音楽家のビジネス・マネージメント⑦(『若手音楽家のためのキャリア相談室18』)

箕口一美

お金の出入り管理編4「音楽家と副業」:計画を実現するために稼ぐ その1

 

1. 3年(5年)計画に向けた「仕事」の仕方

(本稿は2010年『ストリング』誌12月号に掲載された記事の改訂版となります。)

さて、12番目の問いは、「研鑽を積む時間、3年(5年)計画を考えに入れたら、1ヶ月にどのくらい仕事をして、どれくらいのお金を稼げばいいですか?」でした。

この問いは、二つの部分から出来ています。 ① どのくらい「仕事」をするか。 ② どのくらいお金を稼ぐか。

3年(5年)計画を実行に移すために必要なお金の概算と、今の生活の仕方で月々将来計画のために積み立てられる金額は見積もることが出来ていれば、②の問いには、もう答えられますね。

今回から2回、①の問いに取り組むために、音楽家と副業について考えていきます。

2. いつ音楽家になるのか:在学生の場合方

つい先日、若い現役の音大生たちと「音楽家のキャリア」について話をする機会がありました。 「まず、最初に質問。自分を音楽家だと思う人、手を挙げて!」

ある意味、予想通りだったのですが、お互い顔を見合わせたり、視線を宙に泳がせたりしながら、ほぼ誰も手を挙げませんでした。自分は音楽を学ぶ学生ではあるけれど、音楽家ではない。手を挙げなかったみんなの気持ちを一番シンプルに説明すると、たぶんそんな感じではないかと思います。

では、音大生はいつ音楽家になるのでしょう? この問いの答えは、2つあると思います。 ① 音楽を演奏することでお金をもらったとき。 ② 自分の正業が音楽を演奏することであると、自覚したとき。

音楽家は、音楽を演奏することでお金をいただく職業です。

この連載の最初の方でも触れたように、「ふつうの仕事」との大きな違いは、音楽家が報酬という対価を得るための「売り物」は、無機的な時間だけではなく、音楽を演奏するというスキル(技能)であること。一般に時間しか売れない人よりも、技能を売れる人の方が高い報酬を得ることが出来、時間で報酬が払われる場合でも、単位給は単純労働よりも高く設定されています。

あなたが自分の楽器を演奏できる、少なくとも音楽大学に入学して勉強できるというレベルで演奏が出来る、ということは、ひとつの技能です。その場で渡された楽譜をすぐに読むことが出来、短い練習時間でも他の人と合奏することが出来る、ということは、優れた技能者なのです。ですから、音楽大学の学生であっても「演奏仕事」でお金をもらった瞬間から、あなたの職業は音楽家musician(music音楽+ian~をする人)なのです。

このことは、あなたが大学で勉強し、極めようとしている芸術としての音楽、あなたの生き方としての音楽とは、少し離れているように見えるかもしれません。でも、この「技能」なしには、芸術も生き方も、そしてその実現に向けて今あなたが努力している将来計画も成り立ちません。まして、お金をいただけるような優れた演奏技能は、一朝一夕では身につかないもの。あなたが子供の頃から努力して身につけた、人に胸を張ることの出来る特殊技能です。

もう一つの答えは、あなたの選択にかかっています。それだけの技能を身につけていたとしても、「音楽は趣味」として生きていく生き方もあるのです。実際そういう選択をしていった人たちを、これまでの人生でも数多く見てきたでしょう。リヒャルト・シュトラウスの《英雄の生涯》でコンサート・ミストレスを張れるほどヴァイオリンが弾けても、普通大学に進み、普通に就職し、結婚し、二児の母になり、今もアマチュア・オーケストラのゲスト・コンミスを頼まれて「練習大変だけど楽しい!」という生き方もあります。

音楽を正業として、自覚する――わたしは音楽家である、音楽家を職業として生きるのだ、と少し肩に力を入れてもいいので、胸を張って言い切ることが、あなたを音楽家にします。自分に対しても、他人に対しても、自信を持ってそう言うことができないのだったらば、音楽家として生きることを辞めた方がいいでしょう。なぜなら、誰か他の人や仕組みがあなたを音楽家にしてくれるわけではないからです。音楽大学に入れば、音楽大生になることは出来ました。でも、この先は○○に入ると音楽家になれる、とか、何々に合格すると音楽家になれる、ということはないのです。

数年前、東京近郊の公立中学校で英会話を教える仕事をしているイギリス人に会いました。What are you?(あなたのお仕事は?)という問いに、彼女は全く迷わずI am a musician.と答えたのです。けげんそうな顔をすると、こんな話を聞かせてくれました。

自分はフルートで音楽大学を出てから、移民が多く住む地域での音楽活動に関心を持ち、そんな地域での教育プログラムに加わってきた。音楽は万国共通というけれど、音楽を通してさまざまな国の人々と接する機会を持って、改めて、言葉の違いがこれほど考え方や生活の仕方の違いと関係が深いことに気づかされ、英語圏を一度離れてみることにした。ちょうど日本の公立中学校で英会話を教えるという仕事があることを知って、今こうして日本にいる・・・生徒たちにも自分は音楽家であると言っているし、イギリスに戻ればまた地域での音楽教育活動を続けていくつもり。

まだ20代の彼女の、音楽家としてのおおらかな「自信」がとてもまぶしかった記憶があります。この時点で彼女は音楽家として生計を立てていたわけではありません。でも、日本で英語を教えていることが、自分の音楽家としての生き方に必要なことであるという、とても明快な自覚があるので、私はmusicianであると明言することに躊躇はないのです。

これまで何度も繰り返して言ってきましたが、自分が望んで、自分が積極的に前に進んでいくことが音楽で生きていくことには不可欠のこと。その自発性の大元は、このイギリス人フルーティストのような、「私は音楽家である」という自覚なのです。

迷いは禁物。迷ってしまいそうだったら、アンジェラの本『Beyond Talent:音楽家を成功に導く12章』の「根源的な問い」をもう一度読み直してください。

私の正業は音楽家である――その自覚を持って、自分の計画の実現のために、副業も視野にいれながら、お金を稼ぐことを考えましょう。

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3. 正業とは? 副業とは?:ある卒業生たちの悩み

現役音大生とのディスカッションの数日後、今度は音楽大学を卒業して間もない若者たちとお茶する機会がありました。若い音楽家はどうやって生計を立てているのか、やはり副業が多いのかしら・・・おしゃべりのついでにリサーチです。卒業後の生き方は楽器別でずいぶん違う、管楽器と弦楽器、歌と作曲、副業の種類も、仕事に対する考え方もかなり違うので、一概にはいえないです、とか、副業を探すより、生活が安定している男性を探して、まず結婚、生活の水準を落とさない態勢をつくることに専念する女性が、まじめに多いとか・・・現実には、なかなか興味深い人間模様が広がっているのがよくわかります。たぶん、「楽隊話」に近い誇張もありそうと思いながら聞いていた中で、一番痛ましいかった話をしましょう。副業ではなく、演奏をするという正業なのに、幸せに思えない・・・。

弦楽器の人は、スタジオやブライダル(結婚式での演奏)、有名歌手のバックバンドといった演奏の仕事の機会を得やすいのだそうです。話をしてくれた人(一番食えない楽理ですと笑っていました)の友人も、○○○という超売れっ子(名前を伏せているのではなく、知らないボーカリストでした。周りの若い人は、わーすごい、と盛り上がっていましたが・・・)のバックバンドで、東京だけではなくツアーにも出て、当然きちんと報酬も受け取っています。でも、彼女は不幸で、不幸で仕方ないと言うのです。わたしが勉強してきたこととは全然違うことでお金をもらっても、ちっとも嬉しくない。わたしは一体何をやっているのだろう、こんなことをやるために今までがんばってきたのではない。演奏しているときもそんな気持ちになって、悔しくて仕方がない・・・。

この連載を読んできた人は、彼女が自分で不幸のダウンスパイラルに落ち込んでしまっていることがすぐにおわかりでしょう。プラス思考で考えれば、演奏するという「正業」で報酬を得ているのですから、不幸どころか、わたしはラッキー!です。

この不幸な人は、まず、バックバンドの仕事を正業だとは思っていません。裏返すと、演奏の正業とは、学校で勉強してきた「クラシック音楽」の仕事で、それも、ソロまたはデュオが一番で、その次が室内楽か、オーケストラで・・・演奏の仕事をかなり限定してしまっています。

音楽の仕事、演奏の仕事はクラシック音楽だけがすべてではなく、演奏する技能を活かせる場面は、そこに音楽があれば、かなりの広がりを持っています。自分のスキルを使って、確実に収入を得ることを悔しいことだったり、不幸なことだったりするはずがないと思いましょう。

こんなことをやるために今までがんばってきたのではない、という言葉を裏返してみると、「自分ががんばってきた目標が見えない」という焦りや不安が見えます。3年、5年、10年を見据えた計画を持っているだけでも、この不安や焦りは軽くなるはず(なくなる、とは言いません)。一生懸命勉強してきた芸術としての音楽は、一生かけて極めていくもの。今すぐ、目が覚めたら、実現できていたというたぐいのものではありません。じっくり時間をかけて取り組んでいくものをしっかり持ち、その実現のために、現実的な問題として生じてくる収入を得る具体的な方策として、自分の技能を活用できる手段として、バックバンドの仕事がある、と考えればよいのです。

弾く仕事は、音楽家の正業です。自分のスキル(技能)に誇りを持ちましょう。あなたに一生かけて極める目標を持たせてくれるのも、今日食卓に載せるパンをもたらしてくれるのも、あなたの音楽家としてのスキルなのです。

そんな職業を選ぶことが出来るなんて、すばらしいと思いませんか?

ディスカッションに参加していた、音楽大学を卒業して間もない青年からこんなメールをもらいました。 「『自分が音楽家だと思う人』という質問に、最初ハイと応えることができませんでした。卒業して、副業を色々しつつ音楽をしつつ生活している自分には、音楽家というのは、例えば大学の先生方のように、音楽だけで生活している人の事を指している様に思われたからです。その瞬間、そしたら今の自分はなんなんだろう、という、疑問もわきました。フリーミュージシャンならぬフリーターミュージシャンなんて、友達とからかいあってたりもしますが・・・」

20代の半ばという時代は、音楽家でなくても、人生の中でも一番先の見えない苦しい時です。このメールを読みながら、思わず自分がその年頃に思っていたことを考えました。普通の大学を出て、就職しそびれたたために、フリーターの元祖(まだそのころ、フリーターという言葉はありませんでした)のような生活をしていたのです。ちゃんと就職した先輩が心配して、「あなた、ちょっとは英語はできるでしょ」と紹介してくれた翻訳やコンピューターの入力作業、研究所のお手伝いと家庭教師で食いつないでいました。種類の違う仕事を組み合わせていると、そこそこ忙しいのです。自分がどんな仕事をしたいのか、と考える前に、生きるための仕事をする必要がありました。でも、今でも鮮やかに覚えているのは、抜けるような秋の青空をふと見上げたとき「わたしはこんな生活で一生終わるのだろうか」という思いに貫かれたこと。ほんの一瞬のことでしたが、今でも秋の空を見ると、そのときの切なさがよみがえるほど、強烈な感情でした。後になってみれば、何でも言えるという類の話かもしれませんが、この感情体験があったから、その後目の前に巡ってきた選択の時に、迷わず自分がそうしたいと思う方向に歩み出したと思っています。

音楽だけで生活していけるようになるまでには、まだしばらく、音楽のこと、それ以外のことを組み合わせながら、いくつかの、後になって思うと決定的だった選択を重ねることになるでしょう。これは自分の足で歩んでいくんだという自覚がなければ、見えてこないこと。このメールの主は、今その自覚を育てているところです。音楽だけで生きていくことがさしあたり3年後の目標だとすれば、今の自分がしていることは、それに向けての準備という段階です。切ない思いを胸に、今出来ることをコツコツと、心を込めて、真剣にやっていきましょう。

このメールに答えるとすれば、そんなことしか言えません。ただ、今やっていること、経験していることで、この先に役に立たないことはひとつもない、ということだけは言い切っておきましょう。20代で出来なかったこと、疑問に感じたこと、解決したいと思ったことが、30代の原点になり、40代の成果に結びついていくこともあるのです。そして、20代という若さがあるから出来ることもあります。とりあえず、やってみたいことには挑戦し、やらねばならないことには誠意をもって取り組むくらいのつもりで、毎日を組み立てていきましょう。

音楽家にとっての副業を具体的に話す前の前置きが長くなってしまいました。このところ多かった若い「音楽家」たちとのディスカッションの中で、これは「副業の話」に行く前に、「正業」をちゃんと定義しておかないといけないなと強く感じたための老婆心、ご容赦のほどを。

次回は、さまざまな副業について(音楽に関係した仕事、近い仕事、音楽には関係ないけれど、社会を学べる仕事)、副業とのつきあい方、ワークバランスの取り方などを取り上げます。

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