「アウトリーチ活動の意義とこれからの課題」(第6回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)
11.まとめ
① アウトリーチの現状
今日はアウトリーチの実態を皆さんに見てもらいました。
最初にアウトリーチの目的として、集客をアップさせるということと、アーティストが自ら出向いて音楽を届けることを確認しました。後者についてはかなり充実した活動ができていると思います。
しかし、20年活動してきて思ったほど集客がアップしていないと思います。実はこれを続けていても目に見えるようなアップはしていないということが最近わかりかけてきました。
我々がアウトリーチを始めた頃、結果が出るのは22世紀と教わりました。結果は22世紀と言われて焦ってはいなかったのですが、まだまだ繋がっていないという現状があります。
先ほど紹介したような「親子コンサート」とか「ピアノを知ろう」みたいなアウトリーチが発展して、本当に舞台の本公演みたいになってしまっている例もたくさんあります。
また、今アメリカではアウトリーチという言葉はあまり使いません。アウトリーチはこちらから出向いて行ってあげるということで上から目線に感じるということです。アメリカでは二つの言葉に分けています。
一つ目は【education】です。「educare」というラテン語があるのですが、ラテン語では「養い育てる」という意味があります。学校に行ったり講座をしたりするときのプログラムは【education】です。
二つ目は、【community engagement】といいます。「engage ring」が婚約指輪と言うように「約束をする」「婚約する」も「engage」といいますが、闘うという意味もあります。
要するに、何でもなかった複数のものが特別な関係になることということです。老人ホームとか、電車や田んぼのアウトリーチもそうです。ある空間が、音楽を通して特別な空間になる。それが【community engagement】です。
最近アメリカでは、アウトリーチの場所を、学校とそれ以外の所で分けて考えている人が多いと思います。
ホールは指定管理制度でさまざまな会社が経営しています。会社の一番の大事なことというのは、会社の…事業であること。そうしないと一歩を出せないホールが多いです。
また、全国市町村合併で合併されたホールというのは、その町の色というのが消えてしまいます。
なぜホールが町の中で居場所がなくなり、なかなかホール公演が成立しないかというと、アウトリーチが一人歩きしているからです。一人歩きするんだったら、立派なアウトリーチにしていけたらいいなと思います。私の今日の講座のようなお話や解体ショーみたいなスキルもありますが、その印象よりも音楽が一番届くようにいつも考えておくべきです。
② これから目指すべきこと
それでは我々は何をしたらいいか。
こういう現場があるということをたくさん勉強してください。
今自分たちが勉強していることを発表する場はすぐにやってきます。その時に対して、自分がどういう風にあるべきかということをいつも考えましょう。
具体的にはたくさんの音楽に触れて、いつでも音楽に関わることをしてください。自分がやっている曲を技術だけではなくて、どういう曲なのかということと、どういう風に伝えたいかということを少しずつ考えてみましょう。
音楽というのはもちろん自分の苦手な曲を弾く必要はありません。
しかしながら、得意な曲だけではなくて、相手が求めている曲として、届けなければいけない時もあります。音楽というものをずっと身の回りに触れながら、生活していった人間はどういう人間になるかという姿を見せてください。
何ができるかではなくて、何者かが大事。
その人が何者であるかということが音楽に出ます。いつでも音楽のことを考えてたくさん楽しんでください。
そして、演奏家がたくさん集まるところに足しげく通いましょう。
コンサートであったり、楽譜屋さんであったり、お友達が行きそうなところに通ったりすると、また新しい情報が得られます。
ポイントは、演奏にいつも必ず熱がこもること。
社会の輪のなかで少しずつ変化していくアウトリーチの現場で、いつでも音楽というものが中心にあって、いかなる場所であっても音楽家として対応できる人間であるということが大事です。
『藝大秘境図鑑』という本を読んだことありますか?『最後の秘境』という本が、ベストセラーになって、それに書ききれなかったものが、宝島社から続編として出ています。『最後の秘境』の締めは「藝大生は卒業生がほとんど行方不明」と書かれてあります。
就職しないから行方が決まっていないのです。だけど、彼らは出るところへ出たら、自分の腕でちゃんと表現をすることを知っています。
続編の最後の締めには、「社会の人々よ、そろそろバカにしないで藝大生の言うことを聞け。彼らは自分の力で意思を持って強く生きていく方法を知っている」と書かれてありました。
皆さんはこれから普通に生きるのではなくて強く生きてください。
そのために音楽というものがあり、音楽というのは他の芸術と違って聴衆と演奏家が同じ時空を共有します。そこに必ず因果が生まれます。生身の人間同士が時空を共有することによって、生まれる芸術です。
何百年も前に書かれた絵を展覧会などで観るということではなくて、我々は瞬間芸です。この瞬間というものに全身をかけられる人間になるためには、
「いつでも音楽に触れていくこと」
「音楽に触れている人と仲間であること」
これが大事なことではないかと思います。
キャリア支援ということをこの年になってやっていますが、私くらいの年齢にならないとできないと思ったらそれは間違いです。今のみんなでもできます。心の持ち方です。そうやってこれからもたくさんの音楽を知って、たくさんの活動を通して、音楽というものを自分の中の糧にしながら暮らしていけば、あらゆる場面において、音楽家として何かを提供できる人間になれるのではないかと私は信じています。
最後にアンコールを演奏します。
1850年代彗星のごとくデビューして、彗星のごとく交通事故で亡くなってしまったクリフォード・ブラウンというトランペット奏者がいます。その人のことを偲んで、友達のベニー・ゴルソンが書いた《クリフォードの思い出》というモダンジャズの名曲を弾いてお別れしたいと思います。
本日はどうもありがとうございました。
♪《クリフォードの思い出》