「アウトリーチ活動の意義とこれからの課題」(第6回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)
7.宗像市のアウトリーチ
昨年九州の沖ノ島という島が世界遺産になりました。宗像市というところです。沖ノ島は海の正倉院と呼ばれる綺麗な島で、現在もなんと女人禁制です。宗像本土には、宗像大社という神様がいる神社があって、沖ノ島より手前には、地島(じのしま)・大島という島があります。大島は一番北側に宗像大社沖津宮遥拝所があり、そこから沖ノ島を拝んでいます。男性でさえ島に上がれるのは年に1・2回しかチャンスがないような場所です。
宗像は海賊がたくさんいまして、韓国との貿易の間に、海賊が得た財宝というものが島にたくさん眠っていました。財宝自体は本土に持ってきて、大社の横にある神宝館というところにすべて国宝として飾ってあります。今は宗像と書きますが、海賊が胸と肩に花のマークをつけていたことから「むなかた」と呼ばれるそうです。
アウトリーチに行くということは、その町の人になるということです。2回目に行った時には、その町が案内できるくらいにならないと、と思います。私は宗像の人より宗像のことが言えるかもしれません。宗像はご縁がありまして、7年くらい前からほぼ毎年、3往復はしています。
今年4月に行った時には、小学校5年生と小学校6年生、その日の午後は老人ホームに行きました。この年の差は何?と思います。この切り替えが大変です。
老人ホームで104歳の方がいました。104歳のおばあさんが車いすに乗って、一番前で聴いていました。演奏が終わったら花を渡したいと言ってくれていましたので、施設の人が花を持ってきました。車いすのまま渡してくれると思っていたのですが、おばあさんは「立ってみます」と言って、みんなで支えて体を持ち上げたのを覚えています。それが1日目でした。
2日目は、0歳から入れるワークショップをしました。2日間で100歳以上の差があります。そして午後には大人も集めて講座風の音楽コンサートをしました。
本講演のプログラムのなかに、シューマンとメンデルスゾーンがあったので、大人も集めてシューマンとメンデルスゾーンについてのお話をしました。この時代のドイツ語の歌を聴いてもらい、歌の話もたくさんしました。そしてホール職員に福岡教育大学のソプラノ出身の人がいましたので、メンデルスゾーンの《歌の翼》とシューマンの《献呈》を歌ってもらって、その後に私がリスト編を弾くということをやりました。シューマンとメンデルスゾーンにどっぷり浸れる1時間半のコンサートをして帰ってきました。
今月も宗像に行きますが、これはホールのコンサートです。今回は、九響の首席でありました原田哲男さんというチェリストと、今九響の首席であるタラス・デムチシンというクラリネット奏者、この3人のトリオでコンサートをします。私が前半演奏して、後半はゲストを迎えて楽しく演奏します。先月に伺ったときにも、チェロとクラリネットも登場していただいて、4か所のコミュニティーセンターで小さなコンサートをしました。あとはすくすくコンサートといって、これもまた0歳児からのコンサートでした。
それでついに今年も今月のアウトリーチを経て、本公演に向かうという形が取れました。
8.宗像市でのアウトリーチ紹介
a. 「いきいき出前コンサート」in市役所
「いきいき出前コンサート」が、宗像市のアウトリーチの総称です。宗像市は年間100個のアウトリーチがあります。そのうちの8つか9つを私が担当しています。
これは、宗像の市役所のロビーです。市役所のロビーにホールがピアノを運んできて、ロビーに客席を作ります。アプライトなので、後ろ向きに弾いています。お辞儀をするたびにお客様が増えていました。
市役所の職員が、仕事を止めて聴きに来ています。市役所ロビーの演奏を2階からも見ています。最初から告知はしていますので、聴きたい人が来ますが、たまたま住民票を取りに来た人が足を止めて見たりします。
集客に繋げるという意味では、今度こんな人がコンサートをするということを告知できれば、興味を持ってくれる人がいるだろうということで、市役所のロビーで演奏しました。そして、コンサートの資金を出しているのは大体市役所ですから、市役所の職員に応援してもらうという意味でも生の音が市役所に広がるということがひとつ意味のあることではないかと思います。
b. 地島の小学校
ここは地島というところです。子供たちが17人写っていますが、これが小学校の全校生徒です。小学校の生徒とホールの職員が写っています。宗像の港から約15分舟で行く島です。農業もなく漁業だけです。17人のうち4年生の8人くらいは本土に住んでいます。宗像というのは漁業もやらないということで、漁村留学ということで、1年間島に住みに来ています。島育ちはたった7人です。
体育館の舞台の上に全校生徒が収まっています。もちろん同じ町のおじいさんやおばあさんも聴いていたりするのですが、子供たちは私のすぐそばで、目の行き届くところで、聴いてもらうことができました。こういうアウトリーチで、市役所ロビーは大体1時間、小学校は音楽の授業の時間なので、約45分のアウトリーチです。
c. 教会老人ホーム
これまたシュールな場所で、昔は結婚式場、今は老人ホームという場所です。
結婚式場だけ残っていまして、ここのチャペルで車いすに乗ったお年寄りが演奏を聴いています。この向かい側に施設があって、そこで暮らしているのですが、コンサートのためにここに来たということです。
でも、施設のすぐそばに行くだけなのですが、施設の外を出るということになると、ちょっとネクタイを締めてみようという男性が出てきたり、ちょっと頬紅をひいてみようという女性が出てきたり、外に出るということで、外出用のフォームにしようとする、これもひとつのワークショップです。
人間はいつまでたっても外に出る時というのは、女の人は少し美しくして出たり、男の人はかっこよくして出たり、そういうところがあると思います。
d. コミュニティーセンター
これはコミュニティーセンターです。小学校や老人ホームに行っているときとは、またプログラムや流れも全然違います。
宗像の人は本当に恵まれていて、各コミュニティーセンターにグランドピアノがあります。立派なところです。どこにいってもこの「いきいき出前コンサート」というのぼりがあります。いきいき出前コンサートの横に本公演のポスターを掲げてコンサートをしています。お子さまも何人か来ています。
これはチェロの原田哲男さんという素晴らしいチェリストです。九州で活躍されています。桐朋を出られてから、何十年仙台フィルのトップでされていたのですが、しばらくしてオーケストラを退団されて、今はソロで活躍されています。チェロと二人でアンサンブルでのアウトリーチを行いました。
子供が二人写っています。手に何を持っているかというと、紙コップと輪ゴムです。紙コップと輪ゴムを持って、紙コップに4か所切込みを入れて、輪ゴムを渡します。
それで、チェロと一緒にピチカートをしてみようというワークショップです。
みんなパシパシ叩いているところです。飲み口の方だと鈍い音がして、下の方だと激しい音がします。これはバルトークピチカートといって、チェロが色々教えています。
ルロイ・アンダーソンの《ジャズ・ピチカート》という曲を私が演奏して、ベースの音でチェロがピチカートで合わせました。AパターンとBパターンがあるので、ホールの職員がAとBのプラカードを挙げていきます。音楽を一緒に何かしようということで、こういう形もひとつの体験型ワークショップでした。
e. 老人ホーム「ケアポート玄海」
ここは ケアポート玄海という老人ホームです。
昨年、地域創造の主催で、ニッセイの基礎研究所が調査を担当した「高齢社会における公立文化施設の取り組みに関する調査研究」にもとづくシンポジウムが開催されました。テーマは「高齢社会」です。そのなかで公立文化施設はどうあるべきかということが議論されました。
私も老人ホームのようなところに行くことが多かったので、そういう時に演奏家としてどんなことを考えているのかということを、パネリストとして呼ばれて話すことがありました。
老人ホームの高齢者の方は人生の大先輩です。彼らが私たちに教えたいことは山ほどあるはずなので、それをいかに引き出すかという点が面白いように思います。
例えば、モダンジャズの名曲、ビル・エヴァンスの《ワルツ・フォー・デビイ》を弾いて、「ジャズが好きな人?」と言ったらやっぱり手が上がります。
「好きなジャズのアーティストの曲はなんですか?その時代のことを教えてください。」と私が逆に促すと、「その時代は・・・」と永遠と語り出したりします。向こうから私たちに何か伝えたいという気持ちを引き出してあげると皆さんすごくニコニコして聴きますね。
そして、老人ホームとか養護学校や病院などは、職員がすごい緊張感のなかで生きています。1秒後には何が起こるかわかりません。こういう緊張感を取ってあげるというのも我々の仕事です。
音楽が鳴っている間、みんながニコニコ聴いている間、職員も自分の仕事を忘れて聴いています。終わったら現実に戻るのですが、職員に何かホッとする時間を作ってあげるという意味でもこのような老人ホームなどでのコンサートはとても効果的なものではないかと思います。
f. 小学校(4~5年生)
これは小学校の音楽室です。小学校4~5年生くらいです。小学校の場合は、教育的なプログラムですので、先ほどの地島でも同じプログラムをしました。
音楽のこと、楽器のこと、音楽家というのはどういうものかということ。そしてみんなはこれから音楽を聴いて、どうやって音楽と付き合わなければいけないかということ。それから一つの音楽というものを通して一つになり、これから100年・200年残るような仕事をできるまでお互い成長するために、音楽というものがどれくらい大切かということを伝えています。
突然私がビストロエプロンをしてピアノの解体ショーをしています。
なかなか鍵盤蓋を開けたところを見たことはありませんので、男の子なんかを中心に、理系の頭の子はプラモデルを見ているようで、「ここはこうなってるんだ!」というような感じで見たり、次に進めたいのに全然離れてくれない男の子もいたり、みんなとても興味を持っていました。
ピアノを 解体して中のメカニズムを全部出しています。これはピアニストが全員できるわけではありません。
私は父が調律師です。父はヤマハの委託で、20年くらい藝大でピアノの調律をしています。ということで、父のピアノ調律の手伝いをしていたものですから、私は門前の小僧で当然できるようになりました。他の人は逆に調律師をアウトリーチに呼んで、調律師という職業はこういうものだということを伝えています。どうしてピアニストが自分たちでやってはいけないかというと、壊すから、怪我をするからですね。と、調律師という職業を改めて紹介するピアニストもいます。
g. 宗像ユリックスホール「音楽講座」
これは宗像ユリックスホールで、舞台上で音楽講座をしているところです。宗像はユリの木と、楠の木が有名なので、ユリックスという名前がついています。このホールの客席をバックにして、ホールの壁側を客席にしています。皆さんの後ろに反響板があるような形にして、ピアノを逆さまに置きました。プログラムのなかに、ショパンのマズルカとポロネーズが多く含まれていたので、民族音楽というくくりで、色々な国の国民楽派の話をして、それにまつわる曲を聴いてもらっています。
聴きに来てくれる人にはコンサートのチケットが割引になる特典があります。このように集客も忘れないようにしています。宗像ユリックスの音楽講座では、毎回テーマを決めています。バッハやベートーヴェンもやったことがあります。ある時ジャズをテーマにしましたが、ジャズの時だけ客層が違います。ショパンやベートーヴェンだとピアノを勉強していらっしゃるような子どもが親と一緒に来ます。しかし、ジャズの時は私より20歳も年配の方がいらっしゃいます。
私は昭和39年1964年の第1回の東京オリンピックがあった年に生まれて、しかも誕生日が10月10日でその開会式の日でした。我々が小学校・中学校の時代は、エレキギターを弾く人間は不良と言われました。そして私の20年上の世代ではジャズをやる人間は不良と言われました。好きだったんだけど、誰にも言えないでしまっていたものが、私が少し促すと、湯水のように話が出てくるので面白いです。
h. 親子講座
これは子どもを対象にした講座です。ピアノのアクションモデルも使いながら、ピアノの中身を見せます。作品というよりはピアノという楽器そのものに焦点を当てて、ピアノというメカの面から楽しんでもらおうという企画です。
箱馬を作って、ピアノの中をたくさん見てもらっています。弦の上に紙を乗せて、ペダルを踏んで「ジャン!」と弾くと、紙が揺れたり震えたりしますので、目で見て体験してもらいます。
本当はいけないのですが、低音域の弦の上に手を置いてもらって、手が震えたり、震えが伝わるという体験をしてもらいました。嫌ではない子は音叉を歯に咥えてもらいました。音叉というのは音が骨を通って頭に響きます。「ラ~~」と言いながら咥えると、ラの音が頭の中で鳴ります。これを体験してもらいました。
音が震えるということが、音の出どころのポイントだというお話をしました。じゃあ声はなんだろうといったときに、喉に手を当てて声帯が震えるのを感じてもらいます。
トランペットやトロンボーンは口が震えます。木管楽器だとリードが震えます。弦楽器だと弦と弓がこすれて震えます。じゃあピアノはどこがどう震えているのかな?ということで、弦が震える様子をたくさん見せてあげました。
この時は、バスケットボールでドリブルをする時にはどういう手の動きをしているのかということを伝えています。
ある時、東京で少年野球チーム20人を招いてアウトリーチ・コンサートをしたことがあります。みんな練習後に泥まみれになってやってきました。自分たちの練習を早く切り上げて、ホールに来させられて、嫌な顔をして入ってきました。私とマリンバのアウトリーチでしたが、みんなのバッティングと我々の演奏の時のストロークは同じだよという話をしました。
例としてジャイアンツの阿部選手が打つ瞬間に、腰を反対側にひねるというツイスト打法をします。ふわ~っと打ってるように見えますが、すぐホームランになるのは、ツイストの力です。
今メジャーリーグに行っている大谷選手が、160キロ投げられるのは、投げた瞬間に右足がピッと後ろにはねるからです。普通ピッチャーは、投げると右足が自然とついてきますが、大谷選手の場合は投げた瞬間後ろに一度跳ねています。野球や演奏も同じように、バスケットボールも上に跳ね上げる力を感じないと、いい弾み方はしないということを、実際にドリブルをしながら伝えています。
みんなでドリブルをしているシーンです。床にボールを置いておいて、床から少しずつドリブルで持ってくるということをしました。子どもは力がないので、ゴムボールにして、大人はバスケットボールにしました。このようにして子供たちに向けたワークショップをしました。