「『音大生』が卒業後に『プロの演奏家』として羽ばたくためには」(第 4 回特別講座「若手音楽家のためのキャリア展開支援」)

 

5. 現場での暗黙ルール11か条

大学ではこうした実践的なプログラムの作り方やMCの話し方を教えません。社会に出ても、本当にどこも教えません。若手の方たちにじゃあどこで覚えるのかと聞くと、先輩たちから教わるしかないと言います。それを見ていて、僕らもなんとかしてあげたいという想いに駆られ、教育支援を始めました。

いろんな若い演奏家たちと接するなかで、本当にいろんな問題を感じます。こういったことは誰も教えないし、注意もしてくれません。ただ、結果として、次の演奏会が無いだけ、依頼が無いだけです。厳しい世界です。それで消えていく演奏家が結構いるわけです。
ここで若い演奏家たちが出来ていないことが多い、社会での実践的な「いろは」を皆さんに紹介します。

その1「常に名刺を持参する!」

まず一番多いのは、名刺を持たずに売り込みに来る人たちです。サラリーマンを30数年やっている身としてはありえないことです。皆さん、絶対名刺を作ってくださいね。どこかで挨拶するときは必ず持参します。

その2「プログラムは聴き手の側に立って練って!」

出演したいとプログラムを持ってくるのですが、自分たちの演奏したい曲を並べてくる人、あるいは発表会的な曲を持ってくる人たちが多いです。だから誰を対象にしたコンサートなの?! ということを全く考えていない演奏家が多いです。

その3「企画を安易なものにしない!」

タイトルや内容になんの面白みもない企画書を出してきます。以前、各国の作曲家の曲をプログラムにして、「世界音楽紀行」と題して持ってきた人がいました。本当に何なの?と思います。こういうプログラムは本当に多いですね。もうちょっと考えてよと思います。何の面白みもないじゃないですか。やっぱり新鮮なアイディアが欲しいですよね。

その4「録音は嘘偽りなく!」

あと出演希望といって音源を提出されたのですが、市販のCDを自分の音源だといって録音してきたとんでもない人がいました。これはやめてくださいね。ここにはやる人はいないと思いますけれど、すぐにバレますからね。

その5「MCは原稿の音読やカンペではなく、メモを見ながら生きた言葉で話す!」

先ほどお話つきの企画について紹介しましたが、ステージで堂々と原稿を読みあげる人がいます。若い方ばかりじゃなく、40代ぐらいの演奏家でも、こうやって読んでいました。それは無いんじゃないかなと僕は思います。たしかに読み上げれば、話は理路整然としています。でもそれならそれは聞くことじゃなくて、最初に配ってください、読みますからと僕は思うわけです。お客様が求めるものは、そうじゃないと思います。演奏家が自分の言葉で、お客様にこうなんですよと一生懸命喋ることで、やはりお客様が感動し、そこから音楽が入っていくのですよね。こうしたことが分かっていないわけです。

カンペ、つまり原稿を読み上げるということをやると成長しません。原稿がなければ、今回は半分覚えてきた、でも次回は60%、70%めざすぞという成長があります。ですから私はカンペを一切禁止しています。ちょっと横道に逸れますけれど、音大生は僕からすると無茶苦茶真面目です。以前、カンペはダメだよって言ったら完璧に暗記してきました。暗記してきて喋るのですけれど、覚えてきたことをしゃべるということが目的になってしまって、お客様からすると違和感があるのですね。お客様に語りかけるのではなく、覚えてきたことを間違いなく喋ることに集中してしまったという意外なパターンもありました。

基本はやはりお客様を見てほしいものです。譜面台にメモを置いて、3割位をちらちら見るという姿勢が、一番自然だと思います。暗記して、置いてあるのにまったく見ないというのもちょっと不自然かなというところです。難しいですね。

その6「ステージ上で身内だけで盛り上がらないように!」

それから、ステージ上で学生話で盛り上がるグループもいますね。発表会ならいいですけれど、一般のコンサートではやめてほしいです。

その7「留学話はそれほど面白くない!」

あるいは、留学の話。これを一生懸命する人がいますね。お客様がどう思うかということを考えてほしいです。本人にとっては普通の話なのですが、お客様からするともういいですと、単なる自慢話に聞こえるのですね。これはお客様心理かなと思います。

その8「プロフィールの書き方を工夫して!」

あと、プロフィールの書き方を工夫してほしいと思います。みんな驚くほど一緒ではないですか? 本格的なリサイタルであれば、師事した先生の名前は入れなければならないと思いますが、宗次ホールなどいわゆる地元のホールで一般の人を対象にしている時には、師事した先生の情報はいらないと思います。それよりも、どこ出身だとか、どこの中学、高校と書いた方が、そこに集まった人が、あ、私と同じ中学だなんていうように共感を持つようになるものです。ですから、イベントによってプロフィールを変えて、ファンを作る、興味を持たせるという工夫が必要ではないでしょうか。

その9「素敵なプロフィール写真を作って!」

それから、プロフィール写真をスナップ写真で送ってくる人がいます。これもやめた方がいいです。なぜかというと、チラシがたくさん並んでいるなかで、お客さんがどれを引き抜くかといったら、やっぱり写真の綺麗なチラシを取りますよね。それがボケたような横向きの写真だったら、誰が取りますか? その辺も考えていただきたいところです。
スナップ写真の方に良く言うのですが、写真屋さんに行って3万円位かけてプロフィール写真作ってもらったら?と。そうすれば、3年か4年は使えるじゃないですか。その写真で1~2回の出演機会が生まれたら、3万円ぐらいなら元が取れるじゃないですか。そう考えたら写真というのは大事です。意外にも実は、演奏依頼が来る人は写真で選ばれていることが多い。その辺も考えていただきたいなと思います。

その10「立つ鳥、跡を濁さず!」

ホール側からすると、楽屋を綺麗にして帰るだけで、その人の印象が変わります。逆に、散らかしっぱなしで行く人はダメです。ホール関係者、サロン主催者というのは、決して演奏だけで演奏家に対する印象を持っているわけではありません。演奏も良かったし、人柄も素晴らしかったとなると大変、好印象です。逆に、全然連絡が取れない、散らかす人、困った人、という印象になった場合には、この方とはもう二度とやりたくない、ということに当然なります。
またホール同士でもつながっていますので、こうした印象話はすぐ方々に伝わります。皆さんはないかもしれませんが、気をつけた方が良いでしょう。

その11「MCを工夫すべし!」

やはり120%本番に向けて努力してほしいです。自分をアピールできるのは本番しかないわけです。そしてぜひ、コンサート全体を俯瞰してMCを考え、ストーリー性を付けてほしいですね。よく話し方がワンパターンの方がいます。曲を順番に進めて、次の曲は、次の曲は、とみんな一緒なんです。そういうワンパターンな口調だと、お客様はその不自然な口調の方が気になってしまってしょうがありません。

目次に戻る

6. 宗次ホールがすすめるアウトリーチ活動①:「クラシック音楽届け隊」

こうした状況をなんとかしてあげたいということで、宗次ホールでは、アウトリーチ活動を始めました。その一つは、メインでやっている「クラシック音楽届け隊」です。この支援を始めた背景として、先ほどとはまた別のことをお話しますと、宗次ホールは名古屋の中心にある栄というところで、コンサートを行っています。ですから、皆さん来てください、というスタンスでした。ところがやはり来られない人がいるわけです。
足の悪い方、高齢の方、未就学児、それから2~3歳の小さなお子さんを抱えたお母さん方が聴けません。やはりそういう方々にもクラシック音楽を生で聴いていただきたいということになり、この「クラシック音楽届け隊」を始めました。

やっていていいなと思いますのは、集会所とかお寺とか色々な施設でアウトリーチ活動を進めると、日頃、家にこもっているご老人も含め、人が集まります。集まって、そこで顔を合わせて、まず「久しぶりやね」と声を掛け合います。同じ町の中に住んでいても会う機会がなかなか無いなかで、コンサートを介して人が集い、コミュニケーションが生まれます。
コンサート、音楽の力はすごいですね。演奏家の方たちは、色んな場所で色んな方たちと接することによって、本当にストレートに、来訪者からの「声」が聞けます。良ければ拍手をもらえるし、良くなければシーンとなります。
この活動によって、演奏家の方も色んな所で演奏の機会が増えたことを喜んでいます。また毎回シチュエーションが違うという条件も良いですね。プログラムやデモ・シナリオを毎回考えることによって、ビジネスマンのような実践的な企画力が身に付きます。

またアウトリーチの「出かけていく」ことの良い側面は、そこで応援者が生まれるかもしれないということです。例えば、届け隊で出演した方が今度、宗次ホールのランチタイムコンサートに出るとなると、応援に来てくれる。うちの町へ来てくれたんだから、今度はこの子のために応援に行かなくちゃといって来てくれるのですね。アウトリーチの現場には、ときに演奏者をみんなが育てるという雰囲気があります。そのため演奏者とその地域の方とのコミュニケーションが生まれ、さらにファンも生まれていきます。アウトリーチとは、そういう活動でもあると思っております。

ときに学芸会のように手作りで、地域の方が機会や会場を作ってくれます。こういう風にしてもらえると、演奏者の方もすごく歓迎されているという気持ちになることでしょう。何度やっても感動すると思います。

目次に戻る

7. 宗次ホールのすすめるアウトリーチ活動②:「オフィスdeクラシック」

宗次ホールでは、このほか「オフィスdeクラシック」というアウトリーチ活動もしております。この企画を始めた背景には、今のクラシック・ファンの高齢化があります。結果、コンサートに集まる客足はますます少なくなる状況にあります。東京では普通ですけれど、名古屋フィルハーモニー交響楽団も、いよいよクラシックのコンサートを平日の昼間から始める段階になっています。

つまりコアなクラシックのファンたちがあと10年、5年先にはごそっといなくなるという、すごい危機感を持っています。そうであれば、やはりもっと若い世代のクラシックのファンを作らなくてはなりません。そこで「オフィスdeクラシック」という企画を始めました。皆さんはちょっと分からないかもしれませんが、サラリーマンというのは、毎日ノルマに追われながら仕事を終えます。その仕事を終えた後、18時、19時からコンサートへ行くというのはよほど好きでないと行けません。でも皆さん嫌いな訳ではないんです。だったら、会社へ演奏者を連れて行って、みんなで聴いたらいいのではないかということで始めたのが、この「オフィスdeクラシック」です。

第一回はNTT docomoさんでした。この会社には「No残業デー」という日があり、この日、仕事が終わった後に無料で100人くらい集めて、演奏者を連れて行って演奏会をするという取り組みです。

この写真もそうです。会社の空きスペースで70人くらいの皆さんに聴いていただきました。やっぱり皆さん、生で聴くと本当に感動します。それと、先ほどと一緒でコミュニケーション、楽しみの中でのコミュニケーション、社会でのコミュニケーションを、要するに体験を、共有するわけです。

企業のコンサートの可能性はすごくあると思います。あとはやり方だけです。今でしたらプレミアム・フライデーや、何周年かの記念パーティー、あるいは内定式の時にあるパーティーなどの機会があります。この間もある銀行の内定式のパーティーで、そこの常務さんが若い子たちに教養を身に着けさせるために生演奏を聴かせてあげたいと呼んでくださり、演奏に行ってきました。20分くらいでしたけれども、内定者たちは「すごい迫力ですね」と言っていたそうです。

このように企業からの依頼は多いです。しかし中には、オープニングとか、あるいは乾杯のバックグラウンドミュージックで演奏してくださいというケースも非常に多いです。そういうのは一切断っています。なぜかというと、宗次ホールは音楽事務所ではないからです。演奏者の育成の立場でやっているだけなのです。

演奏者にしっかり練習してきましょうと言っていて、現場ではバックグラウンドという演奏はさせたくありません。そこがこだわりです。それで断っても別に問題ありません。何度も言っていますように、マネジメント事業を本業として進めたいわけではありません。すべてボランティアでやっていますので、なくてもいいわけです。演奏者たちに、経験、そして出演料や経費を含めた収入を、なんとか増やしてあげたいという思いでやっているだけです。ですから、やらないものはやらないというスタンスでやっています。

目次に戻る

8. 大切なのはシナリオ作り

演奏者育成プロジェクトで私が一番こだわっているのが、「シナリオ作り」です。シナリオというのは、もう一度あなたたちの演奏が聴きたい、と思わせるための戦略だと思います。誰でも良ければシナリオ作りはいらないことでしょう。でも誰でも良いわけではなくて、あなたたちの演奏を聴きたいとなると、120%くらいは努力しないと、その域までいきません。どうせやるのなら120%のコンサート作りにしたら?といつも言っています。

なかには、この間もあったのですが、シナリオ作りが大変だからこれを無しにしてほしいと言ってきた演奏者がいました。「わかりました、でもあなたには今後一切、演奏をお願いしませんよ」と答えましたところ、「いやそういう意味ではありません」と言ってきました。やっぱり演奏は本番が最高のものでなければダメだと思います。そしてこうした企画を最高のものにするにはMCが不可欠です。それなのに、経験がないにもかかわらず、それをできないと言うというのは世の中をなめています。このようにときに厳しい言い方をします。先ほど言いましたように、宗次ホールはビジネスでこうした教育支援をしているわけではありません。演奏家に色々な機会を与えて、本当に成長していってほしいと願っています。そのさまざまな経験や筋道が、結果的にプロの演奏家につながるのだと思います。

① 幅広い客層に向けたコンサート作り

それでは、シナリオというのはどういうものなのか、見ていきましょう。弦楽四重奏バージョンの「クラシック音楽届け隊」コンサートシナリオのサンプルをご覧ください。弦楽四重奏バージョンでは、このような内容をサンプルとしていつも渡しています。最初はクラシックの明るい曲です。基本的にクラシック音楽届け隊というのは、初心者・初級者向けですから、ばりばりのクラシックではダメなのです。元気の良い曲から始めます。

② 演奏者紹介

次に演奏者紹介ですが、ただ「第1ヴァイオリンの誰々です」というのではなくて、一緒に楽器の紹介も行います。例えばこれでいくと、メロディを担当している第1第ヴァイオリンは「顔」というように、このグループは体に見立てていますね。第2ヴァイオリンはリズムなので心臓、ヴィオラは頭脳、チェロは足、というように。こういう風な感じでやっています。

③ 広く愛される楽曲も取り入れる

4人でずっと演奏するじゃないですか。でもやっぱりチェロの音とか、ヴィオラの音とか聴きたいという人がやっぱりいると思います。紹介とともにワンフレーズを弾いていくなかで、《愛燦燦》をヴィオラで弾くと、皆さん身を乗り出しますね。掴みですよね。まずは自分たちに興味を惹かせるというこういう掴みが必要だと思います。

④ 百聞は一見にしかず

あと楽器を説明する際、ヴァイオリンとヴィオラは大きさが違うということは言っただけではなかなか分かりにくいのですが、このように実際に比べて見てもらうと、「おお~」というようになりますね。やっぱり見ると違うということです。

 

⑤ 懐かしい楽曲も入れる

それから、やはりシニアの方が多いので、日本の懐かしい曲を入れてもらうようにしています。そこでただ演奏するだけではなくて、自分の子どもの頃の実体験を話した上で演奏に入ると、お客様も自分のことを思い出して入っていけるというところが、日本の曲の良いところだと思います。
過去にこんなことがありました。日本のメドレーを演奏したんです。演奏が終わって、次のMCをしておりました。200人位いたんですけど、いきなり男性が立ち上がって、何かを喋ったんですよ。何かというと、「感動しました。小さい頃を思い出して感動しました。」日本の懐かしい曲を聴いてということで。そこで他の200人の方たちはどう反応したかというと、大拍手がおきました。多分皆さん同じようなことを思ったので、拍手が起きたのかなと思います。

目次に戻る

⑥ 楽曲解説の回数

あとクラシックの説明を全部入れたら聴く方が大変なので、そこは適度に3か所くらい親切に説明をすると良いでしょう。

⑦ おたのしみコーナー

途中クイズをやると良いですよ。クイズとかイベント、色んなことをやるのですが、例えばこのグループだと、4曲を4人でいっぺんに弾くんですね。全然分からないので、「わぁ~」と盛り上がります。次は一人だけ第1ヴァイオリンだけ大きな音で、他は小さな音で弾いて、当てていくようにしていきます。こういうこともプログラムの真ん中あたりでやります。

いつも宗次ホールは正解者にCDをプレゼントするので、特に盛り上がりますね。
子どもたちは答えが分からなくてもとりあえず手を挙げますね。笑っちゃうんですけれどね。

⑧ 子供向けの曲

子供向けの曲というのは、できれば中盤以降ですね、最初にやってしまうと飽きちゃうので、中盤以降でディズニーとかジブリの曲を入れた方が良いと思います。「クラシック音楽届け隊」は、一応3世代を対象にしたコンサートをしています。

⑨ 本格的なクラシック音楽も

それからやはり「クラシック音楽届け隊」ですので、やっぱり本格的なクラシックは絶対に入れてほしい。皆さんもコンサートを作る時、100%お客様の好きな曲、望んでいる曲をやってはいけないと思います。知られていないのだけど、良い曲がありますよね、綺麗な曲ですとか。そういう曲を1曲か2曲は入れてほしい。なぜかというと、その曲との出会いの場になったと感じていただけるからです。ぜひそういうコンサートにしてほしいということで、100%お客様が望むものをやるべきではないと思います。

⑩ 地元の話題

あとMCの中で地元の話題も入れると良いですね。たとえば下記のMCの例で出てきた「和合」というのは、名古屋にある有名なゴルフコースで、この時は中日クラウンズというトーナメントで石川遼さんが優勝したときだったと思います。また多目的施設の「いこまい館」が近くにあり、そこに何回か演奏に来たとか、こういう話は地元の方たちの共感を呼ぶことでしょう。

⑪ 主催者側の気持ちになる

皆さん本当に真面目で一生懸命なのですが、若さゆえに不得手な側面があります。それは呼んでくださった主催者側の気持ちになるということです。例えば、この間、ある会社の70周年記念パーティーで、そこの社長さんが、若い子たちにパーティーの場で20分くらい生演奏を聴かせたいと呼んでくださいました。そこで最後に演奏者がこういう風に言ったんですね。「ほとんどの会社が数年で消えていく中で、70年という長い間企業が続いているのは社長さんはじめ従業員さんの会社に対する情熱です。これから100年に向けて続くように情熱大陸を演奏します」と。そのとき社長さんを見ましたら、ニコっとしていました。やはりこの辺は大人のトークやビジネストークと言われてしまうのかもしれませんが、相手方への気持ちを入れるとぐっと違うように思います。最後は会長さん、社長さんとみんなで一緒になって写真を撮ったりして、非常に盛り上がっていました。

⑫ お客様の側に立った言葉で

これはあるレストランでの演奏会の写真です。フレンチを食べていただいて、3階にピアノがありますので、ここで演奏会を開きます。

 
このときもシナリオを書いてもらいました。Aさんはヴァイオリンで、Bさんはピアノですね。Aさんのシナリオは、「続いての曲は、ドヴォルザーク作曲のユーモレスクです。作曲家ドヴォルザークが音楽以外にも熱い情熱を注いでいたのが鉄道です。今で言う鉄オタ・電車オタクと言ったような感じです。職業柄とても音感が優れていたので、何となく聞いていた鉄道の通過する音からいつもとの違いを聞き分けて車両の異常を発見し、故障による事故を防いだ事もあるそうです。今から演奏しますユーモレスクにも、汽車の心地よい揺れを連想させるリズムがでてきます。それではお聴きください」というものでした。続いてMCが変わります。

Bさんはピアノの方です。Bさんの書いてきたMCは次の内容でした。「続いての曲は、バルトークのルーマニア民族舞曲より抜粋して、第1曲〈棒踊り〉、第5曲〈ルーマニアのポルカ〉、第6曲〈急速な踊り〉、を演奏します。先ほどお聴きいただいたドヴォルザークとこれからお聞きいただくバルトークは、出身は違いますが、ある共通点があります。それは、民族主義的な音楽を作っていたということです。バルトークは、ハンガリー出身ですが、ピアニスト兼民族音楽研究家であり、世界各国を旅して民謡や民族音楽を採集していました。これはとても大切なことで、今まで民謡や民族音楽は口頭で伝えられて来ましたが、録音し起譜することによってその地域の文化の伝承に大変貢献してきました。ハンガリー周辺だけでなく、アフリカにまでも足を運んだそうです。民族音楽独特の、美しい和音や、独特のリズムを感じていただき、ルーマニアに旅行した気分になっていただければ幸いです。」

皆さんどう思われますか? AさんとBさんのシナリオをみて、何か違いはありましたか? Aさんの方はかなり分かりやすく、Bさんの方は難しいというイメージでしたね。このイベントは、ランチ付きのコンサートです。この方たちは何を求めてここに来るのでしょうか。ひょっとしたらランチがメインじゃないかな?ということも考えられます。ランチを楽しみにいらして、その後、演奏も聴けたら嬉しいなと思っている人もいるわけですよね。ですからこのようなシチュエーションでは、お客様がどんな説明を聞きたいのかを考えた方が良いです。

では次は、例えば演奏者としてこのMCをする場合、どちらが話やすいですか? カンペなしで、ですよ。Aさんの方が話やすいでしょうか、Bさんの方が話やすいでしょうか?

実はAさんは、何度もこういったアウトリーチに出ている方でした。Bさんは、初めてこういった外部の演奏会に出る方でした。ですから僕も結構はっきり言うタイプなので、Bさんにはこのようにメールしました。

「BさんのMC部分のシナリオは、学内での演奏会で話すようなMCです。この様な難しい話を誰が喜びますか? また丸暗記をしてお話をしますか? カンペを持って読むのでしょうか? この内容ですと自然に話すのは無理だと思います。自分の言葉で伝えたいことを考えなくてはダメです。調べてきた知識をしゃべるだけではダメなのです。これはつまり、自分が持っている知識を話せば(=自分の演奏を聴けば)お客様は喜ぶだろうという典型的な演奏家目線のシナリオと言えます。ぜひ興味が湧くように言葉を選び、組み替えましょう。」

お客様目線というか主催者からの側からすると、こういう風に思えるんですね。基本的にいつも台本は何度も修正するのですが、どういう風に修正するかというと、次のような感じになります。

「ありがとうございました。汽車に揺られゴトン・ゴトンという感じがメロディから感じていただけましたでしょうか?」というように、演奏後のコメントが欲しいですよね。すると聴いている人たちも、「ああ、こういう風に思った」と共感できるようになるわけです。

さらにここでは赤字がカットになっていますが、「第1曲・第5曲・第6曲」などは必要ないと思います。もっと単純な方が良いでしょう。

一番は心がこもっていないように映ってしまう、「ルーマニアに旅行した気分になっていただければ幸いです」の部分をカットします。ルーマニアの旅行を誰でもイメージできますか? ほぼできないと思います。パリのシャンゼリゼ通りだったイメージできます。ニューヨークもできるでしょう。でもルーマニアはできないと思うんですよね。やっぱりこの表現はお客様目線ではないと思います。ちゃんとイメージできるような、心のこもった言葉でないと伝わりません。ここが一番のネックだと思います。

このような感じで一つ一つ修正するので、私も正直なところ、本当に大変です。聴き手には年配の方が多いという事実をなかなか認識できない若い方が多いので、そこをフォローしています。

目次に戻る

続きを読む