「音楽家として生き残るためには」(第 3 回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)

音楽創造・研究センターでは、卒業後の活動を視野に入れた支援として、特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」という講演会シリーズを開催しております。こちらのページでは、2017年度の第3回でご登壇いただきました須川展也先生のご厚意により、その模様を講演録として掲載いたします。当日は須川先生の実演つきでご講演いただきました。
これからプロの音楽家をめざしたい方、卒業後にフリーランスのアーティストとして活動していきたいと考えている方々に、意識作りの一環として、ぜひ参考にしていただきたいと思います。

音楽学部特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」
  音楽創造・研究センター「講演会シリーズ」第3回 「音楽家として生き残るためには…」
  2017 年 6月 26 日 (月) 18:00~20:00
  東京藝術大学音楽学部 5-109教室

講師 須川 展也 先生(サクソフォン) ピアノ 小柳 美奈子 先生 
須川展也先生の外部Webページへのリンク


0. はじめに

みなさん、こんにちは。今日は皆さんに役に立つ話が少しでもあればと思ってまいりました。曲を吹きながら、自分が今まで歩んできた道にもとづいて話していきたいと思います。では早速ですけれど、まず演奏から入りたいと思います。1曲目はカッチーニの《アヴェ・マリア》という曲です。小柳美奈子のピアノとともに演奏いたします。

♪1 Caccini, “Ave Maria”

この曲は、演奏活動をするなかで、ニーズの多い曲、リクエストの多い曲です。こういう曲のリクエストを受けるようになったのも自分にとっては幸せなことでした。結局今では、吹ける場所があればどこで吹いていても楽しく、幸せに思います。この演奏の場に、ずっと変わらない自分の人生があるなと感じています。ですから街角であろうが、文化会館であろうが、学校であろうが同じ、という心構えをずっと貫いている方が良いのかなと思っております。

さて本日の講義は「音楽家として生き残るためには…」と題し、『3つの柱』を軸に、卒業後の演奏を考えるにはどうしたら良いかということについて、自分の経験をもとに話していこうと思います。

音楽家として生き残るために一番大事だと思うことは、1の「挨拶とアピール」です。挨拶というのはもちろん、「おはようございます」から始まりますけれども、音楽界への挨拶という意味の挨拶もあります。また自分はこういう人間です、こういう演奏ができますと他の人たちに知らせるという意味の挨拶もあります。ここでは挨拶とアピールを同じような意味で使っています。これがまず最初に大事なことではないでしょうか。

次に大切だと思うのが、2の「耳を開く」です。色んな社会のニーズで、さまざまなことを敏感に感じ取る、ということを意味します。自分のごく身近にいる周りの人たちだけじゃなくて、黙っているお客さんの中からも何かを感じとりましょう。音楽を全く知らない人から聞き取る、感じとることもあります。そういう様々な声を感じるということ、これが耳を開くということです。

そして3つ目が「社会貢献」です。これが音楽家としての活動を継続するために、特に必要になるんじゃないかと思うことです。社会のために何ができるか、これが音楽家に分かれば、社会は応援してくれるのではないかということを最近よく感じています。ですから生徒たちにも社会貢献しろよ、今のうちから考えてろよということをよく言っています。

さあ、この3つがあれば、音楽家として生き抜いていけるんじゃないかということを、これから話していこうと思います。卒業後に、少しでも皆さんの拠り所にしていただければ嬉しいです。

1. 学生時代の活動:「挨拶とアピール」のはじまり

自分のことを少しお話していきましょう。高校時代は、東京藝術大学に入れば音楽家になれると思って、夢を持って藝大に入りました。でも藝大に入ったとたん、それは夢というか無謀な話だという現実を、先輩たちから聞かされました。「お前、楽器吹いて生きていくの? そんなの無理だよ、特にサックスだよ。ジャズでもやれば?」なんて。さらに「ジャズでも食えないしな」などなど。大学に入って、まずガーンっとなるようなことを言われました。でも実はそのときから、絶対生き残ってみせると思い始めていました。

とはいえその頃は、仕事らしい仕事もありません。唯一、自分の師匠からもらった一般大学の吹奏楽部のトレーナーというアルバイトをたった1つだけしていました。そのたった1つのアルバイトから、仕事としてのキャリアをスタートさせました。

またほかには、たまに知り合いに会うと、ちょっと演奏してくれないかといったお話をいただくこともありました。そうして30~40人が入る部屋みたいなところでミニコンサートを開くわけです。こんなかんじでチャンスに出会って、やっぱり演奏することが楽しく、それで燃えるのですね。でもそういうところにいるお客さんは、サックスのことも知らなければ、音楽のことも何も知らない人がほとんどです。どうしようかと悩むわけです。大学で習ったコンチェルトを吹いたところで、1曲聴いたらすぐ帰るに決まっています。どうにかしようと色々な小品を探していくなかで、最初の頃は、ヒット曲を探しました。

ヒット曲というとおかしいですけれど、お客さんも知っている曲を選び、まずは楽しんでもらう工夫をしました。これが最初に必要な「挨拶とアピール」です。お付き合いのできる方々に自分を売り込み、どんな場所でも演奏し、楽しんでもらうことを第一とします。

それでは今から初心に帰って、何十年ぶりかで当時、開拓した曲を演奏してみようと思います。スコット・ジョプリンの《ラグタイム・ダンス》という曲です。さあ皆さんも参加してください。僕が足踏みをしたら、皆さんはそこで手拍子をしてください。1回目はfで繰り返し、2回目はpでお願いします。いいですか、一番恥ずかしいのは僕ですからね。この曲を20代の頃、皆さんよりももうちょっと上の頃に演奏していました。

♪2 Scott Joplin, “Rag Time Dance”

この曲は、ヴァイオリンのイツァーク・パールマンさんと、ピアニストで指揮者のアンドレ・プレヴィンさんが演奏したCDがありまして、その影響を受けて、取り入れ始めました。最初、皆さんもちょっと照れましたね。やはり一般のおじさん、おばさんもいっぱい来ているなかで、参加型の曲をやるとみんな最初は照れます。でもこっちが照れずにやっていると、だんだんニコニコしてきてくれるんですね。

こういう曲を取り入れて、小さなコンサートをやっていきました。こうした楽しい曲をベースにして、現代曲も入れていきました。大学で勉強した曲をやはり演奏したいですからね。そのうちに少しずつコンサートの数が増えてきた実感を持つようになりました。

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2. 卒業後の活動:「耳を開く」のはじまり

ですが、当時は、サクソフォンの認知度の低さと常に向き合わなくてはなりませんでした。自分はコンクールでもそれなりの成績を取って、クラシックで藝大を出ていました。それでもやはり世の中の人は、サクソフォンのことを全く知りません。あるいはサクソフォンをやっていると言っただけで、「ジャズやってるんでしょ?」と返ってきます。「いやいやクラシックです」というと、「何があるの?」と言われてしまいます。何も知られていない時代です。オーケストラでは《展覧会の絵》とかでちょっと出てきますね。それで「ああ、お客様ね」と言われていました。実際のところ、当時はそうだったのです。

それでも、サクソフォン特有のニーズというものもありました。教育面、指導面でのニーズです。我々は管楽器ですので、吹奏楽部の指導とか、アマチュアで趣味でやっている人への指導とか、そういう仕事が増えていきました。これは、藝大を出た実力があれば、ほとんど全員にまわって来るニーズです。社会に必要とされる仕事ですよね。

そうした指導の場でぼくが取り組んだのは、講習会です。中学生とか高校生10人くらいの規模に対する講習会で、なかにはサックスの子もいますが、何も知らない子たちもいるわけです。そこで、必ず最初に無理やりソロの曲を吹くことにしました。サックスの人は知っているポール・ボノーの《ワルツ形式によるカプリス》という曲を演奏したりしました。そうするとですね、最初は「この人どこのお兄さん?」「どこから来たんだこの人?」みたいな顔をしていた子たちが、シャキっとしてくれるんです。そうしていったん聴いてくれると、レッスンを始めても、なんとなく聞こうかという意識が彼らに生まれるのですね。

ですから、今も生徒たちに言っているのですが、講習会でもなんでも人がいたら、1分でも2分でもいいので、まずは吹いた方がいいですよ。吹くことによって相手に興味を持ってもらいます。そうすれば、こっちに心を開いて、レッスンを受けてくれます。つまり、相手に心を開いてもらうために、観客のニーズに耳を傾けるということ、こちらの耳を開くということです。

こういう活動を大学を出たくらいからやっていました。そうすると次第に、大学の先生とか、吹奏楽の世界のちょっとえらい人とかが、なんとなく自分のことを知ってくれるようになりました。ここがチャンスなんです。皆さん、いいですか。知ってくれている、応援してくれる人が少しでも増えた時に、なにができるかがポイントなのです。子供たちに一生懸命教えてあげて、その子たちがニコニコしながら帰る方法を試行錯誤します。教えることによって、ファンになってくれる後輩たちや、子供たちもいます。呼んでくださった先生方も喜んでくれます。そのうち先生たちが面白い人がいるなと思って、応援してくれたりします。

つまりこうした機会を通して、生徒たち、先生方、周りの大人たちと良いかたちでコミュニケーションができ、つながることが大切なのです。たとえばリサイタルを計画していた場合、その講習会に集った人たちが来てくださったり、ほかの人に声をかけてくださったりします。そんなことが増えていきます。

ですから卒業したときに、教える仕事ってなんだかなぁと思っても、まずここから人脈のネットワークをはじめ、コミュニケーション力をつかみましょう。身近にいるところからつかんでいかなければ広がりません。この人脈のネットワークは本当に大切です。そこに誰がいるかわからないんですよ。もしかしたらそのなかに、何かメディアに出してくれる人が現れるかもしれません。

こうした場で教える仕事のほか、それこそ風の吹きすさぶビルの谷間でも演奏しました。ビル風ですので、譜面台なんか飛んでいっちゃいます。どんなところでも演奏しました。色んな人が行き交い、誰も聴いてくれてないようなところでもです。そうしたところであっても、こちらが楽しそうに吹いていると、1人か2人は聴いてくれるかもしれません。そしてそういう人が実はその後も応援してくれる人だったりします。そんなかけがえのない人たちと出会うかもしれません。

教えたり、どんなところでも楽しいと思って演奏します。そうすると誰かが見てくれている、そういう人が出てくるということです。そこからチャンスが広がるかもしれません。こういうことを、僕はたぶんたくさん経験してきたんじゃないかと思います。

3. 人とのつながりや縁を大切に

今もどんなところでも喜んで演奏するタイプで、喋るより演奏する方が好きです。演奏を続けるにはやはり「挨拶とアピール」が関係してきます。アピールというのは、自分がどういうアーティストなのか知っていただくということです。自分はこういうことを教えることもできるし、演奏もしますし、色んな場所で楽しいこともやりますよ。でもクラシックの曲も聴いてほしいです、という趣旨を活動を通して伝えていきます。このスタンスを伝えながらお付き合いをすると、やがてそういうプログラムもできる環境になります。

こうした活動を続けていくとチャンスをくれる人に、皆さんも必ず出会えます。そして、何かチャンスをもらったときに大事なのは、自分の知り合いや仲間を積極的に連れてくるということです。そうすると、オファーしてくれた人、紹介してくれた人は、このアーティストは一生懸命人を連れてきてくれるんだな、この人に頼むといいことがあるかもしれないと思ってくれて、またこの人に頼もうかなという連鎖反応が起こります。

ですから、何かチャンスをもらったら、ありがとうございます、演奏します、だけじゃなくて、周りに声をかけて、友達とか後輩とかを連れていって、仲間を増やしましょう。そうすると仲間との協働作業という点でも、社会とのつながりという点でも、良い方へと循環していくんですね。そういうことをぜひ皆さんにもやっていただきたいと思います。

そして、忘れてはいけないのは、必ずお世話になった人には、お手紙を書くとか、御礼の電話をするということです。イベントの後こそが大事なのです。いいですか、皆さん。世話になっただけで、ありがとうございました、じゃあさようならと帰ってしまうだけでは、そこで縁が切れてしまうかもしれません。縁を大切にするから、先につながるのです。あくまでしつこくない程度に、御礼の挨拶はするようにしましょう。

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4. プログラミングは当日でも臨機応変に

僕もそうこうするなかで色んな機会をいただきました。CDを出すチャンスもそうです。あるとき、プロデューサーみたいな方が現れ、ディナー・コンサートを開くチャンスをもらいました。そしてすごい人たちが来るから、よろしく頼むよ、と念を押されました。ディナー・コンサートっていうのは大体、美味しいものを食べて、ワインを飲んだ後に聴くコンサートですよね。そのときにですね、大事だから頼むねって言われたので、すごい人がくるんだと思って、すごい難しいサックスの曲や、これぞという自分の見せ場のある曲をいっぱい用意して行ったんです。すると一曲終わったらほとんどの人が寝はじめました。やめてくれという雰囲気が伝わってくるわけです。でも当時は、楽譜はそのとき決めたプログラムのものしか持っていきませんでした。1時間のコンサートで用意曲をやるしかないわけです。それでやり通し、終わった後の、関係者やお客さんのシーンとした顔はいまだに忘れられません。その日はうち帰って、一晩眠れませんでした。「あー失敗した!」と心底、思いました。

このように、TPOにふさわしい曲を持ってないと、プログラミングを失敗するときもあります。このときに《ラグタイム・ダンス》を持っていればよかったのですが、持っていなかったんですね。またサックス一人で吹ける曲なら良いのですが、ピアノ伴奏の方も暗譜しているとなると、なかなかないですよね。困ったと思いながら、無理やり1時間やり通したという本当に苦い経験をしました。その手の仕事はしばらくこなかったです。一回失敗すると、なかなかその次のチャンスはやってきません。そういうものなのです。

ですからここで言いたいのは、自分で張り切って決めたプログラムがその場にそぐわないと思ったときには、あっさり変える勇気を持ちましょう、ということです。つまり色々な楽譜を持ち歩く必要があります。これは今だにやっています。

5. 壁

こうしていろんな経験をしながら生きてきたのですが、30歳になった頃、一番これからという頃に、演奏することがすごく嫌になりました。演奏会をやるのは無理と思う時期を迎えました。こういう表現でいいのかわからないですけど、自分ではその時は「先生病」と言っていました。藝大の先生になったのが27歳の頃です。藝大の先生をしながら、生徒の前ですから完璧に吹かなければいけないと思っていたのです。生徒の前で間違いたくないと思ったのでしょう。けれども人間というのはやっぱり間違うわけじゃないですか。間違えたくない、間違えたくない、間違えたくないと思って演奏すると、やっぱり間違えるわけです。人間って遅刻したくないと思ったら遅刻するし、忘れ物しちゃいけないと思ったら忘れ物しますよね。寝坊しちゃいけないと思ったら寝坊するものです。

その当時、先生だから完璧に吹かなきゃいけないと思っていた頃は、間違えるたびに、どんどん際限なく落ち込んでいきました。やがて本当に演奏家でいることが難しいかもしれないとまで思い詰めるようになった時期が、20代終わりから30歳にかけてでした。その頃、自分のコンサートのメインになる楽しい曲があったのですが、そういう曲ですら吹けなくなるくらい演奏会での演奏が嫌になりました。

その時期は、こうして今みたいに話せるようになるとはとても思えませんでした。結局、こういう辛い時期も、やっぱり音楽が好きだな、楽しいなという思いで乗り越えることができました。

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6. 委嘱:楽器を知ってもらうために

さて、「耳を開く」のところでもお話しましたように、卒業してまもなくは、来場者が楽しいと思って聴いてくれるような楽しいコンサートをまずは模索しました。楽しいコンサートというのはどういうものかというと、楽しい曲と、難しい曲を混ぜてやっていくコンサートのことです。それでは、卒業後のコンサートでよく最後にやっていた曲を演奏したいと思います。

♪3 Darius Milhaud “Scaramouche”より第3曲 ‘Brazileira’

サックスを吹く人はみんなやりますよね。ダリウス・ミヨー《スカラムーシュ》の第3曲〈ブラジレイラ(ブラジルの女)〉です。この曲を大体最後にやって、演奏会を盛り上げて終える形をとっていました。そこまでには難しい曲も入れたり、楽しい曲も入れたり、というのが基本的なスタイルでした。

このように自分を知ってもらう曲、楽しい曲、わかりやすい曲もやりますが、基本的にサクソフォン用に書かれた曲を演奏するプログラムを組んでいました。皆さんにもこういう時代は必要じゃないかなと思います。ただそのうち、こういうこと、いわゆるサックスのレパートリーだけ、楽しい曲だけやっていると、やっぱり認知が足りないということに気づきました。自分自身が色々なところで取り上げてもらえるようになっても、やっぱりサクソフォンという楽器に対する認知度が低いのです。小さなコンサートやファミリー・コンサートをやればいいのかなぁということも考えましたが、サクソフォンの世界全体が、これだけでは盛り上がっていかないということをすごく感じました。

この頃、なんとか暮らしていける程度の仕事があるかなぁぐらいのところにいました。でもこの楽器自体をもっとメジャーにしていかないと、僕だけじゃなくて、後輩たちも育たないななどと、いろんなことを考えるようになりました。サクソフォンはこれで良いのかなということを考えるようになったんですね。そうして至ったのが、サクソフォンのための曲を色々な作曲家に書いてもらうという委嘱活動でした。

これ以前にも、自分の高校の先輩で、藝大の大学の先輩でもあった有名な作曲家、伊藤康英さんがいたので、彼にサクソフォンの小品を書いてもらったり、色々なアレンジをしてもらったりもしていました。でも伊藤さんの曲はたくさんあるのですが、それだけでは足りないと感じました。そこで、ちょっとまぁ背伸びをして、みんなが良く知っている作曲家に、一生懸命貯金をしてから委嘱するということを始めました。

これは先ほど挙げた2つ目の柱、「耳を開く」ということと重なります。やはり、演奏会で演奏して楽しいなと思っても、それだけでは皆さんから何かを得るまでには至らなかった、お客さんからの情報も何かが足りなかった、その場で終わってしまった感があったと思うところが出てきたのです。

やはりそれだけではないのですね。「耳を開く」ということには、色んな楽器の歴史や、さまざまな音楽家の活動に興味を持ち、それらを吸収・交差させていく流れのなかに身を置くという意味も含まれるのです。たとえばイザイがいたから、フランクのヴァイオリン・ソナタが生まれたという話は有名です。自分もそんな大スターの作曲家に委嘱できるか分からないけれど、そういう人に書いてもらおうと思ったのがこの頃です。そしてこの時期に出会えた作曲家たちによって、今の自分は作られたと思っています。

その渦中では、一生懸命お金をためて、委嘱料を払いました。これが大変なんです。でもあとになって、自分の人生になっていることを実感します。つまり自分の将来への投資でもあったということです。皆さん投資も大事ですからお金を貯めておいてくださいね。お酒を飲みに行く機会が3回あったら、1回くらい止めて、貯めるわけです。やがて作曲やアレンジを委嘱できるかもしれません。

さてその委嘱活動の第一歩が吉松隆さんでした。今日の講演では最後に吉松さんの曲を演奏します。吉松さんに曲を書いてもらったときも、ちょっとした失敗がありました。失敗談というのもこういう講演会では材料になりますからお話しますね。

吉松さんをまず紹介してもらった後、うちにお招きし、サックスの有名な曲、得意な曲をいろいろ吹いて聴いてもらって、サックスの曲を書いてもらえませんかとお願いしました。するとフンって感じで、サックスのどこがそんなに面白いのか、やっぱり面白くないね、みたいな空気が露骨にぶわーと伝わってきました。それはなぜかというと、聴いてもらった曲には現代奏法、特殊奏法が前面に出ていたからです。うーん、まぁ面白い人には面白いかもしれないけど、一般の人には面白くないかもしれないね、ということがあったのでしょう。またこうした奏法では、吉松さんの心を動かすことはなかったということです。当時の僕にはできなかったということもあったと思います。

そのあと、とても美味しいお寿司屋さんにお連れしました。とても緊張していたところに、お酒を注いで、一緒に飲んでしまったので、そのうち接待するはずの人間が酔いつぶれてしまいました。お寿司屋さんで寝てしまったのです。これはもうだめだと思いました。紹介してくれた人が、お前は何やってるんだ、大事な人の前で寝るなんて!と蹴っても起きないくらい深く深く寝てしまいました。こんな失敗もしましたけど、その辺の印象も深かったのかもしれません。結局、書いてくれました。

そうして生まれたのが、《ファジイバード・ソナタ》という曲で、1991年のことです。そこから吉松さんのこの曲をいいなと思ってくれる、海外のアーティストも出てきて、自分も世界に出て行く切符を手に入れることができました。

 そういう出会いは突然やってきます。僕の場合も偶然でした。どこでどういう人と出会うかわかりません。ですからいろんな音楽会に行ったり、耳を開いて、作曲家や彼らのコーディネートをしている人たちの意見を聞いておいた方が良いと思います。あと皆さんの同級生くらい、少し上くらいで、まだブレイクしてないから委嘱料もそんなに高くない作曲家に依頼すると良いですよね。今がチャンスではないかと思います。

こうして少しずつ、他の業界の人たちにも知られるようになりました。あ、この須川君というのは、こういうサックスの曲を委嘱して紹介する人なんだよね、と知ってもらえるようになっていきました。

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7. 楽しいけれど難しいアレンジ

さてそれでもまだ、うまくいくわけではありません。一般の人は、現代曲であろうが、古典派やロマン派であろうが何であろうが、わからない人にはわからないのですよね。ですからこの曲はこんなにすごいんですよ、という話を一生懸命MCで伝えます。それでもさらにウーンという人がやっぱりいます。これはもう絶対、我々が避けて通れない道です。

ところがそういう人たちでも、ひとたび興味を持ってこちらを向いてくれさえすれば、聴いてくれるのです。ですからMCの技術も大切ですが、やはり誰でも知っている曲をやらないとダメなのです。

こうした誰でも知っている曲をやることを、よく藝大の管楽器専攻では「営業」と言っています。この営業こそすごく大事なのです。さらには、こういう時にモチベーションを保つためにやる曲こそが大事だということに気がつくんですね。つまり誰でも知っていて楽しい曲を、すごいスキルの高い、自分のモチベーションの上がるアレンジにしておくと良いのです。聴いている方は楽しい響きです。でも自分にとってはとても難しい曲です。こうした曲を先ほど話した委嘱作品と並行して、増やしていきました。

例えば、日本の民謡をアレンジして、作曲してもらいました。そこに、いわゆる現代曲で使う特殊奏法を入れてもらいました。そうすると、難しい技法で、自分の技術も上がるのでこちらもモチベーションが上がります。聴いている人もすごいと興味をもって聴いてくれます。でも誰もが知っている曲です。これは全部のニーズに適っているということを発見しました。この例が《日本民謡による狂詩曲(ラプソディー)》という曲です。石川亮太さんという方に作曲してもらいました。津軽三味線のあたりをやってみたいと思います。

♪4 石川亮太 《日本民謡による狂詩曲》

津軽三味線の音をどう表現するかで、最初は大変でした。ここはスラップ・タンギングで表現しています。この曲の話をしますと、津軽三味線のあの感じがかっこいいなと思い、真似をしようとしてみたのですが、これが難しかった。津軽三味線ではバチでたたくわけです。サックスでは当然できません。当初からスラップ・タンギングというサクソフォンの奏法をうまく使えばいけるんじゃないかという想像はしていました。でもスラップだけだとただのスラップになります。津軽三味線のあの、ベーンっベーンっと揺らす音、これを真似するにはどうすればよいか、試行錯誤したわけです。そこで、

♪ベーン、ベーン・・・(音を鳴らして顎を揺らす)

と、鳩みたいに顎を動かしてやってみました。そしたらこっちで伴奏してくれる人が笑うんです。笑われたのも理由ですが、自分でも首を痛めると思って止めました。じゃあ単純に指を動かせばいいじゃないかと思って、

♪スラップ・タンギング(指を動かして音を揺らす)

という奏法を考えました。津軽三味線はこれだと。これができるまでにしばらく時間がかかりました。1回できるようになると簡単で、楽しいです。こういうことを曲の中に入れていくと、おじいちゃん、おばあちゃんたちも喜んでくれます。あと吹奏楽をやっているような、音大に行きたいと言っている子たちもあの奏法はなんだと喜んでくれます。

こうして、誰でも知っている曲をハイクオリティのアレンジでやることによって、聞き手も楽しいし、自分もモチベーションを保てるということに気が付きました。色々な曲がありますが、今のこの曲が圧倒的に人気があります。この曲に出会えて本当に良かったと思っています。

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8. 常に自分も楽しむ

藝大をせっかく出たのですから、難しい曲を一生懸命やることも大事です。それと同時に、今のような方向にも発想を向けていくと、聴いてくれる人が増えるんじゃないかと思います。

僕が最終的にたどり着いたのは、シリアスな曲、歴史に残るような曲が生まれないかなと思って、作曲家の大先生に頼み続ける方向と、自分のモチベーションもあがってお客さんも楽しめる方向でした。そしてこの2つの流れをしっかりと守っていれば、演奏会もできるし、友達も集まってくれるし、色んな人も聴きに来てくれるということを肌で感じてきました。ぜひ皆さんにもトライしてほしいと思います。

またどの楽器のレパートリーもだんだん増えてきていると思います。昔は、今みたいに簡単に楽譜が手に入らなかったのですが、今はどの楽器の楽譜でも入手できますし、他の楽器でやってもいいわけですよね。僕も昨年、ディズニーの曲をハイクオリティのアレンジにして、音源付きの楽譜を出しました。フルートとサックスとヴァイオリンでやっていいという形で、3つのバージョンで載っています。楽器間で読み替えてもよいですし、自分で移調してもいいですよね。頼まれてから探すのでは間に合いません。

そしてこういう有名曲だから吹かなくちゃいけない、やらされているという姿勢でいると、お客さんにバレます。周りでもたくさんの人がデビューしましたが、こういう精神でやっていた人は、途中で演奏活動の名前は聞かなくなってしまう現実を見てきました。こういう曲でもポップスでも演歌でも、どんなジャンルでも、本当にその曲を好きになって演奏しないとダメなんじゃないかなということを感じております。

9. 「社会貢献」という発想をもつ

最後に、3つ目に挙げた「社会貢献」についてお話したいと思います。社会貢献という発想で音楽をやる必要は、おそらくこれから実感することだと思います。社会貢献とはどういうことかと振り返ってみますと、一般的にはボランティア活動です。僕も東日本大震災の時も十何か所に行って演奏しました。なかには音楽を聴くどころでない人もいるのですけれど、こうしたボランティア活動がもしかしたら希望になるかもしれないと思ってやっていました。

また別の社会貢献として、昔やっていた人、中学の時に吹奏楽をやっていたとか、高校の時にやっていたという人たちを掘り起こし、指導することも当てはまると考えています。今は仕事をしていて、長らく演奏せず、忘れてしまったのだけど、またやってみたいという人たちを引っ張り出してあげて、音楽って楽しいんだなということを気づかせてあげるということ。もしかしたら皆さんより10歳も20歳も上の人たちかもしれません。皆さん本当は楽器を本当は続けたいのだけど、仕事は忙しいし、時間がないからということで、演奏しなくなっています。でもそこに何かきっかけを与えてあげると、意外と戻れたりします。

あとは、企業のお昼休みなんかにちょっと演奏するオフィスへのアウトリーチ活動ですね。これは機会がないと実現できないかもしれません。アウトリーチのコンサートも同様です。一般的な施設に行くということもありますね。

音楽を聴きたい人は潜在的にはたくさんいると思います。今はYouTubeなどで気楽に聴いたり見たりしているのかもしれませんが、実は生のコンサートに行きたいと思っている人は、潜在的にたくさんいるんじゃないかなと思っています。

10. 子供たちに喜んでもらう工夫

ですからこうした場をやはり、皆さんが普段から意識して探しておくことが大切です。聴きたい人は必ずいるわけです。その人たちとどういうところで出会えるか分かりません。現実的には、小学校や幼稚園での演奏会、音楽教室という仕事に恵まれる確率が高いですよね。

子供の前で演奏することはとても難しいです。普通に説明したところで、みんなフーンという感じです。すごいねとは思ってくれるんでしょうけど、すごい曲はほんとにすごくないといけません。ウケる曲にしたいんだったらウケ狙いはしっかりしないといけない。

僕は小学生の前でよく演奏するのですけれど、例えばこういうことをやっています。

♪5 “Take Five” (会場をまわり、来場者と色々なコンタクトを取りながら)

この曲はサクソフォンだからできるということもありますね。でも絶対にどの楽器でも、その楽器ならではという曲があると思います。サックスの場合は、この《テイク・ファイブ》というジャズでステージを飛び越えながら、子供のまわりを廻ってあげるんです。ポイントはですね、つまんなそうな顔をしている男の子の前で廻る。すると絶対笑ってくれます。あ、さっき「ブッ」とやったのは、あなたがつまんない顔していたからではないですよ。ちょっとウケを狙っただけです。

これは会場を歩くという作戦です。こういうのはやっぱり、ピアニストはできませんが、楽器をやってる人たちができることじゃないかなと思って、すごく楽しくやっています。そして、こういう曲をやったあとに、これだけで終わらないように、1曲ちょっと聴かせどころのある曲をやると、やはり聴いてくれるんですね。

僕の妹が小学校の先生をしているので、子供たちに音楽を聴いてもらいたい時はどうしたらいいのか聞いたところ、だいたい小学校の子だと、5分くらいの曲だったら、どんな曲でも聴いてくれるそうです。5分間、一生懸命吹くから聴いてねというと、小学1年生でも聴いてくれるそうです。ですから音楽教室などの企画では、子どもたちに分かりやすい曲を演奏していほしいという教室側の期待もあるかもしれませんが、現場の先生の話をたくさん聴いてみますと、1曲は演奏家が本気になって演奏する曲もある方が良いと思います。先ほどのような楽しい曲をやった後に、真剣勝負のソナタの何楽章かを小学校でやりますと、意外と聴いてくれます。そのかわり最後は、《チャルダーシュ》とか定番の曲をやって、ウケを狙わなければいけません。

あと校歌を歌うとか、何か一緒に歌ってもらいながら、こちらも演奏するというように参加型にするのも良いと思います。こうした音楽教室でのプログラミングの工夫はとても大事です。今は皆さん、時間がないかもしれませんけれど、小中高、それぞれで違うのですが、こういうところでの企画のプログラミングはぜひ練りましょう。僕の経験では、ちょっとこれはしちゃいけないかなということを少ししてしまうぐらいでやっていくと、大体うまくいく感覚があります。

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11. 参加型イベント

社会貢献として音楽教室以外でやっているのが、参加型のイベントです。アマチュアの人たちと一緒に演奏するとか、一緒にそういう人たちとステージを作るという活動です。昔吹奏楽をやっていて、大人になって会社に入って、楽器を止めた人たちというのは、決して吹奏楽をやりたくない人ばかりではありません。やりたいけれど仕事の都合で練習日に、毎週何曜日に通うということができないから、吹奏楽に入れない人たちが多いことを僕は知っています。

それでこれからいっぱい展開していこうと思っているのは、1回のコンサートを開催し、そこで一緒に演奏するという活動です。そういうコンサートの機会を作り、その前に2回か3回、1回でもいいんです、練習日を決めて、この日とこの日に集まれる人は集まって合わせます。すると、意外とみんな集るんですね。その日だけだったら会社を休めるから、集まってできるといいます。このような一般の人が参加して、その人たちが楽しいと思えることをやってあげるということも、ぜひ皆さんやってほしいと思います。またこういう活動がこれからは必要で、ここにいる生徒や後輩たちに自分が残してあげられる新しい活動の一つになればいいなとも思っています。

他方で、その人たちが自分のファンになってくれる、またコンサートに来てくれる可能性もあるかもしれません。さらにまたぜひ来てくださいと再び呼んでもらえるチャンスや、一緒に共演するチャンスといったリピートもあるかもしれません。こういうところのお付き合いもぜひ大切にしてください。まずは小さなところから始めたらいいと思います。

僕は今、東京藝大の先生という肩書があるので、名前が出ると、こういう仕事が成り立ちやすいのですが、これが僕だから成り立つのではなくなってほしいものです。皆さんだって、集まるのは5人でもいい、何人でもいい、という小規模なところから始めて、今からでも卒業後からでも、やっていったらいいと思います。こういう活動を始めると、少しずつ参加者の数が増えていくと思います。すると参加型イベントの面白さというのもしっかり出て来ると思います。

12. 活動のバランス

やがて、3回、4回と、一緒に楽しく吹きましょうと参加型イベントをやっているだけでは、我々は少し寂しくなります。そこで何をしなければならないかというと、自分のやりたいリサイタルです。自分でちゃんと計画して、こちらはこちらでしっかりやるんですね。自分のやりたいものがアンサンブルならば、それをしっかりやります。つまり、こういった楽しい参加型イベントをやってお客さんやファンになってくれる人を増やすのと、二刀流で考えておきます。すると、ファンになってくれた人は自分の大きな演奏会をやるときには来てくれるんです。こういう社会貢献型のコンサートをやっているうちに、繋がりが絶対増えていくと思います。

今日一番言いたかったのは、こういう地道な活動を今のうちから少しずつ始めましょう、ということです。皆さん残念ながらいきなりスターにはなれません。それに、歌謡曲の世界でもどんな世界でも、1回バンっと売れた人は必ず売れなくなります。我々の世界というのはもっと地道です。でもじわじわと広がっていくので、すごく厳しいポップスの世界とは違います。我々は地道にやっていくことによって、大事なファンが備わります。ですから皆さんもぜひこういうような活動を社会貢献という形で考えて、何かアイデアがあったらやればいいんじゃないかと思います。

最後に演奏するのは、さきほど話しましたけど、この方がいなければ今の人生はなかったと思える吉松隆さんの作品で、《サイバーバード協奏曲》(1994)というコンチェルトです。藝大フィルハーモニアとも1回やったことがあります。十数年前、ピアノリダクション版ができてまた世界中に広がりました。今日は第1楽章を演奏しようと思います。

この曲の楽しい思い出はですね、先月、南アメリカのコロンビアのボゴタという首都に行って、リサイタルをしてきました。なんとそこの場所が標高2,600メートルなんです。富士山の7合目で標高は2,700メートルです。2,500メートルを超えると高山病になります。つまり高山病のラインを超えているところに行きました。そこでリサイタルがあったので、高山病になりにくくなる薬があるということで、それを飲んでいたので、とりあえずもったのですけれど、今まで経験したこととして、酸欠状態で、何もしてないのに指先のここから先が朝からずーっと痺れているんですよ。根本が動いたからどうにかできたのですが、根本も動かなくなったらアウトだなぁと思いました。

20年くらい前に、メキシコに行ったことがあり、そのときは苦しくて星が飛びました。頭をパーンって殴られた時って、みんな星が飛ぶじゃないですか。あんな星です。それもあって、脇に酸素ボンベがあって、1回演奏を終えたら、酸素を吸入しては戻るということをやりました。今回のボゴタもさすがにボンベがありました。本番前に一生懸命、酸素吸入をしてステージに出て行ったので、この時は大丈夫でした。2,600メートルで吹いた、楽しい思い出です。

それでは今日の最後の演奏になります、《サイバーバード協奏曲》の中から第1楽章〈彩の鳥〉という楽しい、色んな音楽がミックスした曲です。今日は長い時間ありがとうございました。

♪6  Saxophone Concerto “Cyber Bird”より、第1楽章 ‘Bird in Colors’

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