のないように。答えはいっしょに見つけていきましょう。

この質問のオリジナルは、カーネギーホールにあるWeil Music Institute (WMI) のマネージャー、アン・グレッグさんに教わりました。WMIに集まる若い演奏家たちのキャリアカウンセラーもしているアンさんは、「仕事が少ない、生活できない、どうしよう」と相談を受けると、まず「あなたは1年間いったいどれくらいのお金があったらハッピーなの?」と質問するそうです。ほぼ、全員が、え?という顔をする。

そこで彼女はすかさず、「じゃあ、1ヶ月だったら?」と質問しなおす。と、やっと具体的に考え始められる。ええと、まず家賃があるでしょ、交通費だってばかにならない、個人レッスンも受けているし、楽器のローン、奨学金の返済・・・アンさんはそれを聞き取りながら、足し算をしていく。出てきた数字を見て、若い演奏家はほぼ誰もが言うのだそうです、「あれ、これだけじゃないはず。もっと使っていると思う。これなら今でもお金が足りないなんて思わないかも。何がいけないのだろう・・・」

アンさんがこの質問で気がついてほしいのは、「仕事が少なくて、お金が足りない」という前に、自分のお金の使い方が「荒くないか」ということだそうです。そして、金遣いが荒い生活をしていないとしても、その人がハッピーに暮らしていると感じなければ、無理の多い節約をしている可能性があって(それこそ食べるものを削ってなんていうのは、結局身体を壊して高い医療費を払うことになるのでいいことはないのよ、とアンさん)、この「ハッピーな」という形容詞は、言葉のアヤではなく、とても重要なチェックポイントなのです。

今のあなたが、ハッピーに暮らすには、いくら必要か。さあ、ここで「来年の確定申告を目指して」こつこつと支出を記録してきたあなたなら、アメリカの若者が見落としている細かい出費もきっちり掴んでいるはず。質問3に答える準備はOKですね。

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5. まずは自分のお金の使い方を把握しましょう

質問3:確定申告のために仕分けてきた過去3ヶ月の支出を一度計算してみましょう。生活費も経費も含めて、支出の項目はそれぞれいくらになりましたか?

家族と一緒に住んでいるか、ひとり暮らしか、仕事場との距離が遠いか近いか、仕事の多い月だったか、少ない月だったか・・・などなど、ここはひとりひとり全部事情が違うので、一般論での説明が難しいところです。ホントは個別カウンセリングをしたいところ。

ただ、いくつかチェックポイントがあります。

① 間違いなく毎月出て行く支出はどれで、全部でいくらになっているか。それが支出全体のどのくらいを占めているか。 ② 毎月ではないが定期的に出て行く支出はどれで、年間いくらになるか。それを12ヶ月で割ったのが月々の支出になるので、これも①に加えます。 ③ 外での飲食(外食費)と、家で支度する食費を分けて、それぞれいくらかかっているか、計算する。外食だけという人は、外食=食費です。 ④ 外での仕事が多い人は、仕事先から交通費が出ていないケースを累積してみる。

①の固定的支出(何がなんでも出て行ってしまう支出)には、年金、健康保険料、生命保険など自分のための福利厚生費、地方税などの税金も含まれます。もしこうした支出がまだない、としたら、近い将来必ず増える支出です。あなたの経済規模はまだ大きくなる可能性を持っているということです。今なんとか収支のつじつまがあっていても、払っていないので分からない「見えない赤字」を抱え込んでいる、ちょっと綱渡りの状態です。

次は食費。家で食べるにしろ、外で食べるにしろ、人は食べなければ生きていけません。一番切り詰めてはいけない支出です。

家庭科の授業で「エンゲル係数」という言葉を習いませんでしたか? 消費支出に占める食費の割合で、この数字が大きいほど、生活が苦しい(食べることが支出の多くを占めてしまう)ということになっています。総務省統計局の「家計調査年報」によると、2008年の日本の総世帯平均のエンゲル係数は23.2%、単身家庭(ひとり暮らし)で23.0%。比較的物価が高いところが多い関東圏でもこのところ23%前後の数字です。今の日本に生きていて、食費がこの程度に収まっているならば、人並みの生活だということになります。

お、わたしのエンゲル係数40%ごえ、なんて人はいませんよね。そういう場合、よく見ると食費ではなく「飲み費」になっていませんか? これは反省のポイントですよ!

若い演奏家がよく訴えるのは、交通費の高さです。確かに、仕事のための移動にかかる経費は馬鹿になりません。交通費節約のために、仕事が集中する地域に住むという選択肢もありますが、今度は家賃が高い。

家族と住んでいて家賃がかかっていないならば、それを利用する方が、かけだしのころはよいでしょう。とはいえ、いつかは独り立ちしなければならないわけですから、これも近い将来支出を増やす「見えない赤字」の部分です。この後の質問に出てくる「将来計画」の大事な部分として頭の片隅においておきましょう。

すでにひとり暮らししている人の場合は、自分の支出傾向を把握して、家賃と交通費のバランスを再検討してみてもいいでしょう。わたしが緑多い深大寺を離れて都心暮らしを始めたきっかけは、深夜に及ぶ仕事(とその後のおつきあい)で毎月かかるタクシー代を家賃に足したら、仕事場まで歩いて行けるところにそこそこの広さのアパートを借りられるということに気がついたからでした。往復2時間の通勤が、徒歩と地下鉄で片道15分になり、身体も楽になりました。つまり、支出の分析をした結果「ハッピーになる」きっかけを見つけたのでした。

質問3の答えを見ると、自分が月々いくら使っていて、その使い方にどんな傾向があるかをだいたい掴むことができるはずです。支出傾向の理想モデルはありません。現状を掴んだあなた自身がこのバランスをハッピーと思うかどうかが、次の質問の重要なポイントです。

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6. 少し遠くを見つめることも大事です

質問4:このお金の使い方で、あなたはハッピーですか?

もし健康保険や年金を払えていなかったり、生命保険も未加入だとして、その状態はハッピーですか? 固定的な支出がとても多くて、食費を切り詰めたり、新しいことを始めようとしてもその余裕がないというのはハッピーですか? そこまでハッピーでない理由がはっきりしていなくても、なんとなくこのお金の出ていき方はハッピーじゃないと思ったらば、支出傾向をじっくり分析してみましょう。本当に必要な支出とそうでもない、ちょっとだらだらとした支出(余計なコンビニ買い物、ちょっとした衝動買い・・・あ、自分も耳が痛い…)。不要な支出は減らし、ハッピーになるために必要な支出を計算してみましょう。

質問3の支出総額から不要な支出を減らしたものが今最低限必要としている金額で、それに「ハッピーになるために必要な支出」金額を足したものが、今あなたが必要としている月々のお金。12を掛ければ、1年間に必要な金額になります。その金額を仕事で収入として得られれば、あなたは当面ハッピーのはず。

でも、人間、出来ればずっとハッピーでいたいもの。そんなわたしのハッピーは何だろう・・・と思い至ったら、質問5に取り組む準備完了です。

音楽家として生きていくわたしのハッピーは、少し遠くを見つめることで見えてきます。

質問5:(少しお金のことを離れて)音楽家として、個人としての計画を3年先、5年先まで考えてみましょう

次回は、3年先、5年先から今を考える計画とお金について考えます。

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