2021年度【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】箏曲演奏家・福田恭子 氏

 東京藝術大学音楽学部音楽総合研究センター《シンクタンク機能社会・発信室》は、『2021年度音楽学部若手作曲家・演奏家・研究者支援事業』採択事業として、様々な専攻の若手卒業生をお招きし、【キャリア形成に関する卒業生・若手音楽家へのインタビュー】を実施いたしました。
 
 当室教育研究助手の屋野晴香がインタビュアーとなり、音楽家同士だからこそ分かり合える活動のあれこれや、アーティストとしてのこれまでの道のり、在学生へのメッセージをうかがうシリーズ企画です。

 卒業後の道のりは、同じ専攻であっても十人十色。音楽学部全体を見渡せば、アーティスト活動の軌跡は千差万別です。在学生の皆さんには先輩のお話を参考のひとつとし、自分自身の進路を見つけるためのヒントにして頂きたいと思います。

 

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 今回のゲストは、生田流・箏曲演奏家の福田恭子(ふくだ・やすこ)さんです。福田さんは箏での伝統的な演奏活動のほか、他ジャンルとのコラボレーション、博士課程での研究など、様々な活動に取り組まれています。

箏曲演奏家 福田恭子氏(撮影:屋野晴香)

《ゲスト:箏曲演奏家・福田恭子》

岡山県出身。箏曲演奏家として、箏曲の歴史研究と演奏の両面から、日本の伝統文化である箏曲の魅力を伝える活動を行っている。また、自身の教室の教授活動に加え、コンサートやワークショップ等を自ら企画し、箏曲の普及にも努めている。2011年 東京藝術大学邦楽科(箏曲生田流)卒業。卒業生代表として皇居内桃華楽堂にて御前演奏。2013年 同大学大学院 修士課程修了、2016年 博士後期課程修了。博士号(音楽)取得。博士課程在学中に「博士リサイタル」を3回開催。研究内容:修士論文 「幾山検校の生涯−《萩の露》を中心に-」博士論文 「山口巌の生涯−箏曲界に与えた影響とその業績−」2016年より2年間、同大学 和楽器実技の非常勤講師、2017年より3年間、同大学 音楽総合研究センター 教育研究助手を務めた。第3回・第5回 利根英法記念邦楽コンクール(古典・箏曲地唄)にて優秀賞受賞。これまでに中国・イギリス・ロシアにて海外演奏を経験。
公式サイト https://yasuko-fukuda.com

 

《聞き手・企画・構成:屋野晴香》

ウィーン国立音楽大学器楽科ピアノ室内楽専攻を学部・大学院ともに満場一致の最優秀で修了。東京藝術大学音楽学部では楽理科に学ぶ。2020年度より同大学音楽学部 音楽総合研究センター シンクタンク機能社会発信室にて教育研究助手を務める。

 

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福田さんは生田流箏曲で博士号を取得され、演奏と研究の両輪で活動されていますが、演奏のほうでは美術の方とコラボ演奏会をされたり、ユニークな企画にも取り組まれていますが、これまでどのようにコラボ相手を見つけたり、企画・実行してこられたのでしょうか?

もともと色々なジャンルのものを勉強したい、学びたいという気持ちが小さい頃からありました。そのため芸大に入ってからも、自分の専攻のみならず、音楽学部も美術学部も垣根なくさまざまな専攻の人と繋がりたいという気持ちがありました。

他専攻の演奏会・芸大オケや、その他クラシックの演奏会に足を運ぶのも好きですし、美術館も小さい頃から母に連れられて行っていたので、上京してからもできるだけ多く足を運びましたし、芸大でも芸祭で様々な展示があるのでとても楽しみでした。

学部の時は教職と自分の専攻のことをこなすのに精一杯で、全然余裕がなく、鑑賞をしてきただけだったのですが、大学院からもっと視野を広げたいという思いが強くなりました。多くの人に色々なジャンルの芸術を知ってもらいたいという思いがあるので一緒にやりたいね!とすぐに声をかけてしまうタイプかもしれません!笑

芸祭で気に入った作品があると声をかけたり、実際にコラボしてきた方は大浦食堂で隣同士になって話かけたことでコラボが実現した方もいます!

大浦食堂で話しかける!(笑)積極的に自分から一歩踏み出すのはこの世界で本当に大切なことですよね。福田さんご自身のキャリアの進め方を振り返って、ここは大事だったなと感じる大きなターニングポイントなどはありましたか?

大学院博士課程1年の時に、藝大内に当時あった音楽創造研究センター(現在は音楽総合研究センターに統合)からのプロジェクトとして、ロシア渡航が決まった時でした。昔から海外に行きたいという思いもあり、学生募集の案内が出てすぐさま応募した思い出があります!

邦楽で海外で演奏できるなんて、ましてや若手が演奏させていただく機会は少ないので、このチャンスを逃すまい!と思い、挑戦してみました。

一年目は演奏はなく調査や交流のための渡航となり、その後3年間は演奏渡航が叶いました。最終的には自分たちで飛行機を取り、演奏関係もアポを取ったり、現地集合をしたりと、自分で海外に演奏渡航できるようになることが目的だったので、準備も現地でもかなりハードでしたが、人生経験としても強くなりました。

最後の年は自分がリーダーとなって、学生を連れていく立場となり、右も左もわからない外国でかなりのプレッシャーに押しつぶされそうになりましたが、周りの関係者の方の素晴らしいサポートにより、実現しました。

大きな海外演奏プロジェクトへの参加が、ひとつ大きなポイントだったのですね!その後博士課程を終えられ、邦楽の非常勤講師をされたあと、音楽総合研究センター「シンクタンク機能・社会発信室」(以下、発信室)で助手を務められたのですね?

はい。このロシア渡航を実現してくださった(ロシア音楽研究者の)中田朱美先生との出会いも、大きなターニングポイントです。自分の活動の意識を一気に変えて、自分自身の活動をどう発信して、アピールポイントをどう見せていくかなど、「演奏活動を発信する!」という社会発信のすべを教えていただきました。

また、中田先生との出会いのおかげで、シンクタンク機能・社会発信室で助手として3年間勤務できました。ここでも、学生のためにどうサポートするか、情報を発信していくかなど、自分自身にも還元できるお仕事ができ、貴重な機会でした。この芸大での経験がなければ、こんなに前向きに活動ができなかったかもしれません。

「社会発信」といえば、福田さんご自身で運営されているHPの作り込みや、発信室でのポートフォリオ作成のワークショップ開催など、コロナ以前からインターネットを使いこなされていたイメージがあります。これらも、ロシア渡航がきっかけで本格的に始められたのでしょうか?
 

博士過程の時にロシア渡航をするきっかけで、本当に手作り感満載のHP作成からはじめ、作りに作り直して現在のHPに至り、主人が構成・運営をしてくれています。

HPはわたしたちが学生の頃はインターネットがそんなに普及していなく、SNSも全然進んでいなかったので、作るという概念自体皆無でしたよね。でも近年本当にSNSが普及し、YouTubeなどの動画が中心の社会ですし、WEBページなども個々でもつのも当たり前のようになってきました。

やはり運営にはテンプレートやドメインなどお金はかかってしまいますが、いまは無料で作成できるサービスが色々あるので、学生さんはまずそこから初めてみるといいですよね。

コロナ以前から始められていたYouTube「お箏ちゃんねる」のほか、文化庁の継続支援事業として本格的なライブ配信にも挑戦されていましたね!

ありがとうございます。配信の機材や配信方法についても主人が調査し、当日もすべて行ってくれました。

演奏活動に対するご家族の理解と、手厚いサポートにも支えられていらっしゃるのですね。配信以外に、リアルでの演奏活動でもお箏ではここが大変!ということは何かありますか?

一番お箏界で大変だなぁと思うのは、楽器の運搬ですね。お箏もあり三味線もあり、着物もあり、お箏を置く台も持っていかなければならない、そしてビデオ類も、一人では絶対に無理なので、楽器屋さんに頼んだりタクシーで行ったり、家族に手伝ってもらったり、演奏するまでの運搬と準備の時間がかなりかかります。そこも演奏活動の一部と知っていただけたら嬉しいです。

演奏活動のほか教室も主宰されていますが、やはりコロナ禍ではオンラインレッスンの機会も増えましたか?

教室の仕事としては、コロナ禍で生徒さんも減少していましたが、今年に入ってまた新たに始めたいと前向きに考える人も増えてきました。

ホームページ上で工夫したこととして、コロナ感染対策をしっかり行っていることや、オンラインでも受けられることを全面にご案内したことで、以前のような生徒数に戻ってきました。コロナ禍でもこうして教室で教えられること、また生徒さんが習いに来てくれることが嬉しく思います。

オンラインレッスンはカメラやマイク・モニターなどを準備して、基本的にzoomを使ってレッスンしていますが、直接お稽古できないデメリットは多々あるので、実は、始めるのに最初は抵抗がありました。手を触って形を整えてあげたり実際の音色を聴くことができないので、言葉で説明するのが本当に難しいです。私の場合は2カメラ使い、正面からと、サブカメラでは手元を映して手元から読み取ってもらったり、録画したお手本動画を送ったり、レッスンのレコーディンングを送ったりと色々と工夫しています。

しかしながら、ホームページにもzoomで実際に生徒さんのレッスンしている様子を載せたことで、さらにオンラインレッスンの生徒さんも増え、いまは全国に数人居るほか、海外在住の日本人の生徒さんもいます。

インターネットを使うことで、東京から離れている方でも私に習いたいという方が増えたことは嬉しいですし、少しでも箏を習う楽しみを感じて、上達につながれば嬉しいなと思います。

コロナ禍以前から積極的にインターネットを使った活動もされている印象がありましたが、さらに全国・海外へまで拡大していますね!そういった流れを踏まえた上で、今後の恭子さんの目標・夢・構想などもお聞かせ願えますか?

全国・世界にお弟子さんがいて、自分の会やリサイタルを毎年定期的に行い、さらに邦楽以外でも洋楽の楽器、その他日本文化などとコラボできれば、さまざまなお客様との出会いとご縁が広がり、自分の視野も広げられるかなと思います。

また、いま私の友人にリサイクル箏(古いものから綺麗なものまで)を集めてくれる人がいて、それをレンタル箏として使用できるようにメンテナンスする活動をしています。まだまだ構想段階ですが、いつかそれらのお箏を学校へ寄付したりしたいなと思ったりしています。

楽器を蘇らせる活動を通した社会貢献ですね。楽しみですね!
ちなみに、現在は小さいお子さんを抱えながらの活動をされていらっしゃいますが、ご自身が取り組んでいる課題や、いま日々を通じて感じていらっしゃることなど、お聞かせ願えますか?

小さい子どもがいながらの活動は本当に大変ですね!私の場合は実家が遠かったり、このコロナ禍で色々頼みづらい時期で気軽に預けられなかったりするので、大変悩みます。コロナ禍かつ子育て中の今、演奏活動は制限されていますが、ブログの記事を書いたり、演奏の構想を練ったり、人前で直接演奏ができなくても出来ることを少しずつやっていっています。

今年から保育園に預けられたので、多少昼間のお稽古はできるようになりましたが、それでもやはり送り迎えの時間や、子供のごはんなどの準備や家事、お稽古で1日がいっぱいいっぱいで。自分の時間を取るのが本当に難しくなりました。1日こなして夜にはばたんきゅうです・・・。

出産しても変わらず演奏活動をしている演奏家の方々もいますが、相当努力されていらして体力も精神力も並大抵のものでないと思います。自分の時間を作って練習したり作業したりしていて、演奏活動に積極的な演奏家の方を本当に尊敬します。

正直なところ、毎日他の人が頑張っている姿を見て、応援する気持ちと、私もやりたいのに物理的にできない自分に葛藤しています!子育て中の私には時間が足りないので、どうやってやりくりしていくかが悩みです。

休みの日に子どもがいながらのお教室でのお稽古もあるので、そういった仕事を取るか、子どもと一緒にいる時間をもっと大事にするかということが一番葛藤することかもしれません。

特に女性演奏家は子育て中の時間と、体力面でも、やりくりが悩みになりますよね。

それでも、やっと今1歳半に近づき、子供もなんとなく環境を理解してきたのか、お稽古中も生徒さんのもとへ行って雰囲気を和ませたり、お箏を弾く真似をしたり。
大変ながらもそんな姿を見ると嬉しいですし、やはり家族の協力が一番の原動力だなと改めて感じます。

在学生のキャリアに関する悩みを聞くと、「やりたいことが必ずしも仕事にならないのではないか、それで食べていけるのか?」と悩む藝大生の声がたくさんあります・・・恭子さんは演奏家ながら博士課程まで進まれて芸術を突き詰めることと向き合ってこられましたが、その後の活動と経済面とのバランスの取り方や、大切にしている考え方など、在学生へアドバイスを頂けますか?

「やりたいこと」と「仕事としてやること」というのは、「自分が本当にやりたいこと」と、「仕事だからやること」という解釈でしょうか?

20代は単価が低くても、勉強・経験を積むためにとにかくどんな仕事が来ても引き受けていましたが、博士を卒業してからは、プロとしてやっていくために仕事を選ぶようにし、後輩に譲ることも増えました。後輩たちにも仕事を斡旋できるよう、HPには「演奏家派遣」に特化したページも作り直接依頼が来るように工夫しています。

自分のためになる、価値のある仕事を受けるようになり、仕事の重要性と費用対効果をしっかり考えるようになりました。その対価を計算して依頼を受けたりするようになりました。

ただし、自分自身の芸を磨く、芸を深めるということに対しては、経済面の考えを取り払って考えるようにしています。例え経済面で負担が大きくなったとしても、自分の芸がより向上し、深まっていくのであれば、それは将来に向けた投資のようなものだと思います。芸が上達することでまた仕事が増えることを信じています。

ご自身の歩まれてきた道のりを振り返って、いま藝大生に勧めたい授業や活動への取り組み、学内外での行動など、アドバイスやメッセージをいただけますか?

自分の練習時間に追われる大学生活でしたが、色々な人と出会い、その後の考え方を形成する学生時代の経験は本当に大切なことだと思います。

音楽家は一人でこもって練習などに励みがちですし、学生の頃は特に自分に自信を持てず過ごしたりしていたのですが、私自身も色々な人との繋がりやご縁から仕事をいただくことが多いので、勇気を出して一歩踏み出したら世界が広がるかもしれません。

私自身、いまだにどうやって自分の音楽活動を続けていくか探り探りですし、「運」というものもありますよね!どこで仕事につながるかわからないので、常に人と人との繋がりを大切にしたいと考えています。

また、若い頃は自分自身のプライドが全面に出てしまい、考え方が固執しまいがちですが、できるだけいろんな講義やイベント、ゲストの先生がいらっしゃる講義などにも積極的に参加してほしいと思います。

ちょっと興味がないかもしれないことでも、ちらっとお話しを聞いてみるとか、衝撃を受けるお話もあったりします。何事も経験と思い、自分のジャンル以外の交流も深めて、卒業後の活動に生かしてもらいたいと思います。

コミュニケーションが得意な人と苦手な人もいると思うので、得意な人はどんどんその性格を生かして色々な交流の場を大事にして、苦手な人はネットなどでも色々な情報を得て、少しでも自分の発信に繋がる工夫をしてみてください。